第71話 抗う女達

 莱香は自分の見ている光景が信じられなかった。あの舜が……ヴォルフさえ物ともしなかった舜が押されている。いや、押されている所ではない。一方的に嬲られている!?


 莱香達は、少し離れた場所にある岩陰に身を潜めて、固唾を飲んでその「戦い」を見守っていた。レベッカからはもっと遠くに逃げるように促されたが、舜を一人残して自分だけ逃げる事はどうしても出来なかった。レベッカ達も思いは同じだったようで、結局渋々ながら残る事を了承してくれた。勿論自分達も一緒に残る事を条件としてだが。



「ちょっと、ま、まずいわよ、コレ……。ど、どうする?」


 ロアンナが舜の苦戦ぶりを見て不安げな声を上げる。



「どうすると言われても……どうにも出来んぞ、これは」


 レベッカが苦渋に満ちた表情で答える。その言葉は、ここにいる者達全員の気持ちを代弁するものだった。これは尋常な人間が介入できるような次元ではない。そもそもヴォルフにさえ全く歯が立たなかった彼女らが、あの真正の化け物相手に一体何ができると言うのか。鎧袖一触で蹴散らされる未来しか見えない。



「あ、あれが……〈王〉の力……」


 クリスタが呆然として呟いた。彼女は〈王〉の姿とその残虐性を見た事はあっても、戦っている所を見た事は無かった。



「舜っ……!」



 莱香は唇を噛み締め、拳を握り締めながら、血を吐くような思いで「戦い」を見詰めていた。〈王〉の馬鹿げた巨体に対して舜の小さな身体は、余りにも頼りなく脆く、弱々しく見えた。そして実際に〈王〉の圧倒的な猛攻の前に舜は、防戦一方となっていた。


 舜が〈王〉の攻撃を受けてしまい、ふっ飛ばされ岩壁に叩きつけられた時などは、女性陣は悲鳴を上げ総立ちとなってしまう。ダメージで動けないらしい舜に〈王〉がゆっくりと近づいていく様子に、莱香は思わず飛び出し掛けて、レベッカに制止される。


「ば、馬鹿っ! お前が出て行ってどうなる!?」


「でも、このままじゃ舜がっ!」


「それでお前が奴に殺されるのがシュンの望みか!? 堪えろっ!」


「ッ!!」


 押し問答している間に辛うじて動けるようになったらしい舜が、〈王〉の魔の手から間一髪で逃れるのを見て、女性陣は大きく息を吐いて胸を撫で下ろす。


 しかし状況は全く好転していない様子であった。相変わらず一方的に攻め立てられている舜。そして再び〈王〉の攻撃が舜を捉えた!


「あっ!」

 見ていたロアンナから短い叫びが漏れる。先程の一幕を再現するかのように、再びふっ飛ばされて岩壁に叩きつけられる舜。今度は〈王〉は悠長に歩いてはいなかった。

 瞬間移動の如き速さで接近すると、舜の喉を掴んで上空に吊り上げる。舜はまたダメージで身体が動かないのだろう、されるがままであった。



 そして何もない虚空に不思議な「穴」が開いたと思うと、そこから禍々しい形状の十字架が降下してきて、〈王〉がそれを受け取る。そして……舜はその十字架に磔にされる。必死であがいているが、何故か拘束を解く事が出来ないようだ。その舜を満足そうに見ていた〈王〉はおもむろに…………




「え……ちょっ!? う、嘘でしょ!?」

「あ、ああ……な、何という……!」


 ロアンナとリズベットから、ほぼ同時に激しく動揺したような声が漏れた。レベッカとクリスタは言葉もなく絶句している。そして莱香も……



(な、何なのよ、アイツ。舜に……何してるのよ、一体っ!)



 彼女達の見ている先で、おぞましい光景が展開されていた。





 舐めていた。比喩ではなく、そのままの意味で。


 鼻面の長い巨大な獣の口から伸びた舌で、磔にされ動けない舜の顔を、むき出しの太ももやお腹を……身体中を舐め回していた。それも犬のようにペロペロ舐めるのではなく、ねっとり、という言葉が思い浮かぶような……淫靡で気色の悪い舐め方であった。



(学校で舜の事をいじめてた奴等だって事だったけど……やっぱり舜にそういう感情・・・・・・を持ってる奴もいたのね……)



 話に聞いていた〈爬虫種〉の〈王〉は、あくまで舜への恨みを晴らすのが目的だったそうだが、「こいつ」は違う。莱香はそれを直感した。

 舜はギュッと目を瞑り、必死に怖気に耐えているようだ。その姿を目にした莱香は決断した。



「…………」

 決然とした表情で、舜達がいる方へ歩き出す莱香。レベッカが驚いて再び止めようとする。


「おい、何をする気だ!?」


「……離して下さい。私は舜の所へ行きます。舜を……助けるんです」


「正気か? 完全な自殺行為だぞ!?」


「そ、そうよ! 大体どうやって助けるって言うの、『アレ』から!?」


 レベッカとロアンナが、莱香の正気を疑うような目で問い詰めてくる。どうやって? そんな事は関係ない。自分は何としても舜を助けるのだ。そう誓ったのだ。




 莱香の視線の静かな強さに、2人がたじろぐ。その様子を見ていたクリスタがふっと笑う。


「止めても無駄なようね、ライカさん。ただし1人で行くのは無しよ。私も一緒に行くわ」


「クリスタさん……ありがとうございます、でも……」


「でもは無し。私はヴォルフ様からあなたの事を託されているの。それに私自身あなたを放っておくなんて出来ないわ」


「ク、クリスタさん……!」


 すると会話を聞いていたリズベットがクリスタに歩み寄って、その肩に手を乗せた。ポウッとその手に光のような物が宿ったかと思うと、クリスタの身体に吸い込まれていった。クリスタが戸惑う。


「……これは?」


「私の神力の一部をお貸しします。障壁も張らずに進化種の前に出るのは、それこそ自殺行為ですよ? 尤もあの化け物の前では、気休めにしかならないでしょうが……」


「まあ……! ありがたくお借り致します」


「ふふ……どう致しまして。勿論私もお供致しますわ。シュン様を助けたいのは、ライカ様だけではないのですよ?」


「リズベットさん……!」


 莱香は恐縮してしまう。巻き込むのは心苦しいが、彼女も自分の意志を曲げる気はないようだ。早速神力を練り上げ始めている。




 レベッカとロアンナが顔を見合わせる。そしてどちらともなく苦笑した。


「……全く。これじゃ私達がただの薄情な臆病者みたいじゃないの」

「うむ。戦士たる我らの面目が立たんな」


 そう言って2人は自分の得物を構える。その目は既に、戦いに殉じる事を覚悟した戦士の目となっていた。


「レベッカさん、ロアンナさん……。本当に、いいんですか……?」


「今更野暮は言いっこなしよ。それにリズベットじゃないけど、シュンを助けたいのは私達だって同じなんだから」


「うむ! シュンには今までに何度も助けられた。ならば今度は、こちらがあいつを助ける番だ!」


 2人の決意も揺るぎないようだった。莱香はそんな場合ではないと思いつつも、舜がこの世界で築いてきた絆を目の当たりにして、少しだけ嬉しくなった。と、同時に少しだけ胸の奥がモヤモヤする感触も自覚した。



(皆、すごく美人で素敵な女性ばっかりよね……。全く、舜ったら生意気なんだから。待ってなさいよ? すぐに、必ず助け出して、彼女達の事をどう思ってるのか、しっかり聞かせてもらうからね!?)



 そして彼女達は、絶望的な戦いへと赴くのであった…………

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