7 胡乱-5-

「確認できた。全てうちから納めたものに間違いない」

 事実が明らかになったというのに、2人の顔はまったく晴れなかった。

「……どういうことことなんだ?」

 代わりに新たな疑問が生じる。

「記録によれば3年前に納品したものだ。傷や歪みは落下の衝撃でついたものと考えると、元々の状態はかなり良かっただろうな」

「私もそう思ったよ。他にもいろいろな物が落ちてくるから、たまたま緩衝材になるような物が一緒に落ちてきたら――」

 こうして原形を留めているものもあるだろう、というのがカイロウの考えである。

「だが分からん。政府に納めた物がどうしてクジラから出てくるんだ?」

「さあ、私にも分からない。今日はそれを確かめに来たんだ」

 カイロウはテーブル上の金属板をぼんやりと眺めた。

 これの出所は分かった。

 行き着く先も分かった。

 そしてそれが今はここにある。

「もしかして……?」

 漠然と描く光景。

「循環しているんじゃないか……?」

 答えではなくとも、答えに近づいているような気がした。

「クジラからはいろいろな物が落ちてくる。じゃあそれらは元々、どこにあったんだ?」

 ウォーレスは唸った。

「俺はクジラのことはよく知らない。ただあのデカさだ。こんなものがいくらでも詰まってたって不思議じゃないだろ」

「ならこの記号はどう説明する?」

「それは……分からないな」

 彼は考える前にそう言った。

 しかしそれでは身も蓋もないと思い直したか、

「でもまあ、あんたの言う循環ってやつかもしれないな」

 ウォーレスは躊躇いがちにカイロウに同調した。

「例えばあんたはパーツを作ってうちに納める。うちは政府に納める。で、政府はクジラに納めた。それが落ちてきたんだろう」

 分からない話ではない。

 というよりこの考え方でしか納得できそうになかった。

「ならクジラはどこに納める? いや、そもそも……何を”おさめる”んだ……?」

 カイロウの呟きは空気を振動させる以外の効果をもたらさなかった。

「しかしそうだとすると、もうひとつ謎が出てくるぞ」

 ウォーレスは腕を組んで唸った。

「どうやってこれをクジラまで運ぶ? クジラが地上に降りてきた話なんて聞いたことがないぞ……いや――」

 到底不可能だ、と言いかけて彼は思い出したように付け足した。

「クジラと地上を往復できるのは方舟だけだ。あれに積めばいいのか」

 それはないだろう、とカイロウが否定する。

「あれは子どもを誘拐するために使う小舟だ。でも確かめる必要はあるな」

 推測はここまでだった。

 いくら2人で知恵を絞っても、この循環の謎を解き明かすキッカケさえつかめない。

 もしかしたら前提が間違っているのではないかと考え始めたカイロウは、訊き忘れていたあることを思い出した。

「そういえばこれらは何に使われているんだ?」

 直接携わっている彼でさえ、今の今まで持っていなかった意識だった。

 多額の報酬を得られる割りの良い仕事、ということでレキシベルの外注を引き受けていたが、注文のとおりに材料を加工するだけで、

 それが何に、どのように使われているのかまでは考えが及んでいなかった。

 仕事上はそれで何の問題もなかったし、特に疑問を抱く必要もなかった。

 しかしこの状況では、知らないということが不気味に思えてくる。

「俺たちにも分からないんだ」

 ウォーレスは声をひそめた。

「守秘義務か? 外部の人間に教えられないということは、あまり良いことには――」

「そうじゃない。俺たちも教えられていない」

 苦々しげに言う彼はふっとカイロウから目を逸らした。

「それとなく訊いたことがあるんだが、向こうからは余計な詮索はするなとだけ言われてな。俺も気にはなったが、機嫌を損ねて取引を打ち切られてはかなわん。

ここを守るために黙っていることにしたんだ。政府との取引なしにこれだけの従業員を抱えるのは無理だ」

 そういうことならカイロウにはもう何も言えない。

 それに話しているかぎりだと、ウォーレスはレキシベルと政府の板挟みに苦労しているようである。

 特に国という太いパイプをあてにしている現状、彼は政府や彼らが擁護しているクジラに対する否定的な発言を控えている節があった。

「すまんな、あまり役に立てなくて。俺個人としてならもっと協力できるんだが」

「そう言わないでくれ。仕事を回してくれるだけでも助かっているんだ」

 レキシベルと国との関係が悪化すればカイロウの収入にも響く。

 どうにか謎を解き明かしたいところだったが、焦り過ぎると真実が遠退いてしまうかもしれない。

 そう自分に言い聞かせ、彼は無理やり納得することにした。

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