仲直りしないか?

「伏山、ちょっといいか?」


 七限の授業が終わった直後。

 放課となり、クラスがざわついているその時。

 俺はできるだけ明るいトーンで言った。


「話がある」


 何故か急にクラスが静まり返る。

 何事かという視線が突き刺さりまくって痛い。

 おかしな話だ。

 クラスメイトに声をかけただけなのにこの視線。

 いやはや校内カーストとは恐ろしや。

 あまりのアウェイ状態に早速背筋が曲がる。

 情けない。


「なんだよ」


 一方の伏山はいつも通りの堂々たる面構え。

 相変わらず見下すような目つきである。

 陽キャここに極まれりって感じだ。


「この前の話なんだけど。例の公園の」


 俺がそう言うと、クラスがヒソヒソ声で賑わった。

 おかしな表現だが、そんな感じだ。

 だが、それも当然か。

 クラスの中でも断トツのぼっちである俺が、この教室の王たる伏山と秘密の密会をしていたと知ったのだ。

 驚くのも仕方がない。


「あの話は終わったろ。俺はお前が嫌い、俺もお前が嫌い。それで終わったじゃねえか」

「まぁ、そうなんだが……」

「は? じゃあ話すことないだろ」


 威圧的な態度に対して尻すぼみになる俺。

 優劣は目前である。

 だが、俺は諦めない。

 攻撃はチェンジオブペース。

 緩急が大切なのだ。

 本来、話の最後で言うつもりだったがいた仕方ない。

 思い切って言ってみることにした。


「なぁ、仲直りしない?」


 なるべく笑顔で。

 すっとぼけた口調で。

 どこかの誰かを意識して俺は軽く言った。


「……は?」

「だから、仲直りしねえか? 俺たち」


 戸惑って目をまん丸に開く伏山に俺は口角を上げる意識をしながら畳み掛ける。

 ふと視界の端に柚芽が写った。

 緊張した面持ちだ。

 見守る様な視線を俺にくれる。


「は? なんで?」


 単純かつ素直な疑問だった。

 捻くれた感情もなく、真っ直ぐに聞いてくる。


「お前、この前俺が嫌いだって言ったよな?」

「あぁ」

「前も同じこと言ってたんだよ。お前は」


 俺はそう言って自分の頭を突いて見せた。


「よく思い返してみろ。俺とお前って昔も喧嘩ばっかしてただろ」


 決して仲が悪いわけではない。

 だが、いつも喧嘩をする。

 いわゆる喧嘩するほど仲が良いってやつだ。

 俺たちの過去の関係はまさにそんな感じだった。


「だからなんだよ」

「でもさ。俺たちずっと一緒にいたじゃねえか。なんでかわかるか?」

「は? そんなもん――

「親友だったからだよ」


 かぶせる様に俺はそう言った。

 ムッとした顔で睨んでくる伏山。

 何を思っての表情なのかは知らないが、何か思うところはあるらしい。

 俺はその視線から目を逸らさない。


「玲音も柚芽も、みんな俺たちが仲悪いままでいるのを嫌がってるんだよ」

「……」

「俺もお前とギクシャクしたままで終わりたくない」

「……」

「それに、せっかく昔の親友に会えたのに、こんな関係なんて悲しいだろ」


 俺はそう言って下を向く。

 すると、その時だった。


「那糸ー! ボウリング行こーぜっ」


 トイレでも行っていたのか。

 そういえば先ほどから姿を見かけなかった例の彼が教室へ入ってくる。

 余程テンションが上がっているのか、ニコニコと笑顔を張り付かせた富川。


「は? 何かの空気」


 すぐに異変を察知したのか難しい顔で俺の方へ寄ってくる。

 なんかよく見たらこいつの顔って猿みたいだな。

 バナナをあげたら喜びそうな顔である。

 そんな猿川くんは俺に一瞥をくれると伏山の方へ行って言った。


「那糸また絡まれてんの? 陰キャ君に」


 伏山は相変わらずムッとした顔のままである。

 返事をする気はなさそうだ。

 すると無視をされた事にイラついたのか、富川は俺に向かって周辺の机を蹴って威嚇してきた。


「うぜぇんだよ。お前」

「お前も大概ウザいぞ?」

「……あ?」


 中々キレのある言い返しだったと我ながら思った。

 富川の睨みにクラスが騒つく。

 俺はその声の多さに周囲を見渡した。

 ついにはクラスだけでなく、他のクラスからも何事かと人が集まってきている。

 どうやらとんだビッグイベントになってしまったようだ。


 ついでに玲音を見つけると、アイツはなんだか潤んだ瞳で俺を見つめていた。

 ……うーん。

 もうそろそろ助けて欲しいんだが。

 見つめるだけじゃなくて、アクションを起こして欲しいんですが?

 しかし俺のそんな意志は伝わらなかったらしく、玲音は笑顔でピースしてきた。


「お前もう手加減してやらねぇ。二度とそのキメェ面できねぇように整形してやるよ」


 怒り狂った富川が言う。

 そんな富川に俺は肩を竦めて見せた。


「あぁ、助かるよ。もっとイケメン、にして……ください」


 くそ、限界か。

 あまりの恐怖に悪い癖が出てしまう。

 呂律は回らないし、なんだか敬語になってしまった。

 今の俺は足は震え、周りからは生まれたての子鹿のようにでも見えている事だろう。

 だが、怖いものは怖い。

 三日前にあそこまでボコボコにされているのだ。

 俺はバトル漫画の主人公じゃない。

 強そうな敵を見てもワクワクはしないからな。


 あんなにカッコつけて啖呵を切った挙句、情けない話だが、こればかりは無理だ。

 武力行使をされれば終わり。

 伏山ならまだしも、富川には俺の唯一の武器である言葉すら通じない。

 相変わらず重い口を閉ざした伏山に俺は観念する。


 仲直り作戦は失敗したのだ――

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