第165話 会談の先触れ

 場所はラークシャサ王国の王都メーガナーダ。元は砂漠に点在する中でも一際巨大なオアシスを水源として、その周囲に発展し、いつしかこの地の政治の中心となっていった都市だ。


 魔素による自給自足が可能な進化種が支配するようになって水源としての価値は下がったものの、奴隷の食料を栽培する為の農業用、都市の景観を保つ為の清掃用、奴隷達の衛生と健康を保つ為の入浴施設用、そして大きな噴水などの設備用等々、水の需要は尽きなかった。


 そんな水路が街中に張り巡らされた巨大都市。それがメーガナーダだ。日々多くの節足種や奴隷の女性達で賑わうこの王都だが、この日はそれらの喧騒とはまた異なった、ともすれば緊張感すら伴うような、妙に張り詰めた空気が漂っていた。


 奴隷の女性達は勿論、普段は大手を振って通りを練り歩く節足種達も、息を潜めるように近くの者同士で騒めいていた。その理由は……





「ようこそ、メーガナーダへ! お待ちしておりました、ヴォルフ伯爵・・・・・・、そしてアレクセイ侯爵・・・・・・・。このロイド・チュール〈子爵・・〉が、ラークシャサ王国を代表して、まずはあなた方を歓迎させて頂きます」


 蠅の男爵……否、子爵であるロイドが、歓迎の意を表すように両手を広げる。それに応えるのは……


「うむ、このような機会を設けられた事に感謝……いや、感動すらしている。これもひとえに全てお主の不断の努力の賜物だ。礼を言わせて貰う」


 そう言ってロイドと握手を交わすのは灰色狼の進化種……バフタン王国の伯爵、ヴォルフ・マードックだ。


「いえ、私などはただ切欠を作ったに過ぎません。全ては皆さんの努力の結果です。ヴォルフ殿こそ、よくあの〈王〉を説得する事が出来ましたね?」


 その言葉にヴォルフは苦笑する。


「なに、予め同志・・を増やし集めた上での談判だったからな。それでも少々肝が冷えたがな」


「その勇気に感服致します。アレクセイ殿もこの度の話に乗って頂き、感謝の意に堪えません」


 ロイドの視線の先には、毒蛇コブラの進化種……アストラン王国の侯爵、アレクセイ・ナザロフの姿があった。アレクセイはかぶりを振った。


「いや、何の何の。こちらこそ私の噂だけを頼りに、大胆にも我が国に潜入してまで私に接触を図ってきたそなたの偉業には敬意を表しておるのだ。それに比べればこの程度の話、難行にも入らぬとも」


 メーガナーダの城門を入ってすぐの大きな広場に彼等はいた。ラークシャサ王国の王都に他の種族の進化種の、それも〈貴族〉がいるというのは、前代未聞の事態であった。広場を遠巻きに眺める野次馬の〈市民〉達が落ち着かない風情になるのも当然と言えた。


「あはは、本当にアストラン王国にもあなたのような方がいてくれて良かったです。そもそもまず話を聞いて貰うという段階にすら行き着けずに難儀していましたから」


「うむ、こちらこそ、そなたらのような存在が他国にもいてくれた事嬉しく思う。事前にリズベット殿から聞いていたお陰で、罠と疑う事もせずに済んだ」


「リズベット……クィンダムの神官長だという女性ですね? あのレベッカとも親友だとか」


「そのようだな。彼女こそまさに我が理想の女性であった。再び会える日を心待ちにしておる。ロイド殿から聞いたが、ヴォルフ殿もクィンダムにえにしのある女性がいるとの事であったが?」


 アレクセイに水を向けられたヴォルフが重々しく頷く。


「うむ……まあ惚れた腫れたというのとは違うが、その行く末を気に掛けている者達ならばおるな。何やらオケアノス王国に遠征して大きな戦果を挙げたらしいが……順調に成長しているようだ」


 ロイドも頷いた。


「ええ、皆クィンダムには縁がある……。当初はまさにそのクィンダムとの『同盟』が目的だったんですが……」


「うむ、まさかこのような形で国家間の『対談』が実現する事になろうとはな……」


 はぁ……と溜息を吐くかのような雰囲気のロイドとヴォルフ。アレクセイもやや深刻そうにかぶりを振る。


「『神』の命による三国同盟か……。何が目的かは解らないが、クィンダムの脅威となってしまうような展開は避けたいものだね」


「本当にその通りですね。幸い私達は他国に伝手があるという事で、こうして『先触れ』と『会議』への同席を許可されました。何とか最悪の事態にはならないよう上手く誘導する必要がありますね。我々節足種の〈王〉に関しては、子爵に過ぎない僕の同席を許可されている事からも解るように、この件に関してご理解を得られているのでそれ程心配はないでしょう。問題は……」


「うむ、我等鳥獣種の〈王〉だな……。クィンダムを擁護するような発言をしただけでどうなる事やら……」


 ヴォルフが再び深い溜息。アレクセイが苦笑しつつ取り成す。


「まあまあ、ヴォルフ殿。大変なのはこちらも同じ。〈御使い〉への復讐心に凝り固まって、極端に視野狭窄に陥っているようだから説得は骨が折れそうだ」


「〈御使い〉に執着しているという意味ではこちらも同様だな。全く……話の解る〈王〉で、ロイド殿が羨ましく思えるぞ」


「それは間違いないな……」


 アレクセイとヴォルフが妙に疲れた感じの雰囲気でロイドに視線を向けてくる。


「あ、はははは……皆さん、苦労されているようで……」


 その視線を受けたロイドは、若干引きつったような乾いた笑い声を上げるのだった……


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