第25話 着信ライト

 着信ライトを人差し指で潰す。それでライトが見えなくなればいいものを、明滅する光は指の周りから白々と漏れ出て辺りを照らす。左腕を折り曲げて冷たいガラステーブルに置き、その上に頬を乗せ、右手の人差し指で着信ライトを潰し続ける。喉が渇いた。水を飲もうと思っていたのだけれど、もう飲んでしまったのだろうか。水を注いだコップ。濡れた手。空気が泡となって揺らめく。コップをぐっと傾けて、透明な水を流し込む。人生で数え切れないほど繰り返してきた動作。こうして思い返すと、ついさっき水を飲んだばかりのようにも思える。それならば、この喉の渇きは何だろう。やはり何も飲んでいないのかもしれない。そもそも私はベッドでうつ伏せになっていたはずだ。いつの間にベッドを下りてガラステーブルに凭れたのだろう。いいや、ベッドでうつ伏せになっていたのは昨日のことではなかったか。スマホの画面に小躍りする嘘か本当かも分からないゴシップ記事を眺め、偽りの名前を持った人々の呟きを聞き流していたのだ。何かに共感したような気もするのだけれど、今となっては何も思い出せない。共感という言葉すら私の手を離れてしまった。体温は平熱。それなのに、このガラステーブルの冷たさは何だろう。尋常ではない体温を感じる。これもまやかしなのか。最後に高熱を出したのはずっと昔のことだ。別に私は熱を出したわけではないのだけれど、何度も繰り返し経験した発熱の倦怠感は忘れがたく体の隅に残っている。怠け心が湧けば私はいつだって病人になれるのだ。こんな時に眠気が来てくれればいいものを、私は全く眠くなく、恐ろしいほど冴えている。闇の中で孤独が囁く。わたしを呑め、体を蝕んでしまえと命じる。綺麗でも何でもない私の涙を孤独が慈しんで呑んでくれるのならばそれでもよいけれど、孤独は私の取り引きには応じてくれないだろう。人差し指の下で、純白の着信ライトが明滅している。もう何も見たくない。誰かの言葉も存在も、この小さな端末の中に全てを閉じ込めて忘れてしまいたい。着信ライトを潰して、闇の中で目を閉じ、たった一人で、心を慰めていたい。

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