間章 青波玲音の住む家
いざ、青波家へ
彼女の家に行くというのはなかなかにハードなイベントである。
彼女でなくとも、女子の家に行くなんて高難易度もいいところだ。
まして、俺なんて女の子の友達がいたわけでもない。
一ヶ月前までぼっちだった男子高生が女子の家に行くなんてなんの拷問だと。
例え、家まで送るだけにしても、実際彼女の生活区域である御宅を一目見てしまうと、緊張が込み上げてくるものだ。
普通は。
普通の彼女の場合は。
いや、もっと言うと彼女の家族が普通だった場合はな。
「あれ、依織くんかい?」
玲音の家の前まで来た瞬間だった。
まるで見計らったかのようなタイミングで玄関の扉から整い過ぎたスタイルの男が現れる。
「晶馬さん……」
「ははは。お兄さんでいいんだよ?」
「遠慮します」
やけにニコニコとフレンドリーな晶馬さんに苦笑いする中、隣で玲音が頬を膨らませる。
「何してるの?」
「いや、ちょっと気配がしてね。気を感じたんだ」
「ドラゴ○ボールじゃないんですから」
「あ、ごめんごめん。強いオーラを感じてね」
「そこじゃないです」
別にアニメの問題じゃないんだよ。
H○NTER×H○NTERも好きだけどそう言うことじゃないないんだよ。
「気持ち悪いから。とっとと行って」
辛辣な玲音はそんな晶馬さんを睨みつける。
すると晶馬さんは悲しそうにうなだれた。
「あーぁ。そんなに依織くんが大事なのかな。そうだよね、昨日も夜な夜な遅くまで……」
「待って! ちょっと何!? なんの話!?」
「いやぁだから。昨日の夜中に玲音が――」
「はいストップ! それ以上はダメッ!」
なんだか玲音が凄くテンパっている。
腕をバタバタ振りながら、何か焦っている。
なんだろう、凄く気になる。
後でこっそり晶馬さんに聞いてみるか。
「依織くん!」
「ん?」
そんなことを考えていると、顔を赤くした玲音が俺を潤んだ瞳で見てきた。
「お兄ちゃんに後で聞くとかやめてね」
「えぇ……」
くそ、せっかく聞こうと思ったのに。
だが、それにしても。
こんな玲音を見るのは初めてかもしれない。
基本的にいつもは余裕だらけだからな。
焦った玲音なんてレアだ。
超希少、メタルスライムだ。
ただ、本当に気になるな。
際どいことを言ったりやったりしてくる玲音がこんなに恥ずかしがることって何だろう。
知りたいけど、知ってはいけない気もする。
正直どのレベルのものなのか想像もできないし。
うん、野暮だし忘れよう。
触れない方が良さそうだ。
「おっと、本当にまずい気配だな。僕はちょっと旅に出るよ」
「え?」
急な晶馬さんの言葉に俺は耳を疑う。
「すまないね、依織くん。君とは話したいことがたくさんあるのに」
俺としては話したいことなど何もないが、晶馬さんは、「それじゃ」と告げてどこかへ行ってしまった。
何も説明のないまま消えてしまった。
「え?」
「どうしたの?」
俺が疑問を口から漏らすと、何事もないように玲音に首をかしげられる。
「なんだったんだ? 今の」
すると玲音は答えた。
「あぁ、いつもこんな感じ。多分もうそろそろ来ると思う」
「何がだよ」
すると、その時だった。
「Where is Shoma!? (晶馬はどこ!?)」
怒鳴り声に驚き、振り返るとそこには美人のお姉さんが立っていた。
長い金髪は艶やかで、高く通った鼻筋に青色の瞳、そして真っ白な肌の外国人だった。
そんな女性に慣れたように玲音が言う。
「He ran away. (彼は逃げました)」
相変わらず流暢な英語で答えた。
久々の玲音の英語で、ハーフだったことを思い出す。
そして、その返答を受けた外国人はペッと唾を吐き捨てた。
イライラしたように髪の毛を搔きまわす。
「シネバイイノニ!」
外国人の女性は片言の日本語を吐き捨てると、帰っていった。
「ほらね。やっぱり来た」
「こういうことかよ」
恐るべし青波晶馬。
前に聞いたことがあったが、本当に外国人の女性が家に押しかけていたとは。
モテるのはモテるので大変なんだなとつくづく思う。
それにしても、晶馬さんにはセンサーかなんかついているのだろうか。
なんでこんなにタイミング良く逃げられるんだ。
「お兄ちゃん、毎日こうやって逃げてるの」
「大変だな」
「今日のはケイティさん。プロのピアニストらしいよ」
「……」
青波晶馬恐るべし。
プロのピアニストまで堕とすなんて流石としか言いようがない。
しかし、そんな呑気なことを考えている場合ではなかった。
「アラ、Rain? おかえりなさい」
玄関の扉が開く音がする。
そして、当然扉を開けたのは今彼女の家にいる人間で。
つまりそれは彼女の母親で。
「oh……」
口に手を当て、息を大きく吸い込んだ彼女の母親とばっちり目が合ってしまった。
「ハロー、マイネームイズ、イオリウミセ」
その時、俺が玲音のとは対照的な、ガチガチの片言英語を披露したのは言うまでもないだろう。
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