第90話


 俺たち『絆の螺旋』は二日の休みを終え、連合諸王国へと移動する事となった。

 絆商会支店を任せるリックには予定通りボーナスを与えて頑張れよとエールを送っておいた。


 シホウインさんも最初こそ変な事を言ってきたが、それからは至ってまともで皆にも直ぐ受け入れられた。

 まあ、城主サクラバ・イチノジョウさんの指示だったらしいしな。


「シーラル子爵、長い事お世話になってしまってすみません」

「この程度、一つも構わないとも。

 殿下の御心とサオトメ殿の活躍のお陰でこうして生きていられるのだからな」


 口調は普通の貴族なのに、やはり頼りないイメージは抜けない。

 だが、この人はこれでいい。そんな風に思える人だ。


 彼に感謝の言葉を告げて、俺たちは領主邸を後にした。






 向かう先はカノン王国。連合諸王国の最北端にあるもっとも小さな国。


 小さいが生き残っているだけあって、アイネアースと同様に強みは持っている。


 そう、ダンジョンの難易度が高く、個々の兵士が強い。

 最北端という大地のおかげでヘレンズの様に未開地からの魔物の襲撃がある。

 環境に鍛え上げられたカノンの騎士は本当に強いのだろうと容易に想像が付く。


 正直楽しみだ。

 紹介状があるお陰で国と喧嘩には早々ならないだろうから安心して行ける。

 難易度の高いダンジョンならば降りるのが短縮されて楽だし。

 もしかしたらアンドリューさんクラスの強者とかも見られるかもしれない。


 そんな思いを抱きながら、国境での審査を受ける。

 ここでは隠さず堂々とアイネアースの『絆の螺旋』だと名乗りを上げた。


 貴族の証である徽章と、所在をアイネアースに変えてある騎士証を見せて確認を取って貰えば、皇国と戦争していた同士として快く通過を許可してくれた。


 そうして漸く連合諸王国の一角、コルチェス王国へと入国する事ができた。


 ここはまだ通過点でしかなく、カノン王国まで行くにはあと一つ国境を越えなくてはいけない。


 ただ、小国群と言われるほど小国の集まりなので言うほど遠くはない。

 カノンに入るまでならこの人数でも二日移動すれば行けるだろう。


 その程度なら急ぐ必要もないと、コルチェス王国の王都にて一休みする。

 ある程度気心も知れてきたので今回は自由にバラバラになることにした。


 一応、責任者を決めて各々の宿の場所はわかるようにして貰ったので、俺としても安心して観光が出来る。

 


 そんなこんなで一番に向かったのは当然、騎士教会だ。

 今回は珍しく俺一人。

 最初は一緒に行くと言っていたのだが、行く場所が騎士教会だとわかると初めての地でぞろぞろ行くものじゃないという話になり、揉めそうな空気を感じたので一人で行くと押し切った。


 後から皆と合流すると決めれば、男連中は食道楽に走り、女性陣は甘味や衣服を見て回るのだと息巻いて出発した。


 そうしてやって来た騎士教会。


 ここで情報を集めれば大体周辺の騎士の強さがわかるし、地域ごとに特色が色々あって面白い。


 サービス業を意識したきちっとした身なりの職員の場所もあれば、場末のバーかと思うような所もある。

 教会の中も食事処や酒場が付いていたり、資料室があったり、とさまざまだ。


 そしてこのコルチェスはというと……


 資料室は無いみたいだが、壁という壁に魔物の情報が載った紙が張られていて、衝立に付いた大きなボードに依頼表が貼り付けてある。

 教会内には酒場も食事処も無いみたいだ。


 周囲の騎士たちはのんびり屋が多いのか、依頼表を見るでもなく端に並べられた、いくつかの椅子とテーブルを使って談笑している。

 カウンターに居る職員のお姉さんも騎士であろう男とずっと長話をしていた。


 戦争が終わったから気が抜けているんだろうか?

 そんな事を考えながら空いている職員の所へと向かう。


「こんにちわ。アイネアースから来たので、こちらとあちらの違いを教えて欲しいのですが、お願いできますか?」

「はぁぁ、随分遠くから来たんですねぇ。勿論構いません……とは言っても、アイネアースの騎士教会がどうなのかわかりませんね……どうしましょうか。

 新人への説明でも構いませんか?」


 その問いかけに了承して、彼女の説明を受けていく。


「まず、騎士になるには戦闘試験を受けて貰い合格して頂かねばなりません。

 他国の騎士証も有効ですが、その場合ただの騎士として扱われます」


「ただの騎士ですか?」と問えば他との違いが顕になった。


 ここでは騎士に等級をつけている様だ。


 教国でも強者用の侍という枠組みがあったが、ここでは更に細かく分けている。

 無名、下級、中級、上級、特級と来て最後に聖騎士という称号が送られ、その等級により受けられる依頼が決まっている。


 まあ、俺は依頼を受けないからここは関係ないな。ドロップ売却だけで収入は十分だ。というより、それで時間取られるくらいならレベルアップしたい。


 その他は一般的な注意事項が多かった。

 ダンジョンの中での犯罪は立証が難しい場合が多いから気をつけろとか。

 一般の騎士が魔物以外に力を振るう事は基本御法度で資格剥奪もありえるとかだ。

 要するに喧嘩はダメだよって事らしい。


 女神の名を借りた契約書を使えば犯罪を立証は出来るはずなのだが、強い証拠が無い限り強要する事は出来ないのだそうだ。

 主に、容疑者側が無罪を主張する時にしか使われないのだとか。

 被害者が自分自身に契約の縛りを掛ければ証明できそうだが、それはダメらしい。


 他の国でも大抵そうらしいから、契約魔術も何か抜け道があるのかもしれないな。


 他に一風変わったのは決闘システムがあったことくらいだろう。

 喧嘩は御法度だが、決闘を相手が受け入れた場合は戦う事が許される。


 決闘の申し込み方もある様だ。


 それはただ、剣を抜く事。

 勿論その場で殺し合いして良いという事にはならない。

 必ず立会人を立てて意思確認をしなければならないそうだ。


 そして、何か問題があれば立会人には契約書による確認を強要されるとの事。


「このくらいですかね。他に聞きたい事はありますか?」

「えーと……等級を上げるメリットってあります?」

「えっ、そりゃありますよ。

 高位の依頼を受けられるだけじゃなく、信用度が上がります。

 特級ともなれば中級貴族様方と肩を並べるほどの地位を得ますし、皆に尊敬されますよ」


 あんまり意味なさそうだな。俺、一応伯爵だし。

 けど、特級がどれくらいの強さでなれるのかはちょっと気になる。


「特級の試験を受けるのって俺でもできますか?」

「いや、出来ないことも無いですけど……どの程度の階層までいけるのですか?」

「えっと、皇国の大迷宮で三十七までは行きましたね。どうですか?」


 そう尋ねれば「しょ……少々お待ち下さい。会長に確認してきます」と彼女は席を外した。


 うん。戦えるなら戦って、その人がどのくらい強い存在なのかを後で聞こう。


「キミが試験を受けたい子かい?

 随分若そうに見えるけど、大丈夫? 下手をすれば命も危ないよ」


 そう言って出てきたのは爽やかな美形のおじさんだった。

 細身で強そうには見えない。まあ、アーロンさんたちもそうなんだけど……


 どうやら、行ける階層の話を信じていない様子。


「あー、こっちでのダンジョンの強さは知らないけど、嘘ではないよ?」

「へぇ、引かないんだね。お金の方は大丈夫かい?

 合否問わず金貨五枚掛かるけど」


 え、割と高いな。まあそのくらいならいいけど。


「じゃあ、これで」とアイネアース大金貨を出した。


 ちなみに価値は変わらないが、大金貨だけは国によって描かれた柄が違う。

 アイネアースは王家の紋章がそのまま描かれている。


 金貨の方はダンジョンドロップだ。柄はどこも同じで女神の像が描かれている。


「なるほど、確かにこれはアイネアース大金貨だね。

 いいよ。信じがたいが金額が支払われた以上試験はきっちり行おう」


 そう言って彼は親指で職員通路の様な場所を指して、付いてくるように示した。

 通路を抜けた先には広めな個室があり、木剣が立てかけられている。


 彼はその木剣を投げ渡してきて、俺は思わず首を傾げた。


「なるほど。意味を成さない事はわかってそうだね。

 けど、一応不安だからこっちからでいいかな?

 罪にならないとしても、子供を殺すような真似はしたくないんだ」


 木剣を構え「特級試験で下手に手加減もできないしね」と彼は微笑んだ。


「わかった。じゃあ、これが折れたら本番でいい?」

「ああ、勿論だ」


 よし、じゃあやるかと『ヘイスト』と『シールド』を掛けた。

 俺は学んだのだ。下手に手加減してはいけないと。

 ただ、切り札の纏いだけは大人気ないのでやめておく。

 十分間だけの強さでふんぞり返るのも恥ずかしいし。


 ちらりと教会長を見れば「ああ、纏いは使わなくていいよ。殺し合いじゃないから」と言ってくれた。

 色がどうとか言われても面倒だからありがたい。


「じゃあ、行きます」


 そう言って適当に回り込み、側面から切りかかる。

 強者と剣で戦う経験なんて殆ど無いので適当にだ。


 周りに強い人は一杯いるんだけど、俺は剣での稽古をするくらいならダンジョン行こうってなっちゃうから仕方ないのだ。


「はやっ!?」と彼は叫びながらも、斜めに受けて流した。

 木剣は折れて無いので続行かと思われたが「ちょっと待って」と止められた。


 彼はこっちに変えようと言って刃を潰された剣を寄越してきた。

 真剣な目で構え直し「いいよ」と開始の合図を出す。 


 どうやら、今ので信じてくれたみたいだ。

 ならば速度を上げて本気で行こう。


 今度は一度正面からやりあってみよう。

 そう思って正面から突っ込んで袈裟切りの角度で振り下ろす。 


 そして打ち合った瞬間俺は見た。


 こいつ……纏いやがった。


『纏わなくていいよ。殺し合いじゃないから』とか言って置きながらだ。


「ちょっと?」とジト目を向ける。


「簡便してよ。私だって痛いのは嫌なんだから。多分、キミのが強い。

 それは大体理解したから後はある程度技量を見せてくれれば合格にするからさ」

「なるほど。了解したけど、俺も痛いのは嫌だからね?」

「ああ、纏いで攻撃するような真似はしないよ」


 その言葉を聴けたなら安心だと再スタートした。

 高速で打ち合うちゃんばらは面白いな。そんな事を思い続けていると再びストップが掛かった。


「いいよ。合格だ。こりゃ参ったよ。私も特級では割りと上位なんだけどね……」

「へぇ……聖騎士ってのはやっぱりヤバイの?」

「ああ、ヤバイよ。間違いなく今のままのキミじゃ届かない。

 将来的に見れば十分届きそうなのが末恐ろしいけどね」


 おお! 強い人やっぱり居たよ!


「ちなみに聖騎士様はどのくらい深い階層に行ってるの?」

「うーん、教会がそういう情報を開示するのは御法度なんだけど。

 まああの人隠してないからいいか。こっちだと四十二階層だよ。

 あの人が居るカノンは難易度が高いから三十八階層辺りだと言っていたね」

「おおおお!!」


 嬉しくなって思わず声が出た。こりゃ、この国の戦力は期待できるわ。

 アプロディーナ教国より全然強いじゃんか。


「嬉しそうだね。やっぱり挑むのかい?」

「いや、アイネアースにはそういうの無いから聖騎士になりたいとは思ってないよ」

「ああ、そうなんだ。皇国は知ってたけどアイネアースも等級無しなのか」

「うん。強さは行ける階層で証明する感じだね」


 彼と雑談をしながら再びカウンターへと戻る。

 騎士証を貸してくれと言うので渡すと、彼手ずから新しい騎士証を作ってくれた。


「こっちでは今度からこの証を使ってくれ。相手を混乱させてしまうからね」


 そう言って手渡されたのは、ミスリルのプレートだった。

 アイネアースのも残っているので帰りも安心だ。いや、名誉伯爵の徽章もあるから身分証明には困らんけども。


 てか、ミスリル使うから試験が高かったのか。

 流石に金貨五枚は高いだろって思ってたけど……

 いや、良く考えたらそれでも高いわ。


 まあ、こっちで活動するならあった方が楽そうだしな。



 そこで戦力調査は終わりにして皆と合流した。

 指定の店に入ってみればそこは甘味処で王女やアレク、うちの何時ものメンバーが寛いでいた。



「それで? どうだったの。こっちの騎士は強いの?」


 アレクが早く聞かせろとせっついてくる。

 彼の言葉を受け、こちらには等級という騎士の階級があることを皆に説明した。


「多分、聖騎士はホセさんレベルだ。特級騎士は俺程度。アイネアースと近い強さがありそうだな」


 てか、アイネアースって本当に強いんだな。

 世界回ってみて思い知ったわ。

 まあ、特級騎士の数次第でこっちのが強いってなりそうだけど。

 いや、こっちは連合だからな……うん、やっぱりアイネアースが最強だ!

 そんな話でアレクと二人盛り上がり、皆も興味津々に聞いている。


「おおお!! 凄いね! でも特級って何? 聖騎士はなんとなくわかるけど……」


 そう問いかけられた所で、皆にも一応聞いておいてと言って騎士教会で受けた説明をした。

 一番重要なのは決闘システムだ。

 下手に武器の手入れを人前でやろうものならそれだけでトラブルになる。


 まあ、立会人を立てて意思確認までするんだから酷い事にはならないだろうが、それでも最初から知っていた方がいいのは間違いない。


「てか、カイトさんよぉ。人前で抜かないのは常識だぜ?

 普通は手入れにしても一言入れてから抜くもんだ。うちのやつらだって緊急時以外は街中では一切抜かないだろ?」

「あー、確かに。んじゃ必要なかったか?」

「いや、貴重な情報じゃぞ。

 緊急時は抜くのじゃし、手入れも声を掛けるにしても仲間内以外では止めておくべきじゃ。吹っかけられてもかなわん」


 ホセさんの言葉にレナードは「まあ、知っておく分にゃいいことだな」と手のひらを返した。


「カイトさま、他には何もなかった?」

「また巻き込まれたりしてませんよね?」


 何故かソフィとサラが疑いの視線を向けた。解せぬ。


「何も無いって! そもそも教会の職員としか話してないし!」

「じゃあ、明日はそのままカノンに行くんですね?」


 横からリディアの問いかけに「ああ、戦力調査はカノンでも出来るからな」と答えれば疑いの視線は消えた。


 そうした雑談を交えてから宿に入り、休養を取る事となった。



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