第137話 広がる灯火

「…………」


 話しを聞き終わったリズベットは、アレクセイを信用する事に決めた。ここでもやはり、全ての進化種が邪悪な怪物ではないという実例を知っている過去の経験や知識が活きていた。



「アレクセイ様。今回私達の命を救って頂いた事、このクィンダムの神官長リズベット・ウォレスの名に於いて、改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました」



 リズベットは深々と頭を下げた。他の3人も慌ててそれに倣う。



「どうか頭を上げて欲しい。国を守る為に遥かに強大な戦力相手に覚悟を決めたそなた達の戦いに横槍を入れた無粋、こちらこそ済まなかった」



 リズベット達が顔を上げると、アレクセイはリズベットの顔をまじまじと見つめてきた。


「あ、あの……?」


「ああ、いや、失礼。そなたが神官長リズベット殿であったか。そなたの名前は実は戦士長のレベッカ殿と並んで、進化種の王国内でも知られているのだ。どのような女性であろうかと常々思っていたが、どうやら私の想像以上にたおやかで美しく、そして勇敢な女性であったようだ。正直……最初に一目見た時から見惚れていたのだ」


「……ッ!? な、何をおっしゃられます!? ぶ、不躾な……!」


 いきなり面と向かって思ってもいなかった賛辞と好意を恥ずかしげもなく贈られたリズベットは、目を白黒させて頬は真っ赤に染まり、上擦った声でどもってしまう。完全に不意打ちだっただけに、咄嗟に冷静な対処が出来なかった。


「不躾な事は幾重にもお詫びしよう。だが思った事は素直に口に出さずにいられない性質なのだ。〈王〉にもそれで遠ざけられたのだが。リズベット殿……そなたこそまさに我が理想の女性だ」


「――ッ!!」


 今度こそリズベットは酸欠の魚みたいに口をパクパクさせたかと思うと、耳まで真っ赤に火照らせてその場にしゃがみ込んでしまった。使い物にならなくなってしまったリズベットの代わりにフラカニャーナが進み出る。


「あー……アレクセイさん? この子はずっとこの〈女の国〉で育ってきた、いわば純粋培養なんだ。ストレートな口説き文句はちょっと刺激が強すぎたみたいだね」


 苦笑するようなフラカニャーナの言葉に、ちょっと困った様子だったアレクセイが得心したように頷く。


「おお、そういう事であったか。それは大変失礼した、リズベット殿。そなたを困らせるつもりは無かったのだ。どうか顔を上げて欲しい」


 リズベットが恐る恐るといった感じで顔を上げる。同じ恐る恐るでも、最初に話しかけた時のそれとは異なる感情によるもののようだが。


「うう……お、お恥ずかしい所を見せてしまいました。申し訳ありませんでした、アレクセイ様」


「いや、何の何の。そのように可愛らしい部分まで見る事が出来て、増々惚れ込んでしまう思いだ」


「ッ!」


 折角顔を上げたと言うのに、羞恥心から再び顔をうずめてしまうリズベット。フラカニャーナは呆れたように肩を竦める。


「はぁ……駄目だね、こりゃ。申し訳ないけど、後はあたしが話させて貰うよ。今回は本当に助かったよ。お陰であたし達は命拾いした。進化種にも良い奴がいるってのは知ってたけど、あたし達は本当に運が良かった」


 そう言ってフラカニャーナは頭を下げた。これは闘技場の試合ではないのだ。横槍であろうが何であろうが、それで自分達の命が拾えるなら大歓迎だ。



「ラークシャサ王国にはロイドって名前の蠅の〈男爵〉がいる。そいつも良い奴なんだ。後その子の話だと、バフタン王国のヴォルフって狼の〈伯爵〉も同じらしいね。そういう機会があるかどうかは解らないけど、一応頭の片隅でいいから覚えておいてくれ」


「ふむ……先程の話に出ていた者達だな? 解った。是非にも覚えておこう。……今の我々の国の状況を考えたら、案外重要な情報やも知れんな、それは」 



 アレクセイが神妙な様子で頷く。何か思う所があるようだ。と、そこに後ろに控えていた金蛙人が近寄ってきた。



「閣下。ソロソロ刻限・・ガ……」


「む? そうか。では……名残惜しいが我々はそろそろお暇せねばならん。海洋種どもの再侵攻に関しては、私も可能な限り阻止してみる。向こうも私を抑える為に〈貴族〉が出張ってくる可能性があるが……まあ何とかするさ。そなた達もしっかりと静養して早くその怪我を治すと良い。……それでは、リズベット殿。またどこかでお会いできる事を願っている」



 アレクセイはそう言ってきびす(尻尾?)を返した。遠ざかっていくそのフードの広がった背中に対して、咄嗟に顔を上げたリズベットが声を掛ける。



「あ、あの……! アレクセイ様……ほ、本当にありがとうございました! その……こちらの状況が落ち着いたら、改めて正式にお礼をさせて頂きたく思います。だ、だから……その時にまた、お会いしましょう……!」



 火照った顔のままそれでもなけなしの気力を振り絞ってのリズベットの言葉に、アレクセイは一旦振り返った。



「……ありがとう、リズベット殿。そなたとの再会の約束だけで私は、どんな困難にも立ち向かえる力を得た思いだ。必ずやまた会おうぞ。……さらばだっ!」



 そんな別れの言葉を残して、アレクセイは閃光のような速さでアストラン王国の方向へと消え去って行った……




*****




 アレクセイが立ち去った方角をしばらく見つめていたリズベットは、周囲の生暖かい視線を感じてハッと我に返った。



「へぇ……ああいうキザっぽいのが好みだったとは意外だねぇ」


「……と言うより、押しが強いタイプに弱いのかも」


「で、でも、いくら紳士とは言っても、あの外見ですわよ!? わ、私、ヘビやトカゲの類いは駄目なんですの! よくそんな気分になれますわね?」



 三者三様に好き勝手な事を言ってくる。リズベットは穴があったら入りたい気分だった。



「あ、余りからかわないで下さいまし! ……こ、こほん! そ、それでは皆さん。無事『侵攻』を食い止める事が出来ました。最後はあのお方に助けられましたが、それで皆さんの働きが霞む訳ではありません。この戦果は間違いなく皆さんの奮闘によるものです。本当に……ありがとうございました」



 リズベットはそう言って、改めて3人にも頭を下げた。3人共照れたりそっぽを向いたりしていたが、満更ではない様子だった。リズベットはそんな彼女達の様子に目を細めながら締めくくる。



「さあ、皆さん早くその傷を手当てしなくてはなりませんから、とりあえず最寄りのサーフィスの街まで向かいましょう。そこでしばらく傷と戦いの疲れを癒やす事とします」


「ああ、そうだね……。今回はホントにキツかった。流石にあたしも今日は早いとこ休みたいよ……」



 体力自慢のフラカニャーナをして、本当に辛そうな声音だった。イエヴァとジリオラも言わずもがなである。怪我こそしていないが、消耗しているのはリズベットも同じである。3人を促してサーフィスの街へと進み出した。



 帰路の途上、リズベットは海のある方角へと視線を向けた。シュン達が遠征しているにも関わらず発生した『侵攻』……。何か不穏な事態が起きているのだろうか。



「フォーティア様……。どうか、あなたの使徒と娘達にご加護を……」



 届くかどうかも解らない祈りだが、リズベットは祈った。ただ友や仲間達の無事を願って、一心に祈り続けた…………

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