5.白狼と恐れられた男
七星邦孝は駐車場に止めた車から降りると、トランクからキャリーケースを取り出して、片手をコートのポケットに手を突っ込んで建物の中へと入っていく。
建物の入り口付近で騒いでいた外国人観光客が、七星を見ると静かになった。
真っ白い白髪の髪に、鋭く紅い瞳をした特徴的な外見に、ヤクザ映画から出てきたような風貌に雰囲気を繕った七星は、静かになった他人を気にかける素振りも無く進んでいく。
今は、そろそろコートも暑くなりだした季節。
七星は建物内に入ると、コートを脱いで腕にかける。
「すいません。予約していた七星ですが…」
七星は、受付にいた男にそう告げる。
男は礼儀正しく応対を始めて、端末を操作し始めた。
少々の間を置いたのち、受付にいた男は七星にカードキーを渡して業務を終える。
七星はカードキーを受け取ると、受付横のエレベーターに乗る。
彼が予約していた、ホテルの部屋は8階にあった。
8階まで上がっていき、備え付けのベッドにコートを放り投げて腰を下ろした七星は、一息つくと、キャリーケースを開けて、中に入っていた細い鉄パイプの棒を幾つか取り出す。
それは、パッと見る限りは杖にも見えなくなかった。
鉄パイプのうち、一本はただの長い棒で、片側に部品を付けられるように加工されていた。
一本は幾つかの部品が取り付けられた短い棒で、長い鉄パイプに取り付けられるよう、先端が加工されている。
そして、最後のもう一本は、二本目の棒に追加で取付できるように加工されていて、片側の先端には、杖の持ち手が取り付けられていた。
七星はそれらを点検すると、短い棒の中に、別に取り出していた小口径の銃弾を詰め込む。
3つの棒はそれぞれバラバラのまま、ロングコートの内側に括り付けられた。
キャリーケースからもう一つ、細身の単眼望遠鏡も、コートのポケットに仕舞いこむ。
そして七星はコートを羽織ると、部屋を後にした。
ホテルから出た七星が訪れたのは、ホテルから距離がある雑木林。
七星は、その林の中の小高い場所に生えている木の傍に行くと、コートに隠していた棒と望遠鏡を組み合わせて、長い棒の先端を木の枝に置く。
作り上げたのは、即席の狙撃銃だった。
彼は、それを構える。
望遠鏡の中に映った雑木林の向かい側に立つビルの一室を確認した七星は、中にいる4人の男たちの姿と、目標物を確認すると、時間をかけてその時を待ち…息を止めて、ゆっくりと引き金を引いた。
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「参ったよ。俺んところまで、手伝え!って来やがってさ」
カウンターに座った霧立がそう言って酒を煽る。
マスターは何も言わずに、霧立の次の言葉に耳を傾けていた。
「ほら、小樽であった爆発"事故"のな?扱えもしない素人が隠れて危ない取引なんてしてっからそうなるのによ、どーしてこーしてそんなことするもんかねぇ……」
「何を取引してたんだ?結局」
「まぁ、想像通りの品々って所だった。余計な外人も増えてる事だし、焦った連中はロシアから仕入れた訳だ。高い金払って」
マスターの問いに、煙草を片手に煙らせた霧立は、小さな薄笑いを顔に張り付けたまま言う。
「資金源に、武器。その中の一つが不良品だった。ま、騙されたって所だろう。それが火種になってドカン。元になったやつ以外にも、良く燃えるものも、誘爆するものもあって…ああなったってわけだ。しかしまぁ、俺のお上のお偉いさんは喜び半分、悲しみ半分って所だったな」
「…大手を振って取り締まり強化と世間の声を盾に色々出来るのに、何を悲しむ?」
「仕事が増えるのと、今までのさばらせてた責任だの何だの等々…面倒なもんだよ。誰だって上に行ったら安定志向になっちまうだろう?なのに、今回みたいなデカいのが起こったってなりゃ、ちょっと同情するね」
霧立はそう言って笑うと、空になったグラスをマスターの方に渡す。
マスターは黙ってそれを受け取ると、霧立のキープボトルから酒を注いで、グラスを返した。
霧立と"後腐れ"の確認が終わり、静寂が訪れた店内。その窓の外に1台の赤い車が止まった。
「奈保子だ」
車に気づいて振り返った霧立がそう言った直後、店の扉が開いた。
「よぉ。珍しいな平日なのに」
霧立が、入って来た天城にそういうと、彼女は小さく笑ってみせた。
彼女の手には、少々大きなボストンバッグが握られている。
「旦那に言って、ちょっとだけ息抜きにね」
彼女はそう言ってバッグはをカウンターの上に置き、カウンターの椅子に座った。
「半分冗談よ。マスターに呼ばれてさ、巧一朗が来てるっていうから丁度よかったの」
「俺が居るからって?……ああ、この前話してたアレか?」
「そうそう、店の看板の電気消して、CLOSEDにしてきたけど…良かったよね?」
「ああ、構わない」
マスターがそういうと、天城はバッグの中身を出して、幾つか物を取り出す。
それは、七星が最近使った”簡易狙撃銃”の部品類と、その弾薬のセットだった。
「どうだったの?」
「ああ、無事に終わったし、成功の部類だろう」
天城は棒を組み立てて、銃を作って霧立に渡した。
「なら、署内No1さんには問題なく使えそうね。銃に縁の無い人が使ってもああだったんだし」
「射程はそんなないし、スコープさえ何とかなりゃそんなもんだろうよ」
天城から銃を受け取った霧立は、その特異過ぎる形に驚きながらも、銃の細部を見て回る。
「口径は22口径の亜音速弾。銃本体の2つの棒には消音機構と加工が組み込まれてる」
「……バラしてたら銃には見えねぇが…それでも職質かけるには十分なくらい不思議な棒っ子だから…持つなら上着の内側か?」
「そうね…今のところ、銃身が長いし、それぞれが細いって言っても何にも擬態出来ないしそうしてるの。冬ならコートの中でいいんだけど」
「設計図入れとか、そーゆーので筒状で大きいやつあったよな?それとかは?」
「志希ちゃんが持つなら良いと思う、大学生だし、あの子理系だし、誤魔化せる。瑞季君も…ギリ出来なくはないわ…でも…それだと自然じゃないでしょ?」
天城がそういうと、霧立とマスターは少しだけ思案顔になる。
「夏はどうしても薄着になるし、持ち歩ける物に入れるとか擬態するとかしたいんだけど……」
「ま、こんなもん早々入用にはならないから急ぎじゃない。これでいいだろう」
霧立はそう言って銃をバラして天城に返す。
「とりあえず、依頼はオーケー。改善は別金で。それでいいよな?」
やり取りを黙って見ていたマスターは、そう言って天城に封筒を渡した。
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