初恋の人
「依織、好き」
涙を流している赤岸にそう言われる。
いや、よそう。
赤岸じゃなくて、柚芽にそう言われる。
「ごめんね。黙ってて」
「いや、俺の方こそ、ごめん」
なんで、今まで気づかなかったんだろうか。
あんなに好きだったのに。
友達としても、異性としても。
俺にとって、最初に恋した相手だ。
いわゆる、初恋の人。
それなのに、どうして。
「私、高校で会った時、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ?」
潤んだ瞳でそう言ってくる。
確かに、そうだろう。
俺は、突然に姿を消したのだから。
小学校五年生の夏。
父親にダラけ過ぎだと言われ、友達と引き離されそうになった。
だが、俺は懲りずに遊び続けていた。
親の目を盗んでは、公園に行ってを繰り返していた。
だが、あの日バレて無慈悲な両親に引っ越しをさせられた。
最後に遊んだのは、一ヶ月前に夢に見たあの日。
柚芽にバッタをもらった日だ。
まぁ引っ越す引き金となった事件といっても、間違いではないが。
「なのに、依織全然気づいてくれなくて……」
「ごめん……」
謝ることしかできない。
隣の席にまで座ってたのにこの有様だ。
何も言えない。
「わざわざ苅田にもお願いして、変なキャラまで作ってアピールしても気づかないし」
「え?」
「聞かなかった? 私がプールの時間に寝て溺れたとか、運動会のかけっこの初めの用意で寝てたとか」
「確かに聞いたな……」
え、あれ全部嘘だったの?
俺はてっきり信じて、とんでもない奴かと勘違いしていた。
「全部、気づいてもらいたくて、頑張ったのに」
「……」
こんなタイミングで不謹慎だが、言わせてもらいたい。
空回りし過ぎだろ!
他にも方法あったろ。
どうしてその手を選んだんだろう。
「でも、依織は気づくどころか、青波玲音とか言う彼女まで作るし」
「あ、いや、その」
申し訳なくなってきた。
でも、待てよ。
なんで俺が彼女作るのが嫌なんだろうか。
まさか。
「お前、俺のこと好きなの?」
「だから今キスしたんじゃん……もう!」
そうだ。
話に夢中ですっかり忘れてた。
俺、柚芽とキスしたんだった。
ふと、唇を触る。
すると、柚芽の柔らかい唇の感触を思い出した。
ハリのある、プルプルな唇を。
くそっ、下手に意識したことで、柚芽を直視できなくなった。
「ごめんね。依織には彼女いるのに」
「あー、いや、うん」
玲音が知ったらどう思うだろうか。
少し、こいつと話しただけでも色々言ってくるやつだ。
騒ぎだすに違いない。
もしかしたら別れるなんて言い出すかもしれないな。
しかし、そんなことを思っていると。
「でも、ごめん。私、依織が好き。小学校の頃から、ずっと好き」
柚芽はそう言って、抱きついてきた。
柔らかい感触が、体に伝わる。
なんだか懐かしい香りだ。
石鹸の、いい匂いがする。
「俺なんかが好きなのか?」
「うん」
柚芽は短く答えた後、少しため息をついた。
「玲音ちゃんと付き合い始めてから、なんでかわかんないけど、もっと好きになった」
愛は障害があるほど燃えるってことかな。
のほほんと、そんなことを考えていると、柚芽が言った。
「依織は、本当に玲音ちゃんのこと、好き?」
玲音のことが、好きかどうか。
それは俺もずっと考えていることだ。
確かに、好きだ。
でも、それは愛と呼べるものなのかわからない。
高校生のカップルに愛なんて重たいものは、誰も求めてないのかもしれないが、俺はそこに引っ掛かりを覚えている。
だって、昔に柚芽に抱いた感情には、愛があったんだから。
だが、俺は言った。
「好きに決まってるじゃないか。付き合ってるんだからな?」
答えになっていない返答をした。
すると、柚芽も曖昧に微笑む。
「あ、そ」
そして、その後俺の顔をなぞって言った。
「でも、私許せない」
真面目な表情だった。
「依織にこんな危ない目に合わせる玲音ちゃんのこと、ちょっと許せないかも」
「いや、別にアイツのせいじゃ……」
俺が玲音を庇うように言うと、柚芽は遮る。
首を振りながら言った。
「じゃあ那糸に喧嘩売ったのは誰の立案?」
「そ、それは……」
「あの時、那糸だったから良かったけど。もし富川だったらどうしたの? ボコボコにされてたよ?」
確かに、そうかもしれない。
あの時喧嘩を売ったのが、富川だったらどうなっていただろうか。
想像したくはないが、今日か、それ以上にやられていたはずだ。
「しかも、依織が那糸たちに目をつけられたのって、正直玲音ちゃんと付き合い始めたからよね?」
「……」
その通りだ。
玲音と付き合わなかったらこうはならなかっただろう。
「だから、私は依織たちが付き合うのは反対」
柚芽はそう言うと、丘を降りようとして、固まった。
「どうしたんだ?」
「ちょ、え? 外してって、言ったよね……?」
絶望したような表情の柚芽の視線は俺の後ろを向いている。
俺もその視線を追うように、後ろを振り返った。
すると、
「私の依織くんに、どうして抱きついてたの?」
今までにないほど恐ろしい表情の玲音がそこには立っていた。
夏なのに、汗ばむような夏の夜なのに。
どうしてか、俺は凍えるような寒さに見舞われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます