第2話 もつものともたざるもの

 春明は大学卒業とともに、親友の美琴と設立したアヤカシ相談所「よみがたり相談所」で、朝のコーヒーを飲みながら、高校時代のことを思い出していた……


「ほんと、あの時。美琴に出会ってなければ……」


 美琴の出勤前ということもあり、ワンルームのオフィスはいつにもまして広く感じる。

 応接用の対面式革ソファーに、中央テーブル。日当たりも良く、春明をサポートしてくれるアヤカシ、はちとみけがくつろいでいた。

 小学生の当時は、春明にだけ見えるアヤカシの存在が、怖くて仕方がなかった春明。

 先祖返りの血を濃く引き継いだ春明は、見る・聞く・触るという陰陽師に必要な能力のほとんどを色濃く残していた。


 しかし、春明はそれだけだった……


『〝はち”や〝みけ”がいることで、成り立ってるんだよなぁ~』


 よみがたり相談所では、よくアヤカシについての相談に乗ることが多く、基本的に心残りを晴らすことができれば、成仏してくることが多い。

 中には、多くの妖力を取り込み過ぎて、元の姿を保てなくなり封印処理をするしかなくなってしまう。


『どれもが、想いが強すぎるだけなんだけど……』


 パソコンに残された過去の案件を見ると、そのどれもが生前に想いを残したままで、無念の死を経験していることでアヤカシ化しているということが多かった。

 アヤカシ化するものは、何も動物だけとは限らない。人も同じで、家族思いの父親や母親。祖母や祖父など、想いの大きさがアヤカシ化の根本にある。

 その想いを解放してあげることで、昇華へと導く。しかし、昇華しきれない場合や、想いが強すぎる影響でほかの負のエネルギーも吸い込んでしまう場合がある。

 元の姿を維持できなくなったアヤカシは、肥大化を続けいずれ周囲を破壊し始める。


『う、うそっ……』


 幼いころからアヤカシに惹かれることの多かった春明は、高校卒業を控えたこの日。学校から帰宅するときにアヤカシと遭遇していた……


ゴォォォォォォォォォ!!!!


 一般の人には、ただ風が轟音を立てて渦を巻いているように見える。しかし、春明にとっては、全く別だった。

 そこには、異形の形をしたアヤカシが暴れ狂っていた。そこへ、迷い込んでしまっていた。

 暴れ狂ったアヤカシは、春明を見つけると少しずつ近づいていく……


ゴォォォォォォ!!!!

『オ、オマエ。ツヨイ。チカラ。アル。ソレ。クレ。』


 アヤカシの声を聴くことのできていた春明には、自分の力を欲しがるアヤカシの声が伝わってきていた……


「砂の耳」


 砂や風の流れなど、些細な音を使って意志を伝えるアヤカシ。一般の人にとってはただの風の音だとしても、アヤカシの意志が乗った風の音は春明には、普通の声として聞こえる。


ゴォォォォォォォォォォ!!!!

『モ、モウ。ヒトリ、キタ!!』


「えっ?」


 こんなところにやってくる一般人? と思った春明の横に立ったのは、すらりと長い手足に、小顔。短く後ろでまとめられたその黒い髪は、夕方の夕日を浴び、綺麗に輝いていた……


「そこで、じっとしてて!!」

「えっ?」


 当時の春明は、見る・聞く・触ることがかろうじてできていたこともあり、アヤカシの姿は見ることができていた。

 しかし、その子は見えているというよりも、感覚で感じ取っているような感じだった。その人は腰についていた日本刀の持ち手の部分を持ち、力を込めた表情をすると、あっという間に、青色の刀身が出現した。


「それ……」

「えっ? あんた、これ。見えてるの?!」

「見えるも何も、なにそれ。」


 これが、春明と美琴の最初の出会いだった……


 春明はアヤカシを視認できるが、その子は視認できていない用だったが、その瞳でアヤカシの姿を視認しているようだった。どうやら呪術の札によって一時的に可視化できていたようだった。


「あ、あんたも見えるのか?」

「うん」

「じゃぁ、手伝ってくれ!」

「いや、いきなり言われても……」


 アヤカシに襲われていた春明は、飛び入りできたその子と改めてアヤカシと対峙することになった……

 この時、春明の唯一の救いが、のちのパートナーとなる『はち』とすでに出会っていたことだった……


わん!


「はち? わっ!」

「ちょっと、何を……」


 対峙している美琴の横で、はちが春明へと体当たりした。すると、春明の体が光だし、犬の耳と尻尾が生えた。

 そして、ブラウンの瞳をしていた春明だったが、右目がはちと同じ水色の瞳の色になった。


「えっ……」

「ちょっと、あんた。耳と尻尾が……」

「えっ。えっ! ほんとだ……」


 そんなやり取りをしていると、アヤカシが二人に攻撃を仕掛けてきた。交わせない! と思った瞬間……


『横に飛んで!』


 どこからともなく聞こえたその声に驚きつつも、不思議とその声を信じる気になった。そして、その声と同じ方向に飛ぶ……


ドシィィィィィィン!!!!


 アヤカシの攻撃は地面が割れるかの衝撃を与え、土ぼこりが舞い上がる。その土ぼこりから、回避の成功した春明が上空へと飛び上がっていた……


「えっ! これ、どうなってるのぉぉぉぉぉ!!」


 春明が目を開けた時には、人間が飛び上がるのとはわけが違うほどに、高く飛び上がっていた。そして、次の瞬間……


「あ。あれっ。おち、落ちるぅぅぅぅぅ!!!!」


 数十メートル上空にジャンプする形になってしまった春明は、自然の摂理に合わせ、地面へと落ちていく……


『や、やばい。これはやばい……』


 次第に落下速度が上がっていく春明は、もうだめかと思った矢先……


ガシッ!


「もう、少しは力加減を調整しな……」

「えっ?」


 お姫様抱っこをさっれる形でキャッチされた春明は、先ほどまでとなりにいた美琴に助けられていた……


「あ、ありがとう……」

「い、いや。いい……」


 春明を助けたその子は、男っぽい話し方をしていたことで、当時の春明は完全に“美少年の男の子”だと思い込んでいた……

 それは、当時の美琴も同じらしく、あとから聞いた話だと……


『うわぁ。かわいい女の子。憑依させて能力向上させるのか……』


 美琴も、春明のことを“美少女”と勘違いしていたのだった……

 そして二人は無事に地面に着地すると、役割分担を始める。それは、春明を守るのではなく、あえて的にすることでその子が、攻撃に集中できるというものだった……


「そんなの、無理だよ……」

「いや、その力があったら、できる! いいからやりな!」

「はいぃ~」


 それから、春明とその子は、器用に的役の春明と攻撃役に分かれていた。そして、数分後……


ギャャャャャャャャャ!!!!


 暴走したアヤカシは、断末魔の悲鳴を上げ姿を消したのだった……

 何とかなったことで、春明はふっと力が抜けてしまった……


「あれっ……」

「おっと、だいじょう……ぶ?」


 この時。二人同時に違和感に見舞われたのだった。

 それは、お互いが思っている性別とは異なるものが相手についていたのだから……


『あれ? 胸が……』

『胸が……』


『ある!』

『ない!』


 それまで、相手が美男子だと思っていた春明が、たまたま手をついたのが、その美男子の胸の位置だった。

 しかし、そこには美男子ならあるはずのない、確かなやわらかな感触があった……

 それは、相手が美少女だと思っていた美琴も同様だった。本来ならか細い骨かと思っていた肩が、しっかりしていて男子の骨格だった。


「女なの?!」

「男かよ!」


 二人は、見事にお互いの性別を勘違いしていたのだった……その後……


「あ、あんたも、見えるのか?」

「う、うん。うちの家系が陰陽師の血をひいてるらしくて……」

「へ、へぇ。オレもなんだ……」


 見た目と性別がチグハグな二人が、出会うべくして出会ったような状況になっていたのだった……


 それから数年……


「ほんと、あの時はびっくりした。胸があるんだもん……」


 懐かしい出来事を思い出しつつ、手を閉じたり開いたりしてると……


ガン!


「いたっ!」

「何考えてんだ! お前は!」

「あ、美琴。今、出会った頃のこと思い出してて……」

「はぁ? それで手を握ったり開いたりしてたのか?」

「まぁね。」


ガン!


「いたっ! なぜ、たたくの?」

「いや、なんだか、エッチなこと考えてそうだったから……」

「えぇっ。そんなぁ。」

『お、オレだって。一応……女……』


 頭をたたかれて痛がっている春明をよそに、背を向けた美琴はぶつぶつと何かを離していた……


「ん? 何か言った?」

「えっ!」


ガン!


「だから、なんでたたくの。もう!」

「い、今のは……そう、照れだ、照れ。」

「もう、背が縮んじゃう……」

「まぁ、ごめんって……」


 今日も、よみがたり相談所の平和な日常が繰り広げられたのだった……

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