第4章 歪な場所
少年の正体
すっかり辺りが暗くなってきた午後七時過ぎ。
夏だと言うのに夜は肌寒い。
薄暗く、街灯もろくに整備されていない細い田舎道を通りながら俺はため息をつく。
全く狂った家だった。
流石は青波家と言わんばかりの一族だった。
どうやらあの家族は人を困らせるのが得意らしい。
まぁ確かに、あの娘と息子を育てた親だ。
正直期待もしてはいなかった。
しかし、それにしても。
俺は今日の学校での柚芽と玲音を思い返す。
修羅場だった。
何やらヤバい雰囲気に発展していた。
授業中に刃物が飛び交うなんて、最早痴話喧嘩のレベルではない。
事件だ。
殺人事件の匂いがする。
ただ、こうなってしまったのも俺の責任である。
赤岸柚芽の思いに気づかなかったこと。
そしてさらになんと言っても、あの柚芽が幼馴染みだと気づけなかったことが問題だ。
どうして気づかなかったのか、今でもわからない。
言われてみれば昔の通りだった。
顔つき、雰囲気、匂い。
全てが昔のままだ。
強いて変わったと言えば、キャラだろう……
いや、強いて言わなくても変わり過ぎていた。
再開した柚芽は変わり果てていた。
てっきり頭のおかしい人かと勘違いするレベルで。
それはもう狂ったキャラに変身していたのだ。
うーん。
そう思うと、やっぱり気づかなかったのも仕方がない気がしてくる……
「わけがわからんな」
俺はそんなことを思いながら、ふと気になって思い出の公園に立ち寄ろうと思い立った。
なんとなく、行こうと思ったのだ。
しかし、公園に着いて驚くような光景を目の当たりにしてしまった。
「あいつ。本当に気づいてなかったのか?」
「うん。本当に薄情だよね」
「鈍感通り過ぎて寒いわ。あー嫌だ嫌だ」
「そこまで言うことないでしょ。那糸」
そう、そこにいたのは柚芽と。
いつも威勢を張っていて。
クラスの中心人物で。
他人の事見下してて。
何故か俺をいつも目の敵にしている。
伏山那糸、その人だったのだ。
「昔は一緒に遊んだじゃん」
「昔は昔だよ。今のアイツは嫌いだ」
吐き捨てるように伏山は言うと、ブランコの方を遠いものを見るように眺める。
「俺はアイツと親友だと思ってたよ。あの頃はな。毎日一緒に遊んで、喧嘩して、泣いて、笑って……」
「じゃあ――」
「でもアイツは帰って来なかった」
伏山は座っていた鉄棒を器用に持ち替え、ぐるんと逆上がりした。
「急に消えて、それから何年経っても帰って来なかった」
すると柚芽が困ったように笑う。
「帰って来たじゃん? 今は毎日学校で会える」
しかし伏山は悲しそうに首を振った。
「あんなのアイツじゃねえよ。ただのキメェ陰キャじゃねえか。俺が知ってる海瀬依織はあんな情け無い奴じゃなかった」
「そんな、依織は依織だよ」
「いーや、違うな。昔のアイツは根性も有ったし、プライドも有った。今のアイツの顔見てみろよ。さも『自分は人生の敗北者です』みたいな面しやがって」
伏山の言葉が胸に刺さる。
もどかしい。
「どうせ俺なんて陰キャですよ? みたいにさ、すました顔してこっち見てくるんだわ。本気でムカつくんだよ、あれ。マジで殴りてえ」
「そんな、そこまで言わなくても」
柚芽が止めようとするが興奮したようで、伏山の言葉は止まらない。
「しかもなんだよ。アイツ、俺のこと忘れてんだろ絶対。俺たちの友情なんてそんなもんだったのかってな。なんでお前もあんな奴未だに好きなの? アイツさ――」
「黙れ」
一つの声が暗闇の中、真っ直ぐと突き進んで行く。
その声は、伏山に刺さった。
伏山がギョッとした風にこちらを見返して、俺を見た瞬間に目を見開いた。
同時に柚芽もほぼ同じ反応をする。
だが、どうでもよかった。
俺は伏山に詰め寄ると言った。
「俺らの友情? どの口が言ってるんだよ? そんなこと思ってるならクラスでわざわざ喧嘩売るような視線飛ばして来たりする必要ないだろ」
すると伏山は俺を馬鹿にするように笑って言い返してくる。
「お前がダセェ陰キャなんかになり果ててるからだろ、海瀬君?」
「……」
海瀬君。
俺の嫌いな呼ばれ方だ。
陽キャ、いわゆるイケてる人には名前呼び捨てか、下の名前に君付け。
陰キャ、いわゆるダサい奴らには名字に君付け。
この世のルールだ。
そして、俺はそれがこの上なく嫌いだ。
何故か。
それはこの呼称が、今のように馬鹿にされている使われ方だからだ。
「お前だったんだな」
俺は伏山を睨み付ける。
すると伏山も応えるように凄みのある表情をした。
「あ?」
「お前が、あの日柚芽と遊んでいたもう一人の少年の正体だったんだな……」
俺がそう呟くと伏山は苛立ちを隠そうともせず言った。
「今のお前のそう言うとこが嫌いなんだよ」
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