第4話 再会と想い

花枝はなえさん、今日も来たんですか?」

「なんだい? 来ちゃダメかい?」

「いや、別にいいですが……」

「じゃぁ、いいじゃない」


 よみがたり相談所には、いろいろな人が来る。それは人も、アヤカシも。

 この花枝も、相談所によく顔を出すことで、すでにマスコットのような感じになっている。


「ここにいるとさぁ。安心なのさ。春明ちゃんもいるからねぇ」


 花枝は、春明のことを“ちゃん”付けで呼ぶ。それは、見た目相応だが、娘みたいだからとよく頭をなでられていた。

 数か月前、花枝は長く連れ添った旦那さんを病気で亡くしている。それでも、日課となっている散歩はいつものようにしているようだ。

 春明のよみがたり相談所は、その散歩コースの途中にあるらしく、よくここに立ち寄っては、お茶をすすっていくという格好の休憩ポイントでもった。

 それに、花枝は、ここに来るといつも笑顔になる。何か楽しいことがあったのか?と聞いたりもすると、満面の笑みをしながら、饒舌に話し出す。


『花枝さん……楽しそうだなぁ~~』


 花枝の笑顔を見ると、春明も自然と笑顔になる。

 周囲を笑顔にすることの多い花枝は、美琴にもよく絡む。ただ…


「あたしも、もう少し若かったらねぇ。美琴くんみたいな男の子を捕まえるんだけどねぇ~」

「いやいや、花枝さん。オレ、女ですよ……もう。」

「えぇっ。なおいいじゃない。引く手あまただったんじゃないの?」

「い、いやぁ……」


 普段なら、自分からグイグイ行くことの多い美琴でも、花枝の追求に関しては、守備範囲外らしくタジタジになる。

 花枝の言う通りに、確かに美琴はモテていた。しかも、同性。つまり女性からモテモテだった……

 そして、春明も同じように同性。つまり男からモテるという。稀有な状況になっていた。

 そんな春明と美琴の話は、また別の機会……


 花枝の追求にタジタジになった美琴は、花枝の昔の話を聞き始めた。単純に、自分から話題をそらす意味もあったろうが、興味も勝っていた。


「そんな、花枝さんもモテたんでしょ?」

「あ、それは、ボクも聞いてみたい。教えて花枝さん……」

「ほんとに聞きたいかい? このおばあちゃんの……」

「何を言ってるんですか。聞きたいですよ。な。春明。」

「うん。だね……」

『……一緒にいる人も気になるし……』


 春明はそんなことを思いつつ、花枝の話が気になった。そんな花枝は、仕方ないなぁ~といったまんざらでもない笑顔で、話し始める。


「うちの旦那は、つい数週間前にあっちに行っちゃったんだけどね……」

「えっ?」


 そういって、人差し指で上を指す。

 すこし、物悲しそうな表情をしながらも、過ぎたことだからと納得したような表情をしていた。


「病気かなにかなんですか?」

「そうさね。病気だった。隆司たかしさんというんだけどね。ほんと、知り合った頃から、ほんと自分のことは言わない人でねぇ……」

「まったく、あたしの身にもなってほしいもんだよ……」


 あきれ顔で話す花枝は、どこか悲しさを感じる表情をしていた。


「あたしと隆司さんとの出会いは、女学院時代なんだけどね……」


 若いころを振り返るように花枝は語り始めた……



「きゃぁ~隆司さんよ~~」


 近くにある青年学校、今でいう男子校との交流会で、隆司は有名だった。女学校、今でいうところの女子高の花枝は、そこまで目立つことはなく、先輩を立てる生徒だった。

 活発に動く性格ではあったものの、そこまで目立つ行動は慎んでいた。そんな中、のちに旦那になる隆司は、上級生から黄色い視線を浴びるほどの美形だった。


『あたしなんか、目立たないし、これと言って取柄も……』


 容姿も家系も至って普通の花枝は、出しゃばらず自分から主張することはなかった。


「隆司さん、こちらはいかがですか?」

「あぁ、ずるい~~」

「あ、ありがとう。」

「い、いえ。いいのですわ」


 青年学校の生徒たちは、多種多様で活発に動く人もいれば引っ込み思案な人もいた。


『青年学校の方っていろんな人がいるんだなぁ~』


 そんなことを思っていた花枝は、その時。隆司が花枝に興味を持っていたとは思ってもみなかった。

 花枝は、上級生のお姉さまたちと仲良くなるものだと思って、そこまで話に積極的に加わろうとはしなかった……


 交流会は数日にわたって開かれた。

 開催中には、何組とカップルが生まれ、色恋話に花が咲いていた。しかし、そのカップルの中に、隆司の姿がなかった。


「あんなに、引く手あまたなのに、誰とも付き合っていないの?」

「よほど、趣味嗜好が特殊……」


 花枝がそんな独り言を言っていると、後ろから声がかかった。驚いた花枝が振り返ると、そこには意外な人がいた……


「特殊で悪かったなぁ~」

「えっ!! た、隆司さん?! どうしてここに?」

「いちゃぁ、まずかったか?」

「いや、別にいいですけど……てっきり、ほかのお姉さま方と……」


 花枝がそんな話をすると、隆司は嫌な表情をして大きなため息をついた。


「はぁ、もういいさ。どの子も、俺を見ていないようだったから……」

「そ、そうですか?」

「そうさ。彼女たちは、俺というより家のことしか見えていないから……」


 この時代の交流会は、主に女学校というお金持ちと青年学校のお金持ちをつなぐ意味合いもあった。そんなことから、交流会は家同士のお見合いみたいな様相を呈していた。

 そんな中、隆司は目を輝かせてくる女学生に、肩を落としていた。そんな中、見つけたのが花枝だった。


「あぁ、確かに。お姉さま方は有名どころの出身ですからね。仕方ない感じもします……」

「それも、分かるんだけどなぁ。あまりにもグイグイ来るから、こっちが気落ちしちゃって……」

「ははは。隆司さんは、人気ありますからね……」


 近くのベンチに座った花枝と隆司は、他愛のない会話をしていても、ほかから見れば、カップルのように見える。


「はははは。隆司さんったら。ははは。楽しい……」

「そうだろ? 全く……こっちの身にもなってほしいよ……」


 それから、二人が付き合うまでは時間はかからなかった。それでも、女学校を卒業するまでは、上級生にはもちろん秘密だった。

 結婚してからは、順風満帆。とはいかなかったものの、それなりに楽しい生活をしていた花枝。

 時には喧嘩もするものの、次の瞬間には仲直りをしたりと、基本的に幸せな家族だった。

 仕事も隆司が事業を起こし、その秘書として働いたりなど、一緒にいるだけでも楽しい日常が続いていた……

 定年近くになると、若い子に会社を任せ引退した二人は、困ったときに若い子からかかってくる時以外は、自宅の縁側での悠々自適な生活となった。


「隆司さん。今日はいいニュースでも乗ってます?」

「あぁ、花枝。相変わらずさ、全く。もっと知見をもってだなぁ……」


 隆司はこの時代には珍しい、先を見ているようで行く末を気にしていた。難しいことはわからなかったが、そんな話を自慢げに話す隆司の横顔が好きだった……



 花枝の話を聞いていた二人は、とても幸せな生活をしていたことが、言葉の節々から伝わってきた。

 それに、話をする花枝の顔が、満面の笑みだったことも幸せな生活だったということを感じ取れた。


「どうだい? おばあちゃんの話は楽しいかい?」

「えぇ。聞いてて楽しいですよ。なぁ。美琴」

「うんうん。」

「そうかい? それじゃぁ、続けようかね。」


 続きを話し始めた花枝は、結婚し、旦那の定年をからを離し始める……


「あたしと隆司さんは、定年を迎え。家で庭仕事をしたりとゆっくりとした一日を暮らしていたのさ……」




 花枝と隆司は、庭仕事や買い物に一緒に行くほどに仲が良かった。ただ、この日は、体調がすぐれない隆司を自宅に残し、花枝だけが買い物に出かけていた。


「おや? 今日はひとりかい?」

「そうなんだよ。体調がすぐれないらしくてねぇ~」

「そうなのかい? お大事にしてな。」


 それは、突然だった……

 いつものように。普段と同じように、買い物をしていた花枝。そしていつものように、自宅に帰った花枝だったが、そこには目を疑う光景があった。


「た、隆司さん?」


 家を出発するときは、少し体調がすぐれない様子“だけ”だった隆司の体は、リビングに倒れていた。

 若いころからよくいたずらが好きだったこともあり、今回もどうせ平気で冗談でした~と、ひょっこり起きるものだと思っていた……


「た、隆司さん。またぁ、あたしをひっかけようとして……」

「じょ、冗談きついわ……ね、隆司さん……。い、一応……」


 花枝は最後まで信じれなかった。

 買い物に行くまでは、いつものように挨拶を交わし、いつものように日常が続くものだと思っていた……


「あれ? た、隆司さん? じょ、冗談よね?」


 しかし、目の前で横たわる隆司の体は、ピクリとも動きそうになかった。あれほど暖かかった隆司の手も、いつの間にか冷たくなっていた……



「隆司さんの手はね、あれほどあったかかったのにさ、氷のように冷たくなってるんだよ。信じれるかい? あれほど穏やかな日常があったのさ……」

「ぶえぇぇぇぇんん!!」


 横で聞いていた美琴は、ものの見事に号泣していた。


「おやおや、泣かせちまったかねぇ。」


 美琴はこういう話には、めっきり弱い。特に、添い遂げた相手に先立たれる話などは、特に弱い。


「は、花枝ひゃん。つ、辛かったね……」

「あ、ありがとうね~」


 春明も、何気に涙をためていた。そして、花枝に聞いてみた。


「花枝さん。もし、旦那さん……隆司さんに会えたら……」

「おや? 春明ちゃん。そんなことできるのかい?」


 普通の人なら、アヤカシの類が見えるなんて言うと、怪訝な表情をしたりするが、花枝はそんなことはなかった。

 アヤカシ相談所を開いたときも、一番先に来たのは花枝だった……

 そんな花枝に、春明は自分のデスクから一つの眼鏡を取り出した。それには、春明の妖力がこめられ、アヤカシの姿を視認と会話ができる代物だった。


「まだ、試作段階ですが……」

「おやっ? 眼鏡かい? あたし、そこまで目は……」

「いえ。これは、視力を補佐するメガネじゃないんです。」

「えっ? じゃ、何を……」

「これは……アヤカシを見ることができるんです。」


 春明は、正直。怒られると思っていた。

 大体の人が、受け取ろうとはしないし、それに……


『見えたからと言って……何も変わらない……』


 しばらく考えている様子の花枝。


『あぁ、やっぱり。そう簡単に……』


 半ばあきらめ気味の春明の予想に反して……


「見えたら、言ってやりたいねぇ。どうして、もっと早く言わないんだ!!ってね。」

「えっ?」


 そういい花枝は、春明が用意した眼鏡を手に取り、しげしげと眺めていた……


「貸しな。かけてあげる。」

「いいんですか?」

「いいから、あたしの決心が揺らがないうちに。」

「は、はい。」


 春明が花枝に渡すと、さっそく眼鏡をかけた。

 春明の妖力が入ったその眼鏡は、ベースが伊達眼鏡で、基本誰でもつけれるように作っていた……


「で、春明ちゃん。どこかにいるのかい? あの人は……」

「え、えぇ。隣でしきりに誤ってます……」


 眼鏡をかけた花枝は、ゆっくりと振り向くと、しきりに謝る隆司の姿があった。

 その懐かしい顔を見た花枝は、自然と涙があふれだした。泣き出した花枝を見た隆司は、思わず駆け寄り心配そうにしていた。

 うつむいて泣いた花枝は、一呼吸おいて顔をあげると……


「あんた。なんて顔してんだい!!」


 涙をいっぱい貯め、笑顔を作る花枝は送り出したはずの隆司との再会に、戸惑いながらも、気丈に振る舞っていた。


「ボクたち、席をはずし……」

「いや……」


 春明たちは、気を利かせ二人っきりにした方が良いかと思い席をはずそうとするが……


「いておくれ、あなたたちのおかげであえたんだからねぇ。」

「だけど……」

「見届け人になってくれないかい? いてくれないと、あっちに行ってしまいそうになるから……」


 そして、花枝と隆司のあの日常が少しだけ返ってきた。


「ほんと、あんたはいつも急にいなくなるんだから……」

「えっ? 今更、謝られても困るわ! 全く……」


 何やら楽しそうに話をした後……


「はぁ? 幽霊になってまで、あたしを口説こうってのかい。あんたは、ほんとに。懲りてないねぇ……」

「こうして話してるけど……あぁ。やっぱり、あんたはあっちに行っちゃったんだね……」

「…………」

「あ、謝らないで!! いいから……」


 ひときは強い口調で言った後、ボロボロと涙を流しながら、笑顔で一言。


「先に行って待ってて。そのうち、行くから……」


 その言葉を言った後、花枝はそっと眼鏡をはずして、春明に戻した。


「春明ちゃんありがとね。あいつに言ってやれたよ。」

「そ、そうですか。」

「うん!!」


 涙をいっぱいにためた、精一杯のきれいな笑顔は、若いころに戻ったようなきれいさだった……


 それから数か月後……


「花枝さん。また来たんですか? しかも隆司さんも一緒に……」

「あら、ダメかい? 春明ちゃんは私たちが見えてるから……」


 精一杯の思いを伝えた花枝は、あの後。旦那を追いかけるように、急逝した。見ることのできない美琴は、号泣しもちろん春明も泣いた。

 いつにもまして、相談所に入り浸るようになった花枝は、まるでここが第二の我が家みたいにくつろいでいる。

 それも、一人ではない。愛した人と一緒なのだから、幸せさが増していた。こうして花枝と隆司がほほえましく話している姿を、美琴は知らないが知ったら、満面の笑みで喜びそうだった……


「ほんとありがとね。あの時、春明ちゃんが貸してくれた眼鏡のおかげで、想いを伝えれたよ。」

「それは、よかったです」


 それから、花枝さんは仲良く旦那と一緒に定期的によみがたり相談所を利用するようになったのだった。

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