第110話


 守護騎士に続いて門を抜ける。

 建物一つ一つが立派なものだという事を除けば普通の街。


 規則正しく家が立ち並び、正面奥にお城が見えた。


「ここは城詰めの者が住まう居住区だ。

 ライドンは正面に見える城に居るだろう。愚弟はわからんが……」


 ルークは鋭い視線で城を見据える。


「ふーん。アイネアースとはかなり違うなぁ」


 あっちは城の他にも建物はある程度立っていたが、城の回りは大きな庭と言った感じだった。


「カイトさん、さっそく敵さんが来ましたよ」


 上から相手した兵数とは比べ物にならない数がきた。

 少なくとも一万は居る。恐らく総力を上げたのだろう。


「ここが正念場だな。やれるのか?」

「自信が無きゃこねぇよ」


 彼はゆっくりと強く頷き、車を降り前に出た。

 両サイドに守護騎士が着いたので俺はすぐ後ろに並んだ。


「スウォン元公爵の敗北は決定的なものとなった。

 我ら全員が無傷でここに立っていることがその証だ。

 ルーク・バル・ティターンの名の元に、貴様らに慈悲をやろう。

 このまま武器を捨て、自領に帰るのであれば許しを与える。

 今この状態だから問える最大限の譲歩だ」

「はは、皇太子は切れ者だなんて言われたが、ただの坊ちゃんだな。

 公爵領に帰っても首切られて終わりだ!」


 吼える彼は、強気な発言をしているが顔が強張っている。

 頭では自分たちが大罪人だということを理解しているのだろう。


「ならば一月待ってから帰ればいい。

 それまでにはある程度そちらも整理しておこう。これは最後の慈悲だ。

 それがわからぬ者は、この世には圧倒的強者という者が居ることを知るがよい」


 ルークは踵を返し「先制を譲ってやれ」と声を掛け守護騎士を前に出させた。


「殿下、本当に許すおつもりで?」

「……嘘を言ったつもりはない。

 兵士の居ない町がどうなるのか、貴様も守護騎士ならば知っておろう。

 このまま殲滅すれば、小さな村までは手が回せぬ。見捨てるほか無い」

「出過ぎた事を言いました。申し訳御座いません」


 言葉とは裏腹に許せるわけが無いという表情がにじみ出ている。

 そんなルークの思いに気がついた騎士は態度を改め敵兵と向き合う。


 間を置かず、敵兵がざわつく。恐らく通信がきたのだろう。

 指揮官が血相を変えて戦闘開始の指示を出した。


 それと同時に物凄い数の『ファイアーボール』が飛んでくる。


「説得は失敗みたいだな」

「くっ、愚か者どもめ……」


 狙いは前に出ている守護騎士だ。避ける隙間は無い。『マジックシールド』が付いていると言っても適当な受け方したら死ねるな。


 と少し心配していたのだが――――――――

 守護騎士がうちらの前で固まり『障壁』を交代で展開して悠々と防ぎきる。


 おおぉ、見事な連携! 錬度高いな。


「主、出るか?」

「ああ、これ以上は駄目だろ。なぁ?」

「当然だ。最大限の慈悲を与えた。それを投げ捨てた者など救う価値は無い」


 再びルークを荷台に座らせ、守護騎士に少し下がって護衛をしている様に頼む。

 

「よし、ステラ出番だ。特攻して暴れていいぞ。俺がついて回復する。

 余り深くまで入ると回復できないから気を付けろよ」

「んっ~~~~!!! 待ってたぁ!」

「僕もいいかな?」


 アンドリューさんに「どうぞどうぞ」と返しつつ皆にも指示だしする。


「二人が特攻した隙に乗じて遠距離攻撃で更に混乱を誘う。出来るだけ広がり一度でも狙われたと思えば後ろに引いていい。

 先ずは攻撃より嫌がらせのつもりでいいから」


 皆が了承したのを確認しつつ、二人の後を追う。

 ソフィアのヘイストもまだまだ残り時間があるし、大丈夫そうだな。


 状態や状況の確認を行い、二人の戦闘を見守る。

 相変わらず綺麗な魅せる戦いをするアンドリューさん。

 ひたすら限界まで自分をピンチに追い込みたがるアホの子ステラ。


 角度は違えど二人とも見ごたえのある戦いだ。

 しかし、難点はやはり周りが見えないこと。

 奥まで行き過ぎるなって言ってるのにアンドリューさんまで……これ以上近づいたら俺も狙われるじゃんか。

 もう既に射程圏内だが、すぐ目の前で暴れている奴らがいるから俺を狙う余裕が無かったのだ。

 彼女が中に大きく埋もれてしまえば俺は更に距離を詰めなくてはならない。

 ステラに注意は引かれているものの、俺の存在も当然警戒している。

 敵の目と鼻の先に居るのだから当然だろう。


 拙いなぁ。このまま俺に集中されたら距離を取らなきゃいけなくなるけど、そうしたら今度は回復ができないんだよな。


 自業自得ではあるんだけど……でもなぁ……


 しばし葛藤したが、やれるのに見殺しも無いな。と俺も参戦して主にステラの方へと寄る。

 その時、四方八方から飛んだ剣戟に避けるスペースを失ったステラが切られた。

 彼女の髪がぱらぱらと舞う。


「ちっ、奥でやられんなっての!」


 纏いを圧縮して彼女の回復に向かおうとしたのだが、足が止まった。

 ステラはやられていなかったらしく、そのまま再び戦闘を始めたのだ。

 髪の毛が飛んだのだからシールドは切れたはず。そこから攻撃も食らっているはずなんだが……

 一応至近距離まで寄って隙を見てヒールとシールドの掛けなおしをして離脱した。


「ふはははは、骨どころか筋すらろくに絶てないみたいだな! 雑魚め!!」


 あーなるほど?

 てか、あいつ痛みに強すぎないか?

 よく、あの怪我でそのまま戦えるよな……

 命の危険が無い様で何よりだが、まあ流石に戦い方が雑になってるか。


 てかアンドリューさんを見習えよ。まだシールド切れてねぇぞ。

 やべぇな。ホセさんと一緒で囲まれても全避けしてる。

 あれは背中に『障壁』展開して上手く盾として使ってるのか。


 参考になるな。


 皆はどうかなと様子を伺えば、本当に嫌がらせ状態になっていた。

 スッと近づいて遠距離攻撃してやり返そうとしたらもう居ない。

 半狂乱になっている兵士が多数見受けられた。


 そろそろまともな判断が出来なくなってきたっぽいな。


「主力部隊は特攻! だが、あの二人みたく奥には入るなよ!

 後衛は前衛の援護だ。

 前衛がピンチになったら前衛に入ってもいいが、基本は前に出ないように!」


 その声を待ってましたと言わんばかりに嬉々として特攻するアディ、アレク、ソーヤ。

 ソーヤがそうなるのは珍しいな。

 主力発言がそれほど嬉しかったのだろうか。

 まあ、今まで自信が足りない感じがしてたしそのくらいで丁度いいだろう。


 しかし、数が多い。こりゃ結構長丁場になりそうだ。

 まあ、魔物の討伐よりも断然短いけども。


 あっ、ステラがヤバイ!


「『一閃』『ヒール』『シールド』行けるか?」

「当然!」


 血だるまになりながら攻撃を続けていた彼女を回復させて再び離脱。

 それで目をつけられたのかちらほらこちらにも攻撃が飛んでくるようになったが、まだまだ避けれる密度だ。


 だが、色々なところから狙われるのは面倒だ。

 俺もやり返そうと狙ってきている奴ら全員に『ファイアーボール』を飛ばした。


「カイト様! 僕も中に入って良いですか?」

「はぁ? ダメダメ! あれは悪い例! 真似しちゃいけません!」


 危ない。ソーヤまでステラ化したら頭おかしなる。


「ソーヤよ、中に入りたいのであればこうして入ればよい」


 ホセさんがそう言って全てを一撃で決めて周囲の敵兵全てを蹂躙していき、敵の隊列に穴が開いていく。


「あー、俺もこいつらにならそれくらい出来るかもなっと!」


 レナードもホセさんの真似をして討伐速度を上げていく。

 それに触発されてエメリー、アディ、アレクもどんどん押していく。


 アーロンさん、サラ、コルト、アリーヤなんかは安全第一で淡々と仕事をこなしている感じだな。見てて安心感がある。


 道を埋め尽くしていた兵の数がどんどんと減っていった。

 少なくとも半分は切ったというところで逃亡者が出始める。

 全く、何処に行こうというのかね?

 ここは皇宮内だというのに。


 俺たちの後ろに回らないと外に出られないんじゃないのか?


 そんな俺の思いは届かず、逃亡者がどんどんと増えて散り散りに……と思いきやいつの間にか向こう側に回っていた守護騎士が逃げた奴らを始末していた。 


 宮内に逃げ隠れされても困るってことか。

 うん、そりゃそうだ。家の中に盗賊居たら普通に困るね。


「俺ももうちょっと働くか」


 ステラのお守りしか出来てないので彼女に「俺も出るからこっから先は余り回復できないからな?」と声を掛ける。


「了解! もう見切った! 問題ない!」


 ……本当にほぼほぼ見切ってるな。

 戦場で強くなる少女ステラ。恐ろしい子。


 さてどうするか。『残光』で飛び回るには間が狭すぎるから……『一閃』『烈波』のコンボでいくか。


 密集地へと『一閃』で飛び込み『烈派』で吹き飛ばす。

 というか、レベル差があり過ぎるのか血と鎧しかのこらない。


 百ほど倒した所でもう一度皆の無事を確認。

 逃げ腰になっているお陰で誰一人苦戦すらしていないようだ。

 というか本格的に逃げ始めたな。


「主、追撃はするのか?」

「いや、敵の親玉捕らえるのが先だからこのまま進む!」


 そう。特にあのスウォンって爺さんは逃がすわけにはいかない。

 下手をしたら今度は公爵領との戦争だ。

 まあそれは皇国で勝手にどうぞだが、ここまでやったんだからこっちの討伐にも手を貸して貰わないと割に合わん。

 ああ、報酬は討伐に兵を出せってことにしよう。


 逃亡した兵が道をそれようとも俺たちは真っ直ぐ城へと走る。


「おぉぉっと! ここから先に通す訳にはいかねぇなぁ?」


 ……なんか頭の悪そうな奴らが一杯いる。

 いや、一杯って言っても三十人程度だが。全員が頭悪そうだ。


 干し肉見たいのを齧ってクチャクチャしてり、ラジオ体操みたいのやってたり、変なダンスをしながらあちょーなんて言っている奴もいる。


 そして誰も彼もが一様にドヤ顔だ。


「おい、ヤバイぞ!」

「なにっ!? 強いのか!?」


 ルークの問いに思わず吹いた。


「そっちじゃねぇよ。めちゃくちゃやべぇだろ!?」

「いや、確かにヤバイが……守護騎士にやらせるか?」


 一生懸命にやばさを伝えたら少し心配そうな視線を向けられた。


「ああ、頼む。あれは相手にしたくない」


 甘えさせて貰おう。あれは精神的に凄く疲れそうだ。


「へぇ? 俺ちゃんとやっちゃう? 俺ちゃんとやっちゃう? いぎゃぁぁ」

「良いぜ掛かって来るのを待っていてやろう。あっはやっ……あべぇっ!」

「イックンは俺たちの中でも最弱!! ぐはぁぁっ!」

「お前、喋ってる途中はひきょ、ぎゃぁぁぁぁ」

「ま、待って! 俺たちはエリヤ皇帝の精鋭……あぎゃぁぁ」


 ふ、普通に弱いのかよ!!


 こういう時ってちょっと強者だったりするもんじゃないの?

 いや、こんなおかしい奴らが強者とか残念極まりないし良いんだけどさ。


 守護騎士に一瞬で殲滅され、俺は突っ込み疲れを起こしながらも城へと入った。


「隠し通路を押さえよ」


 ルークの声に守護騎士が数人走り去る。

 やっぱりあるのね。隠し通路。


 俺たちはそのまま奥へと進み大きな広間へと出た。

 部屋の奥に赤いカーペットが敷かれた階段の上にご立派な椅子が見える。

 謁見の間っぽいな。


「ここじゃないとすると、執務室か、逃走中か」


 ルークは小さく息を吐くと奥の扉へと進んだ。

 きっと王族専用通路みたいな奴だろ?

 俺たちも行って良いんだろうか?

 スタッフオンリーって書いてある扉を開ける気分なんだが。


「非常時だ。何も気にすることは無い」


 俺の心情を読み取っていたようで彼は「こっちだ」と案内をしてくれた。

 そう言えば、城の中には誰もいないな。普通もっと人がいるもんじゃないのか?

 誰も公爵に従わなかったのか?

 いや、信用できないからとどっかに監禁している可能性もあるな。

 もし皆殺しとかにされてたらルーク大変だろうな……ご愁傷様としかいいようがない。


「ここだ」


 ルークが短く到着を告げると、守護騎士を四人連れ中へと入る。

 全員で入るような場所でもないので、アンドリューさんとホセさんを連れて入室した。


「なっ……何故ここに……」


 驚愕に静止画の様に動きを止めていたスウォン元公爵が口を開いた。


「勝ったからだ」

「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!」


 彼は引き出しから通信魔具を数個取り出し魔力を送り声を荒げる。


「侵入者だぁ! 執務室に至急兵を寄越せ! 大至急だ!」

「無駄だ。もう機能しない程度には潰したのでな。

 ライドン……貴様、わかっているだろうな?」


「ひ、ひぃぃ」と椅子から立って逃げようとするが尻餅をつき壁へと後ずさる。

 ルークは守護騎士に命じ、身柄の拘束を行う。


「エリヤは何処に居る」

「が、学院だと申しておりました……で、殿下今一度、今一度チャンスを!」

「貴様……皇帝を討った逆賊にチャンスだと!?」


 ルークは静かに激高し、剣を抜いて振り降ろす。


 やるのはここでじゃないだろ! と俺は脚を動かした。


「ま、待ってくだっ……」


 彼の激情をのせた剣戟はキンっと音を立てて止まる。

 ゆっくりと首を横に振りルークに自制を求めた。


「こいつはまだ必要だろ?

 居なくても幕引きに支障がないならもう止めないけどさ」

「……そうであった。感謝する」


 彼はもう視界に入れることすら耐えられないと、牢に入れるよう命じた。


「なんだか、全てが夢の様だ」


 ルークは力なく佇み呟く。


 たった数日で全てがひっくり返り、更にまた戻ったとなってはな。

 いや皇帝、父のことを想っての言葉だろうか?

 気持ちはわかるがここで足を止められては困る。


「おい。まだ終わってねぇだろ?」

「いや、終わった。終わったのだ」


 いや、皇帝名乗ってるやつ捕まえなきゃ駄目だろ?


「スウォン元公爵に戦力が集中していたのだ。エリヤ殿下は武力を持ち合わせていない」


 脱力して口を開かないルークに代わり、守護騎士が補足を入れた。


 え?

 だってさっきなんか精鋭名乗る奴が……

 何?

 あれは武力とは言わない?

 そ、そう。

 賑やかしかな?


 そう返せば守護騎士は笑いを噴出しそうになりむせていた。


「失礼。そんな訳だ。

 後は陛下直属の中央軍が帰還するか、皇太子派の軍が到着するのを待つだけだ」


 中央軍?

 ああ、公爵の計略で行軍中なんだっけか。


「ならもう俺たちはいらない?」

「人数が人数だ。居て貰いたいところだが、ここまでくれば何とかなるだろう」


 ルークはそう言って体を起こすと執務室にある通信魔具を一つ起動させた。


 どうやら中央軍とやらに連絡を取っているようだ。

 耳を傾けていれば、今丁度こちらへ向かっている最中で明日には戻れるのだとか。


「聞いていたな。これで人数の問題も解決した。後は事後処理を残すのみとなる」

「そっか。んじゃ俺たちはもういくぞ?」

「……良いのか? 今であれば皇国を取れるぞ?」


 ルークの言葉に守護騎士に緊張が走る。


「アホ! そんな面倒なもん、頼まれてもいらんわ!」

「ふっ、相変わらず不思議な奴だ。ではこれを持っていけ」


 渡されたのは見覚えのあるもの。

 最上級の通信魔具。映像通信が出来るものだ。


「いや、お前との連絡はこれで取れるだろ?」


 そう言って普通の通信魔具を見せた。


「それならば何処までも届く。やってくれるのだろう。俺とルーナの仲人を」


 ルークはそれがあれば、手間を掛けさせずに顔つなぎが出来るだろうと付け加えた。

 確かにそうだな。これがあればカノンに良く必要がなくなる。

 それはありがたいと素直に受け取った。


「じゃあ、本当にもう行くけど大丈夫か?」

「ああ。問題ない。この礼は必ずする。ありがとうな、サオトメ」


「俺の為だ、気にすんな」と軽く返して執務室を後にした。


 そうして皇都奪還作戦は驚くほどにあっさりと終わりを告げた。


「よーし! 俺たちはこのまま帰って大迷宮だ。あ、お休み二日入れていいから」


 呆気に取られた守護騎士をスルーし、戦闘モードを解除した俺たちは雑談しながらのんびりと皇宮を後にした。



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