第78話 乙女達の自覚

「……隊長、あの……先のライカ殿への発言。まさか本気ではないですよね……?」



 ラークシャサ王国との国境付近に向かって神機を駆る戦士隊の面々。そんな中、先頭を走るレベッカに並走するように近付いてきたミリアリアが、恐る恐るといった感じで確認してくる。ヴァローナは殿しんがりを努めているのでこちらの声は届かない。



「ん? 何だ、気になるのか?」


「い、いえ! ただ、その……随分急と言うか……今までそのような素振りが無かったものですから」


 ミリアリアは若干頬を赤くしながら、言い訳するようにモゴモゴ喋った。そんな部下の姿にレベッカは苦笑する。


「まあ遠征時に色々あったしな。それに普段のあいつも人間的に好ましい奴だとは思っていた。だが何というか……破滅の日カタストロフ以降はひたすら訓練と戦いの日々だったからな。そういう感情の表し方が解らんのだ、正直」



「隊長……」


「ふ…………それに、その事はお前にも当てはまる・・・・・・・・・のではないか、ミリアリアよ?」



「!? な、何を……」


「私もそこまで鈍感ではないと言っただろう。あの神術の訓練やその後の共闘以降、お前のあいつを見る目が妖しいというのは、隊員達の間でも専らの噂になっていたぞ?」


「なっ……!?」

 思いもよらなかった事実を急に告げられ、ミリアリアが動揺する。



「違うのか? ヴァローナの奴が面白おかしく吹聴して回ってたぞ」


「あの馬鹿……! ち、違います! 私はあくまでシュン殿に対して敬意と感謝の念を……」


 焦るミリアリアに、レベッカがジト目を向ける。



「ふむ……? だがお前、シュンが〈貴族〉との戦闘でお前の武器と戦い方を模倣した、という話を聞いた時、すごく嬉しそうにしてたな。何故か顔まで赤らめて……。見てるこっちが恥ずかしかったぞ?」


「……ッ!!」

 動揺と羞恥の余り涙目になってしまうミリアリア。レベッカは再び苦笑する。



「済まん、いじめ過ぎたな。まあそんな訳で、私も自分の感情にどう向き合って良いのか解らず蓋をしていた、というのが現状だったのだが、そこにあの……ライカが現れた」


「…………」


「シュンに最初から意中の女がいたというのは、実は結構ショックだったよ。しかもライカはあの通り、シュンが惚れていてもおかしくない魅力的な女だ。だが皮肉にもライカがそんな女だったからこそ、私も自分の感情をはっきりと自覚し、向き合う決心が付いたとも言える」


「そ、そう……ですね」


「うむ。だから最初の質問……私が本気か、という問いには、紛うことなく本気だと答えておく」


「……!」


「だからこそ、こんな所では絶対に死ねん。ミリアリア、絶対に生きて戻るぞ? そしてシュンを目覚めさせ、自分の気持をはっきりと伝えるのだ!」


「!! ……そうですね、はい。私も……絶対に生きて戻って見せます! そしてシュン殿に……!」


「うむ、その意気だ! さあ、乙女の雑談は終わりだ。集中しろっ! 何としても〈侵攻〉を食い止めるぞ!?」


 ミリアリアだけでなく、いつの間にか2人の会話に聞き耳を立てていた隊員達にも聞こえるように大声で喝を入れる。隊員達は一瞬ビクッとなったものの、すぐに表情を引き締め、応っ! と力強く応じる。








 その後も戦士隊は全速力で神機を駆り続けた。昼を過ぎた時一度だけ休息を取り、そこで水とヤズルカの実を口に放り込んで慌ただしく再出発する。そうして駆け続けてしばらくの後……



「あっ! 隊長、あれは……」


 殿をミリアリアと交代したヴァローナが、前方を指差す。遠目にも何か大勢の集団がこちらに向かっているのが目に入った。隊員達の表情が厳しくなるが、レベッカが待ったをかける。



「待て、よく見ろ。あれは避難民達だ」

「あ……」



 この先にあるビレッタの街からの避難民達であった。リズベットの伝言は無事届いていたようだ。


 数百人程の一般市民達を、100人程の衛兵が護送している。リューンの街が「陥落」した事で暫定的に対ラークシャサ王国の最前線となっていたこの街には、元リューンの街の衛兵達が半数ほど転任していた。あの衛兵達の半分ほどはそうした転任組だろう。彼女らは今再び任地からの撤収を余儀なくされているのだ。


 市民や衛兵達は神術が使えないので、神機を駆る事も出来ない。その為全員徒歩での避難となっているが、一般市民達はそこまで体力的に優れている訳でもない。少数だが幼女もいる。物資も持ち運ばねばならない為、その進行速度は遅々としたものであった。あのペースでは到底進化種の追撃から逃げ切れないだろう。確実に追いつかれ……地獄絵図となる。


 それだけは絶対に阻止しなければならなかった。




 やがて戦士隊と避難民達が接触する。向こうも事前に戦士隊に気付いていたようで、何人かの衛兵を伴って、ビレッタの街の領主代行を務める神官が姿を現す。


「ああ、レベッカ殿! リズベット様の『啓示』を受けて避難して来ましたが、一体何があったのですか!? この間も『襲撃』があったばかりだと言うのに……!」


 神官がレベッカの姿を認めて、詰め寄る。


 因みに「啓示」というのはリズベットが麾下の神官達に神力を用いて下す、一種の緊急警報のようなものだ。クィンダム全域をカバーする程の索敵を行使できるリズベットは、それを応用して任意の神官達の神力に強制的に干渉する事が出来る。


 細かい指示などは下せず、非常に大雑把な内容のみしか伝えられない為、このような緊急時以外には滅多に用いられる事はない。ただそれだけにいざ「啓示」を受けた際は、神官達もただ事ではないと察する事が出来、このように疑問は抱きながらもその指示に従う、という状況を可能にしていた。



「……『侵攻』が発生した。今この瞬間にも、100を越える進化種の群れが押し寄せて来ている」


「なっ……」



 レベッカの言葉に絶句する神官。周りの衛兵達も目を剥いている。時間が惜しいので、それらの反応に構わず話を進める。


「我々が奴等の注意を引きつける。その間にお前達は一刻も早く王都まで避難するんだ。解っていると思うが、市民達には極力伏せておけ。パニックになられたら、ただでさえ遅いペースが更に落ちる事になる。急ぎすぎず、それでいて可能な限りの速度で王都に向かうんだ」


「ッ!! ……は、はい……善処致します。し、しかし100を越える進化種相手に、どうやって……」


 淡々と真剣な表情で告げられる事で、『侵攻』という言葉が何かの間違いではないと理解した神官は、顔を青ざめさせながらもしっかりと頷いた。と同時にその声が不安に震える。


「それは我々が考える事だ。心配するな、作戦はある。お前達に被害が及ぶような事態には絶対にさせん。お前の役目は、とにかく民達を無事に王都まで送り届ける事だ。良いな?」


「! は、はい。それは必ずや……」


「うむ。では時間が惜しい。我々はこのまま奴等の迎撃に向かう。お前達は引き続き市民達を頼むぞ?」


「は、はい……。あの、レベッカ殿。気休めにしかならないでしょうが……どうかご無事で。ご武運をお祈りしております」


 レベッカはその言葉にふっと笑ってから、片手を振った。早く出発しろというジェスチャーだ。





 神官と衛兵達が戻っていき、そう間をおかずゾロゾロと避難を再開した。どうやら上手く情報は伏せたようで、市民達がパニックになっている様子はない。

 その様子を見送りながら、ヴァローナが言った。


「うーん。やっぱりこういう時は、隊長の押し出しの強さが羨ましいですねぇ。私やミリアだったら多分、彼女を納得させるのに余計な時間を食ってたと思いますし……」


「ふん、普段の態度や人となりが物を言うのだ。そう思うならお前ももう少し真面目に……」


「う……! ほ、ほら隊長、進化種が迫ってきている筈ですし、早く行きましょう!」


 自分で言いだした軽口で墓穴を掘りかけたヴァローナは、慌てて隊の先頭に戻っていく。それを見やってレベッカは苦笑しながら溜息を吐く。そして表情を引き締めた。



「さて……いよいよだな。リズ、ロアンナ、それに……シュン。私に力を貸してくれ……!」



 絶望の時はすぐそこまで迫っていた…………。

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