第201話 死守
幸い地下への入り口と思しき場所は特に秘匿されていないようで、すぐに見つかった。城のメインホールの横手に、格子付きの扉で仕切られた地下へと続く階段があったのだ。ただし扉には鍵が掛かっているようだったが……
「どいてなっ!」
フラカニャーナが大剣の柄を構えて、扉に向かって全力のタックルをかます。激しい金属音と衝撃音が鳴り響き、弾け飛んだ錠と共に扉が勢いよく反対側に向かって開いた。
「……相変わらずの馬鹿力」
イエヴァがボソッと呟く。
「むぅ……。しかし余り広い通路ではないな……」
階段を覗き込んだレベッカが唸る。どうやら螺旋階段になっているようで、幅は大人2人がどうにか通れるか、という程度。当然ながら50人はいる戦士隊が一斉に突入という訳にも行かない。
それにもし全員が突入したとしても、この一か所しかない狭い出入り口を押さえられたり崩されるなどして封鎖された場合、最悪地下に生き埋めという事態もあり得る。他に脱出口があるかも不明なのだ。
「不本意だが二手に分かれるしかないか……」
地下へ突入する組と、ここに残ってこの入り口を確保しておく組の二組だ。この敵地において余り戦力分散の愚は犯したくなかったが、背に腹は代えられない。
「隊長、ここはあたし等に行かせてくれ。必ず要石をぶっ壊してみせるよ」
フラカニャーナだ。確かに彼女と彼女の小隊は、守りよりは攻めに向いている。地下にも敵が待ち構えている可能性は充分考えられるので、彼女達の突貫力は必要になるだろう。レベッカは頷いた。
「よし、いいだろう。地下への突入はフラカニャーナとイエヴァの小隊に任せる。それに偵察及び斥候としてクリスタの小隊もだ。地上と地下の二つの組の連絡係も頼みたい」
「ははっ! 任しときな!」「……解った。任せて」「それが妥当ね。承ったわ」
3者3様の答えが返ってくる。逆に守りに長けたレベッカの直属部隊及び莱香の部隊はこの出入り口の警護に当たる。ジリオラの小隊もその援護だ。
「地下組が戻ってくるまで、文字通りここを死守するぞ」
「お姉さまの側で戦えるなら百人力ですわ!」
ジリオラが意気込む。莱香達も異論はない。
「あの、レベッカ。私はどうすれば……?」
リズベットだ。彼女のみ戦士隊の所属ではなく、部下もおらず単身だ。
「リズは……そうだな。地下組へ回ってくれるか? 莱香達はこちらに残ってもらうが、地下組にも強固な神術の護りは必要だろうからな」
「……! 解りました。お任せくださいまし」
そうして手早く方針を決定した時だった。
「女ダッ! 女共ガ逃ゲタゾ!! 地下ヘ行ク気ダッ!」
「……!」
ホールの入り口付近で何人かの〈市民〉が、こちらを指差しながら大声で叫んでいた。あの様子では他にも次々と集まってきてしまうだろう。レベッカの表情が険しくなる。
「見つかったか……! 地上組は迎撃態勢を取れっ!」
レベッカの指示とほぼ同時に〈市民〉達から何発もの攻撃魔法が飛んできた。すかさず莱香が前に出て障壁を展開する。
火球や石礫、光球などが連続して着弾するが、莱香の強固な障壁は〈市民〉の魔法くらいでは揺るがない。
〈市民〉達は驚愕したが、すぐに切り替えて眷属を召喚してきた。粗末な武器で武装した人間の子供くらいの大きさの小鬼――まさにザ・ゴブリンという感じだと莱香は思った――が次々と中空より現れる。
有翼タイプの〈市民〉もおり、こちらの眷属は小さな皮膜翼の生えた、やはり人間の子供くらいの体毛が一切生えていない小悪魔――いわゆるグレムリンっぽい感じだと莱香は思った――で、それらが何体も奇怪な叫び声を上げながら高い天井すれすれの上空を舞う。
「地下組は速やかに突入しろっ! ここからは時間との勝負だ!」
襲い来る眷属達の前に、莱香と入れ替わるようにレベッカと彼女の直属部隊が剣と盾を構えて前に出る。
「よぅしっ! ここは隊長達を信じて、あたしらは地下の要石をぶっ壊すよ! あたしに続きな!」
フラカニャーナが音頭を取って、率先して地下への階段に突入する。彼女の部下達が躊躇う事無くそれに続く。
罠やら何やらの可能性が無い訳でもないが、レベッカの言う通り悠長にしている時間が無いのも確かだ。クリスタとイエヴァは頷き合って、それぞれの部下を率いてフラカニャーナ達の後を追った。
「レベッカ……。武運を……!」
リズベットも彼女達の後に続いて階段へと消えて行った。
それを見届けてレベッカは気勢を張り上げる。
「よし! 何としてもここを死守するぞっ! ライカ! 神術の護りは部下達に任せて、お前は極力皆の神力の補充に回ってくれ!」
「は、はいっ!」
眷属を斬り捨てながらレベッカの指示が飛ぶ。
ここは神気の満ちる神膜内ではない。進化種達は魔素を吸収する事で魔力切れの心配は全くないが、女性達は神力が有限なのだ。いつものクィンダムでの防衛戦とは真逆の立場であり、格段に厳しくなるのは否めない。
その差を少しでも埋める為には、莱香の神気放射によるサポートが欠かせない。どの道〈市民〉や眷属相手には神気放射は効かないので、この場ではこれが最も有効的な使い方ではある。
レベッカは勿論、直属部隊の隊員達も眷属程度が相手なら全く不足はない。巧みに攻撃と防御を切り替えて眷属達を斬り伏せていく。
「よし、上手いぞ! ……ジリオラ! お前達は『上』を警戒しろっ!」
部下達を激励しつつ、矢継ぎ早に指示を飛ばすレベッカ。勿論その間にも眷属を斬り倒している。
「は、はい、お姉さま! 皆さん、行きますわよ!?」
部下に号令しつつ自ら上空を警戒するジリオラ。と、そこに早速飛行型の眷属が叫び声を上げながら降下してきた。
正面から押し寄せる敵の対処で頭上にまで手が回らないレベッカ達に、容赦なく攻撃を仕掛ける飛行眷属。だが……
「させませんわっ!」
刺突剣による鋭い対空攻撃。レベッカに斜め上から襲い掛かろうとしていた眷属が、正確無比の一撃で撃ち落とされる。
「……レベッカ様は勿論別格の存在だけど……」
「ええ、最近、ウチの小隊長も素敵かもって思い始めてるわ」
「あ、私も……」
ジリオラの部下達がこんな場合にも関わらず頷き合っていると、当の小隊長から激が飛ぶ。
「ちょっと、あなた達!? 私一人に働かせるつもりですの!? どんどん来てますわよ!」
「あ! は、はい! 只今っ!」
部下達は浮ついた気持ちを引き締め、槍や剣を構えて対空迎撃に参加していった。
間断なく押し寄せる敵の波。どうやら城外にいた他の〈市民〉まで続々と駆け付けてきているようで、眷属の数は倒しても倒しても、減るどころかむしろどんどん増えている。攻撃能力に長けたフラカニャーナやイエヴァの部隊が不在の為、敵が増えるスピードがこちらの処理能力を上回っているのだ。
それまで1対1で戦えていた所を、1対2、1対3と、じわじわと負担が増してきている。レベッカやジリオラはまだある程度余裕を持って対処出来ているが、麾下の隊員達はそうも行かない。
徐々に被弾する頻度が増えてきていた。眷属の攻撃程度なら隊員達の障壁でもダメージの軽減は出来るが、あくまで軽減であって全くのノーダメージとは行かない。そして障壁を発動する事で徐々に神力も消費していく。
最初こそは攻撃にも参加していた莱香だが、現在は既に神気放射の援護に駆けずり回る羽目になっていた。隊員達の神力を補充しつつ、神力注入による傷や体力の治癒も併用する。
1人を回復させても、また離れた所で別の隊員が眷属に取り囲まれて危機に陥っている。その危機自体はレベッカや他の隊員達によって救われても、失った体力や神力は回復できない。莱香は一瞬たりとも休む暇なく、その倒れた隊員の元に奔走して神力を注入する……
もう完全にこの
しかしそこに駄目押しとばかりに、遠巻きに包囲している〈市民〉達が眷属の合間を縫って、魔法攻撃を飛ばしてくる。
「……ッ!」
今も倒れた隊員の治療を行っている莱香はそれに対処できない。
「隊長……!」
咄嗟に前に出たロージーが障壁を張ってそれを防いでくれた。他の部下達も各々、敵の魔法を防いでいた。
「ロージー……! 皆も……!」
「隊長! 〈市民〉の魔法は私達に任せて下さい! 隊長は治療に専念を……!」
前に出た際に自らも槍を振って眷属を突き殺しながら、ロージーが振り返らずに叫ぶ。
「……! ありがとう、皆!」
心強い部下達の援護に奮い立った莱香は、自らの疲労を押して隊員達の回復に専念するのだった。
だが莱香がどれだけ頑張ったとしても、1人で出来る事には限界がある。敵の圧力は増すばかりで、レベッカ達地上組はまさに「数の暴力」に曝されていた。
だがレベッカ達に退くという選択肢も、ましてや降伏するなどという選択肢は論外であった。フラカニャーナ達は必ず成し遂げてくれるはずだ。自分達は地下組が戻ってくるまで何としてもここを守り続けるのだ。
「ぬおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
気勢を上げながら敵の攻撃を盾で弾き、体勢の崩れた眷属を一刀の元に斬り伏せる。その眷属が消滅する前に、別の眷属が左右から襲い掛かってくる。
(私は……お前達を信じているぞ! 必ず……やってくれると!)
四方八方から迫る敵に剣を振るいながら、レベッカはひたすらに念じ続けた。
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