彼女の計画

 あれから柚芽からの引き留めも無視し、すぐに家に帰った俺が自室へ入ると、何故か梓が待ち構えていた。


「お前さ、伏山那糸って覚えてる?」

「は?」


 当たり前のように他人のベッドに座っている梓にそう尋ねると、当たり前のように言われた。


「覚えてるって、あんた同じ高校でしょ?」

「やっぱ覚えてたのか」

「当たり前でしょ」


 梓はそう言うと、驚いたように俺の目を覗き込んでくる。


「え? まさか忘れてたの?」

「あ、うん。まぁ……」

「ありえないわ」


 目を見開く梓に俺は後頭部を掻く。

 そんなことを言われたって、忘れていたものは忘れていたのだ。


 先程から驚き尽くしだ。

 まずは二人と公園で遭遇したこと。

 その次にあの柚芽と伏山が繋がっていたこと。

 そして伏山のことを思い出したこと。

 で、今は何故伏山のことを今まで忘れていたのかということに驚いている。


 家に帰って一時間。

 ずっと驚きの余韻に浸っている。


「あいつ、変わったよな」


 俺がそう呟くと、梓は笑った。


「変わったのはあんたの方」

「そうか?」

「昔はいつもニコニコ明るかったし、こんなにキモい陰キャじゃなかったよ」


 口が悪いのはいつものことだが、やはり妹にまでこんなこと思われていたのか。

 確かに、俺は変わったのかもしれない。

 でもまぁいいか。

 考えたところでどうにもならない。

 伏山が元親友だとしても、今現在俺を馬鹿にする陽キャ筆頭である事には変わりないからな。


「そういや青波邸に行ったよ」


 俺は話題を変えるべく、そう言うと梓はビクッと反応した。


「ど、どんなとこ?」


 恐る恐る聞いてくる梓に俺は一言。


「近づかない方がいいぞ」

「何それ」

「いや本当に」


 梓と晶馬さんが結婚するとして、正直あの一族と家族になるなんてゾッとする。

 そんなことになるのは絶対に避けたい。

 ……いやマジで。


「梓。お前晶馬さんは諦めろ」

「何でよ? ってか別にまだわかんないし」

「なら尚更だ。本当に辞めた方がいい」 


 俺は強く念押しをする。

 そんな時だった。


「あ、LINE来た」


 スマホを見ると、送り主は玲音だった。


「じゃあな。お兄ちゃんは彼女とお話があるからお前は出て行け」

「はぁ!? 話あるのに!」


 不満そうな声を上げる妹。

 だが、すまない。

 俺はお前より玲音が大事だ。

 重たい梓をなんとか部屋から締め出すと、俺はLINEを開く。


『今から少し電話できる?』


 現れたのは、そんな文面だった。

 俺は既読をつけるとすぐに電話をかける。

 すると返信も早かった。


「もしもし?」

『あぁ、夜遅くにごめんね?』

「いや、いいよ別に。で、どうした?」


 俺がそう聞くと少し間があり、やがて小さな声で返事が返ってきた。


『見ちゃったの』

「は?」


 何を見たのだろうか。

 まさか、帰り道で鼻くそを穿っていたことだろうか。

 だとしたら恥ずかしい。

 飛んだ失態だ。

 しかし、玲音の言葉は当然そんなことではなかった。


『伏山くんと依織くんのこと……』

「……どうして」

『依織くんが家に弁当箱忘れてて、届けようとしたらつい……本当に偶然で』


 そう言われて今日の荷物を見ると、どこにも弁当箱はなかった。

 どうやら本当に忘れていたようだ。


『知り合いだったんだね』

「らしいな」

『大丈夫?』


 優しい声に、ハッとする。

 俺は今、心配させてしまっているのだ。


「全然大丈夫。元親友だろうが、今現在お互いに嫌いな事に変わらないからな」


 心配させまいと、そう言う。

 しかし。


『そんなの良くない』

「……へ?」

『そんなの、良くないよ。元々親友ならまた仲良くなろうよ。仲直りしようよ』

「はぁ?」


 何言ってるんだ?

 仲直り?

 俺と伏山が?

 無理に決まってるだろ。


「いやいや。無理だって」

『無理じゃない。私に任せて』

「は!?」


 嫌な予感がする。

 丁度一ヶ月くらいに感じたのと同じ感じだ。


「いやいや。何する気だよ」

『内緒。でも私がなんとかするよ』

「いや、いいって!」


 電話ということも忘れて、大声を出す。

 しかし、玲音は電話越しでもわかるほど自信満々に言ってきた。


『大丈夫! 上手くいくから!』

「やめろっ! 全く上手くいく未来が想像できないから!」

『辞めないよ。だって私も責任感じてるから』

「責任……?」

『仲が拗れちゃったのって、私が依織くんと付き合い始めたからだよね』

「いや……」


 曖昧な返事をした。

 上手く否定できなかった。


『いいの。そもそも赤岸さんとも決着付けたかったしね。この際全部丸く治めるよ』

「本当に何する気なんだよ」

『詳細は明日の放課後、例の屋上で』

「おい、ちょっと……って! 勝手に切るなよ!」


 全然話など終わってないのに電話を切られた。

 本当に自由な奴である。

 でも、そのおかげで少しホッとした。

 発散できた。

 胸の中に閉まっていた感情が少しだけど解き放てた。


「なんなんだ、アイツは」


 ボソッとスマホの画面に向かって文句を言ってみる。

 俺の彼女は何をしようとしているのだろうか。

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