習作 離散

鹿紙 路

1

 身を打つような風が吹き付ける。

 多磨の丘丘、黄金いろやくれないに燃え立つ木々がざわめきとよみ、全身を震わせてざあざあと葉を揺らす。日射しはするどく白く光り、葉や草を輝かせる。

 十一月を過ぎたのに、空は青く透き通っていて、この地に雪は降らず、樹冠に葉が残っている。野志宇のしうはふしぎに思う。寒さは故郷よりもきびしくはなく、しかし、故郷よりも乾燥していて、手指の肌が切れる。引いてきた馬に水を飲ませるため、舟と呼ぶ水桶に近づける。ぴちゃぴちゃと馬たちは水を飲む。

 やまとびとは、四つか五つになれば、馬を選別するという。都に連れて行くか、駄馬にするか、潰してしまうか。そういう決まりがあるのだ。汗をかいている馬の毛並みを撫でる。湿った灰色に黒の混じったその毛は、あと十年は風を受け、日を浴びて、その馬は野山を駆けることができる。俊敏さに欠けていても、重いものを載せて運ぶ力がなくても、生きられるはずだ。水場に連れて行き、塩をやって、草地に放てば――……けれど、もうすぐこの馬は殺されて肉になる。この土地の豪族が食べるものに。

 丘の上から見通すと、この地は丘と谷でできているとわかる。故郷のように盆地が開けているわけではない。丈高い草地は定期的に火を入れて、畑にしたり牛馬を飼養する牧にする。馬を導いて厩に戻す。夕暮れどき、寒さにこごえながら家に入る。竈の前でくつろぐ父と母、きょうだいたち。筵に座って夕食を摂る。熱い粥をそっと口に含み、じんわりと広がるあたたかさに身を委ねる。最低限の食事、家と衣服は揃っている。冬でも飢えず、寒さのために死ぬこともない。けれど、ここは故郷ではない。野志宇が故郷に戻ることは二度とない。

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