第7話 溺愛と姉

 その日。美琴は春明が注文してあった眼鏡を受け取るために、よみがたり相談所を出払っていた。

 賑やかになっていたよみがたり相談所に、しばし静かな日常が戻っていた。花江も今日は来ないようで、いつもより相談所が広く感じるほどだった。そんな平和で、ほっこりとした日常だったが、突然の来訪者で一気に騒々しくなる。


ドン!


「あ、あの。誰かいませんか!!」


ビクッ!!


 あまりにも突然の来訪者に、眠りかけていた春明は思わず飛び起きる。声のした方向を見ると、長い髪を振り乱しながら駆け込んできたその女性は、息を荒げていた。


「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて……」

「あぁ。あなたは。ここの方ですか?」

「えぇ。ここの所長をしているものですが……」

「そうだったんですね。実は、相談したいことがあって……」

「ま、まずは、落ち着きましょう。何か飲みますか?」

「は、はい。」


 穂乃花ほのかと名乗ったその少女は、おろおろとしていて、みるからにあぶなっかしい様子だった。それは、初めて会った春明ですらわかるほどだった。現に……


『それ。三つ目……』


 コーヒーを出した春明。甘党らしい穂乃花は、角砂糖をポンポン入れる。冷静にしようとすればするほど、数が多くなっていた……

 さすがに四つ目を入れようとしたため、止めた春明だったが止めなければもっと入れたに違いなかった……


「それで、今回は……」

「はぁ。あ、そうです、あたしの家。出るんです!」

「で、でるとは……、アヤカシ?」

「は、はい。あたしが何かしようとすると、物が動いたり。」

「最初は、あたしが欲しいものに微妙に手が届かなかったとき、そのものが勝手に動いたり……」


 それから、しばらくの間、穂乃花と話しをしていると、眼鏡を取りに行っていた美琴が帰ってきた。


「ただいまぁ~」

「おかえり~」

「あれ? お客さん?」

「は、はい。穂乃花です……」


 美琴の登場に、穂乃花は緊張したのか、びしっと立ち上がった。穂乃花の中では……


『うわぁ。かなりイケメン……カップルなのかな?』

『こっちの人が室長で、この人がメインって感じ?』


 そんなことを考えているとはつゆも知らない春明と美琴は、そのアヤカシについて、もう少し情報を聞き出そうとする。


「で、そのアヤカシに心当たりは……」

「えっと、それが……」


 穂乃花はバックから一つの写真を取り出した。そこには、仲良く並んで大人の女性が映っていた。


「じつは、姉が亡くなってからなんですよ。あたしのまわりでアヤカシがるようになったのは……」

「あたしは、見えないので、どうしようもないのですが……」


 アヤカシが見える存在は、意外と稀有でまして、春明のような見える上に聞こえるというのは、万人にひとりいるかいないかの存在だった。そんな中、穂乃花は、重要なことを思い出したようだった。


「あぁ!」

「おおっ。どうかしました?」

「そういえば、うちの亡くなった姉。イケメン好き……」

「あぁ、なら。ちょうどいい人材がいますね。ね。」

「お、俺かよ……」

「僕が男装する必要もないし……」


 美琴と春明の会話に、穂乃花は首をかしげながらも、春明たちは穂乃花の家へと向かった……

 そこは、立派な一軒家で古い古民家を、現代風に改装したような見た目だった。


「親の代から住んでいた家なんですが。今はあたし一人になってしまって……」

「なるほど……」


 アヤカシの中には、こういう古民家にこぞって住み着くアヤカシも存在する。春明はそんな想像をしていたが、ゴソゴソと穂乃花が鍵をあけていると……


『誰や!!』

「おおっ!!」

「!!」


 見える春明は、いきなり壁から顔を出したアヤカシの姿に驚いて声を出してしまう。春明のいきなりの動きに、穂乃花や美琴も驚く。


「ど、そうしたんですか?」

「いるのか?」

「う、うん。出迎えたみたい……」


 春明がアヤカシの相手をすると、出迎えたアヤカシも春明に気が付いたようだった。


『あんた、見えるのか? そ、それに……』

「は、はい……」

『そ、そっちの子は……ツレか?』

「はい。」

「うぅぅぅぅぅ!!!!」


 春明の様子に鍵を開けるのを忘れ、春明の様子を見ていた穂乃花と美琴。アヤカシの相手をしていた春明は、うつむいたそのアヤカシは……


「生きてるときに会いたかったぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 アヤカシの心からの絶叫というのは、周囲へも影響する。よほど悔しかったのか、絶叫したそのアヤカシの発した声は、扉や窓を震わせポルターガイスト現象を引き起こした。


きぃぃぃぃぃぃぃぃん!!


「ちょ、ちょっと。落ち着いてください……」

『あ、あぁ。ごめんごめん。つい……』


 急なポルターガイストに、さすがの美琴も身構える。もし、アヤカシが暴走したのであれば、封印処置が必要になることがあるためだった。


『は、春明……大丈夫そうか?』

『大丈夫だから……』


 ひそひそと春明と美琴が話す姿を見た、アヤカシは、何かを察したようで、イライラが少し収まったようだった……


『ごめんな、あんたら、カップルなんだろ?』

「い、いや……」

『そうなのか? そっちの子は……見えるのか?』

「い、いえ。直接見えるのは、私だけです。」

『そうなのか……じゃぁ……』


 アヤカシは、見えていないことをいいことに、美琴の横に行くとキスをする素振りを見せた。


「あっ。まずっ……」

『あ、やっぱり、お前……こいつのこと……』


 そう言いかけたアヤカシの口に、ビリっと電気が走る。それは、アヤカシから身を守るための美琴のセンサー的なものだった……


パチン!


『!!!!』

「おおっ!」


 何の気なしに迎撃する形になってしまったことで、暴れ出すんじゃないかと思っていた春明だったが、その刺激を妙な方向に捕らえてしまったアヤカシだった……


『こ、これが! 恋のビリビリかぁ~~うぅぅぅぅ~』


 体をよじらせ、恍惚な表情をするアヤカシは、害をなすアヤカシとは違い、恋をする乙女のアヤカシだった……

 それから、家の中に移動した三人とアヤカシは自己紹介を始める。


『沙也加だ。穂乃花の姉だ。よろしく。』

「えっと、穂乃花です。」

「美琴です。よく間違われるんですが…女だ。」

「えっと、春明です。男だよ。」


 一通り自己紹介が終わると、穂乃花とアヤカシの沙也加は、一応に沈黙すると……


『男?』

「うん。」

「女?」

「そうだ。」

「…………」


「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 ほぼ二人同時に驚き、ポルターガイストも同じタイミングで起きたのだった。その姿を見た春明は……


『あぁ。姉妹だわ。やっぱり……』


 と思ったのだった……

 そして、春明は穂乃花に事の次第を話した。このポルターガイストのすべてが、姉の仕業であることを……


「えっ?! ねえちゃんが?」

「えぇ。隣で一生懸命説明……というか、言い訳をしてます……」

「そうなの?」


 口で説明し、通訳をしてもいいのだろうけど、幸いにもこの時には正式版の眼鏡が完成していた。

 見えず聞こえない人にも、その眼鏡をかけるとレンズにかけた妖力と、骨振動を利用し、会話が成立するようになっている。


「あの、穂乃花さん。これを……」

「えっ? 眼鏡? 私は……」

「いえ。これは従来の視力矯正ではなく、あなたのお姉さん。沙也加さんを見て会話できるようにする代物です……」

「そ、そうなんですか?」

「は、はい。ただ、これだけは約束してください。」

「えっ。」

「見えて、想いを伝えたことで、納得し生き急がないでください……」


 穂乃花は首をかしげるも、眼鏡を手に取ると、ゆっくりとかけた。すると、横には見慣れた顔が心配そうにのぞき込んでいた。


「ね、ねぇさん……」

「ほ、本当に見えるのね……」


 それから、二人はあえなくなった二か月間の出来事を、すべて話しそして和気あいあいの会話をしていた。すると……


「あの……姉が……」

「えっ?」


 沙也加が三つ指ついて春明に懇願してきた……


「お願いがあります。」

「雇ってください!!」

「え、えぇっ!」

「どうも、うちのねえさん……美琴さんに惚れてしまったみたいで……」

「えぇっ!」


 穂乃花のその言葉に、美琴も驚いていた。当然といえば当然だったが、懇願してくる沙也加に春明が折れる形で、了承することになった。


「ありがとう。」

「い、いえ。あっ、美琴。」

「ん? なんだ?」

「ちょっとだけ、防御魔力オフにしてもらえる?」

「いいけど……」


 春明のお願いの後、美琴の周囲から防御魔力が消える光がうっすり消えた。すると……


「ちゅっ。」

「!!!!」


 少しだけ念願をかなえた沙也加だった。それと同時に、何が起こったのか訳が分からない美琴だった……

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