2度めの野球人生は軟投派? ~男でも野球ができるって証明するよ~
まほろん
プロローグ
俺の名前は神山伊織(かみやまいおり)。
どこにでもいる平凡な野球好きだ。
高卒でプロ入りして1年、今初めての1軍のマウンドに立っている。
甲子園ベスト4の肩書を引っさげてドラフトの外れ1位で入団した俺のプロ入り初年度は、まだ体ができていないところもあり、走って走って走りまくって終わった。
ピッチングコーチからも、焦らないでまずは体を作るところから始めなさいと言われて従ってきた。
そんな俺の高校時代はどちらかというとがむしゃらに必死に練習をしてきた。
しかしプロの世界に入ってからは、科学的な効率の良いトレーニングを学び実践することで自分の成長が目に見えてわかるようになってきた。
足腰を鍛えることによって下半身が安定して、球速も上がりコントロールも安定してきた。
無茶な投げ込みなどしなくても、考えられたトレーニングをすることで故障もしないし上手くなれる。いい事ずくめだ。
子どもの頃からこんな練習ができていたらどういう投手になっていたかな? となんとなく思う。
自分では繊細で丁寧なピッチングが武器だと思っているが、人から言わせると俺は脳筋タイプのピッチャーだそうだ。
チームメイトも、解説やOBもそう言っているから見た目はそうなのかもしれない。
俺は認めないが……。
最速154キロの速球が持ち味の右投げ本格派。
球種はストレート、縦スライダー、横スライダー、SFF、カットボール、チェンジアップを持っている。
困ったときは迷わずストレートを選択するところが脳筋評価につながっているのか。
高卒2年目にしては十分な球速と球種を持っているはずなのに、脳筋判定は納得がいかないけどな。
おまけにピッチングコーチが監督に俺のことをこう評していた。
「神山は苦しいときは、『俺のボールを打ってみろ!』 って感じのピッチングになりますね。噂通りの脳筋です。ただ開き直って投げる球は走ってます」
と話しているときは、正直言って傷ついた。
いいじゃないか、ピンチのときこそ開き直ったって。
投球練習をしていると、ウグイス嬢からのアナウンスが聞こえてきた。
「ピッチャー神山 背番号39」
チームの応援団の歓声が聞こえてくるが、どこか現実感がなくふわふわした気持ちでマウンドに立っている。
振り返ってオーロラビジョンを見ると、何故か驚いている自分の顔と名前が大きく映し出されている。
これからのシーズンで登板することがあるたびに使われる画像なのに、なんであの写真が選ばれたのか……と少し恥ずかしく思う。
試合自体は、ウチのチームが9対1と8点差をつけてリードしている。
監督からは気楽に投げてこいとも言われているが、やはり初めての登板で緊張しているのが自分でもよく分かる。
デビュー戦から緊張するシーンで初登板させるよりは、点差のある場面で投げさせてやろうという監督の親心が染みる。
しかしもちろん温情だけではない。このプレッシャーがかからない場面で滅多打ちにあえば、容赦なく2軍に落とされるだろう……。
いつもの練習の時と違い手汗が明らかに出ている手を叩くように拭ってから、ロージンバッグをつける。
投球練習が終わって、いよいよバッターが打席に入る。
俺のプロとしての初めての相手は、佐藤さん。
この球場にいる野球少年どころかある程度の一般人でも知っている、俊足巧打で有名な選手だ。
日本代表にも選ばれている選手がデビュー戦の初打席の相手なのは運が良いのか悪いのか……。
俺のプロ野球人生がこの先何年続くかはわからない。
しかし、今この瞬間のことを忘れることは無いだろう。
「プレイ!」
実際には歓声で聞こえていないが、審判が言っていることは動作でわかる。
それに反応してキャッチャーの友部さんからサインが出る。
ちなみに友部さんからは前の回に、
「初球はストレートだからな。お前は繊細なところがあるから初球は思いっきり腕を振れ。それで緊張も解けるはずだ。点差もあるから気楽にこい」
と言われている。
俺が繊細なのをわかってくれるのは友部さんだけだ。
そんな友部さんのリードに首を振るなんてありえない。
サインを見て頷くと、友部さんは軽くミットを叩いてアウトコース低めに構える。
俺の野球人生で何球投げてきたかわからない、アウトコース低めのストレートは俺の自信の球だ。
ここぞという場面ではやっぱり一番練習してきた球を投げたい。
振りかぶっていつものフォームから友部さんのミットに投げ込む。
緊張してどうなるかと思ったが、綺麗に腕は振り抜けた。
キレのあるボールが友部さんのミットに一直線に吸い込まれていく。
コレは感覚的な話だが、投げた瞬間にピッチャーはある程度の結果がわかる。
俺は投げた瞬間に見逃しのストライクを想像したが、佐藤さんは普通の選手よりワンテンポ遅く始動した。
今までの経験であのタイミングからスイングを始動しても、空振りかファールにしかならないはず。
そう思った瞬間。
佐藤さんのスイングスピードがグンと上がって見えた。
そして佐藤さんのバットが捉えたボールはセンター前に打たれるイメージと重なる。
うそだろ!?
決して気を抜いていたわけではない。
しかしあのコース、あのタイミングから弾き返されるピッチャー返しは俺の野球人生ではありえなかった。
まさに初体験だった。
本当に一瞬だけ虚をつかれた間に打球は顔面に迫ってくる。
未体験のスピードの弾丸ライナー。
とっさにグローブを出すが間に合わない、と思った次の瞬間に
ガツン
と言う音が聞こえて俺の意識は飛んだ。
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