農民生まれだけど最強の冒険者目指す

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第1話 始まり

 「はぁ〜 疲れた。やってらんねぇ」


 俺は広大な農地の真ん中に座って言った。


 「アレス…… まだ半分以上残ってるぞ?」


 無精髭を生やした筋骨隆々の男――。

 俺の父親だ。


 「俺は父さんみたいに農業一筋で生きるつもりないんだからさーー…… 冒険者になりたいんだって俺は!!」

 「ったく……お前はこの農地の跡継ぎだって何回も言ってるだろ?」

 「……んなこと知るかよ」



 俺には夢があった。


 そう――冒険者になりたかったのだ。それも全世界で最強の。

 幼い頃に森の中で偶然出会った、魔物を剣で切り裂くその姿――俺はその強さに一瞬で心を奪われた。

 その時から十六になった今まで、それはずっと憧れの的だった。


 しかし、生まれた家は農民。剣も使えない。無謀だということは自分でも十分理解している。

 俺しかこの農地を引き継ぐ者はいない。


 ――――でも


 諦められない。



 「お前が冒険者になりたいってのはわかってる。でもお前は農民だろ? 農民は農地を耕すことしかできないのは分かってるはずだ。

 お前は運よく固有魔術を持っているが、その魔術だって【農地耕作】なんていう農業に特化しているものしか使えないじゃないか」


 手で触れた所が耕されるというなくても困らないものだったが、俺は個人しか使えないという固有魔術を持っていた。

 農民が固有魔術を持つのはとても珍しいことらしく実際、固有魔術どころか魔術を使える他の農民に会ったことがなかった。


 「魔術の中身なんかどうでもいい。父さんが何て言おうと明日俺は家を出て行く。もう俺の中で決めたことなんだ」


 父さんはそれを聞いて、少し俯いた。


 「俺は……お前のことが心配なんだ。母さんがお前が生まれてすぐ病気で居なくなって……それからずっとお前だけを頼りに生きてきたんだ。俺はお前を黙って危険な所に送りだせない」


 父さんは見た目に反して情けない様子になった。

 しかし、俺は自分の母親のことを覚えていなかった。

 同情できない。


 「…………もう戻る」


 俺は何とも言えぬ罪悪感を感じながら家に向かった。






 「よぉ! アレス! なんか浮かない顔してんなぁ〜? また喧嘩か?」


 俺が農地から出た時、友人のアローがいつもの明るさで笑いながら駆け寄ってきた。


 「まぁな。冒険者になるのまだ反対されるんだよ」

 「試験は明日だろ!? 大丈夫なのかそれ」

 「分かんねぇ」


 彼は急に真顔になって言った。


 「――で、もちろん無理矢理にでも来るよな?」


 10年ほど前に両親が旅先で何者かに拐われてしまった彼は、近くに住んでいるということもあり、俺たちが家族のような存在になっているのだろう。

 父さんはまだしも、同年代の俺が行かないというのは問題らしい。


 「あ、あぁ」

 「だよな!! それでこそ友達ってやつだ。

 じゃ!! また明日な!!」


 彼はいつもの顔に戻って去っていった。


 俺は家に戻り準備をしたが、疲れからかいつの間にか眠ってしまった。




 「ん……」


 眩しい。

 朝か。


 俺は音を立てないようにゆっくり部屋を出た。

 木造だから気をつけて行かなければならない。

 父さんの部屋を通りすぎる時、ドアが半開きになっていた。

 まだ寝ているのが見える。


 よし。

 気付かれてない。


 その時、


 「!!」


 俺は玄関に何か置いてあるのが見えた。


 何だこれ……


 それは父さんが大切そうに持っていた黒い宝石がついたネックレスだった。

 起きてたのか?

 横にはメモ書きが置いてある。


 そこには一言、


 『冒険者として生きる覚悟があるのなら持っていけ』


 とある。


 俺は『覚悟』という文字を見て、そのネックレスを手にとり、家を出るのを躊躇った。


 不安だったのだ。


 冒険者になりたくても、農民は農民。

 口では自分は大丈夫だと言い聞かせていたが、本当にやっていけるかずっと心配だった。


 俺は悩んだ。

 覚悟があるのかとという問に肯定する勇気が出なかった。


 その時、


 「おいアレス!! おせーぞ!!」


 アローだ。

 アローが迎えにきた。


 「何やってんだ? 早めに行くって言い出したのお前だろ?」


 玄関の扉を開けて入ってくる。


 「あぁ……  少し悩んでたんだ」


 アローはメモ書きを見る。


 「まさか…… 行かねえってわけじゃないよな?」

 「……」

 「ずっと前から冒険者になるのが夢だって言ってたじゃねーか。その道を自ら諦めるっつうのか!?」

 「……」


 アローの言うことに対して何と言えばいいのか、俺は言葉が見つからなかった。


 「……お前の母親に、会いたくないのか?」

 「え?」


 唐突に出てきた『母親』という単語に俺は戸惑った。


 「俺が幼い頃に両親から聞いた話なんだが、お前の両親は農民上がりの冒険者だったなんだってなぁ。旅先で母親がどっかにいっちまって、それで赤ん坊だったお前を連れて帰ってきたんだとよ」


 アローは小声でそう言った。


 「と、父さんが冒険者だった……?」


 俺は理解した。

 父さんがあれほど冒険者になることに反対した理由が。


 「で、でも母さんは病気で死んだんじゃ……」

 「……お前の母親の墓はあるか?」

 「……ない」

 「まだどこかで生きていると思っているから無いんじゃないのか?」


 思い返せば、父さんは母さんに対して「死んだ」という言葉を使ったことは一回もなかった。


 「自分が冒険者であることを隠すといい、この謎のネックレスといい、お前の父親……なんかあるぜ」

 「……」

 「……それで、お前は行くのか? 行かないのか? 行くならばそこには真実がある。しかし行かないのならば、一生嘘の中で生き続けるのみだ」


 その言葉で俺の中に一本の筋が入った。

 俺は……真実を知りたい!!


 「行く、行くよ!!」


 俺は覚悟を決めた。

 それを悟ったのか、アローは笑顔になった。


 「よし!! それでこそお前ってもんだ」


 

 こうして、俺は冒険者になることを決意した。

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