情報整理
家から出た伊織は、ほとんど無意識の状態で高校に向かった。
伊織の通っていた静岡県立駿河南高校までは歩いて15分ほどのところにある。
学力は中の中。進学実績も特別いいわけでもなくいわゆる普通の高校だった。
野球に関して特筆する点があるとすれば、30年以上前に甲子園に出場したこともある古豪であることか。
いわゆる強豪私立からスカウトが来るほどの選手ではなかった伊織だったが、同じような条件の高校が揃っているのであれば少しでもレベルが高いところで野球をやりたかった。
それが伊織が駿河南に進学する時に選んだ理由だった。
駿河南高校は坂の上にあって緩やかな坂が延々と続いた先にある。
緑が溢れていると言えば聞こえがいいが、実際はただの山だ。
特に校門前の坂は激坂と呼ばれていて自転車で登るのはかなりきつい。
そのため自転車通学の生徒は学校が近づいてくると、そうそうに自転車から降りて歩いて登っていくのが通例となっている。
伊織もはじめは自転車で通学していたが、汗だくになって必死に登った自転車での通学時間と徒歩の通学時間が同じだったことに気付いてから歩いて通学していた。
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もう訳がわからない。
とりあえず今までにわかったことを整理してみよう。
今日は高校の入学式。
父さんが起こしに来て、朝ごはんを作っていた。
母さんがスーツを着て仕事に向かった。
各国の要人が女性。
周りの風景は特に変わっていない。
駄目だ。結局何もわからない。
しかし今日は高校の入学式というのは間違いないだろう。
そして今の俺の感覚からすると5年も前のことになる。
もうわかりにくいから、目覚める前のことは「前の世界」と呼ぶことにしよう。
今までの情報からわかったのは、今日が俺の高校の入学式ってこと。
百歩譲ってそれならまだ理解はできるけど、他の違和感については全くわからない。
しかし伊織にとって一番の問題は過去に戻った? ことよりも、家を出る前に見たスポーツニュースのほうだ。
すでにプロ野球のシーズンは始まっている。それはいいのだがプロ野球ハイライトシーンを見たときは心底驚いた。
「なんで女のプロ野球選手がインタビューを受けてたんだ?」
無意識のうちに、言葉が口からでていた。
ニュースで目にしたのは見慣れたドームの球場で野球をしている女性たちだった。
誤解してもらいたくないのは、「前の世界」でも女性の野球のプロ団体は存在した。
しかし女性の野球に関しては、明らかにマイノリティのスポーツであることが伊織の認識だった。
だがニュースで見た女性の野球に関しては、伊織が在籍していたプロ野球を男の代わりに女がプレーしていた。
しかもレベル的には「前の世界」の男のレベルと遜色なかった。
ようやく伊織は一つの可能性にたどり着いた。
もしかして、前の世界と男と女の役割入れ替わってない?
男女差別が無い世界と言ってもスポーツの世界では男女間における身体能力の差は歴然である。
単純に筋肉の太さが要因の1つだ。わかりやすく言うと筋肉の発揮できる力の大きさは、筋肉の太さにほとんど比例する。
つまり筋肉が大きければ大きいほど、大きな力を発生できるのだ。
筋肉が全体重のうち占める重さの割合は、
男性:40%~45%
女性:35%~40%
と言われている。
そして多くの競技において、女子の世界記録は男子の世界記録の9割程度になっているのだ。
この筋肉量の差が、スポーツにおける男女の差と考えられている。
なぜこんなことを伊織が知っているのかというと、球団のスポーツトレーナーが教えてくれた豆知識である。
体を鍛えるための効率的な方法や雑学を教えてくれたのでよく覚えていた。
そんなことを考えながら激坂を登っていると、ようやく校門にたどり着いた。
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