次期社長候補のファインプレー
日が暮れかかった夏の空。
目を開けると、真っ先に見えたものがそれだ。
そしてそのことから確認できたのは、なんだか俺は横に寝そべっているらしいことだ。
しかも、頭の位置が少し高い。
――これは、膝枕?
少し柔らかいが、弾力のあるその頭の感触で思い立ったのは膝枕だ。
幼い頃、まだ母が少しはまともだった頃に体験したことがある。
それだ。
その感触だ。
ということは、つまり。
「どうだい? 僕の膝枕は」
「ってお前かぁ!」
他人の幻想を軽々と打ち破って来た晶馬さんに敬語を忘れて突っ込む。
すると、晶馬さんは苦笑した。
「すまないね。玲音は疲れちゃってるみたいで」
「別に疲れてないよ。お兄ちゃんが勝手にやったんでしょ?」
「ハハハ。それは言わないお約束だ」
早速面倒な兄の話で、玲音は顔をしかめる。
なんだか新鮮だ。
いつも人を困らせる側の玲音が、こうも戸惑っているなんて。
って、そういえば。
「富川は!?」
「あー、彼なら……」
晶馬さんが指した先には、転がった死体があった。
「流石にやり過ぎだろ!?」
「うん?」
俺は重たい体を起こし、転がったモノに走ってよる。
「おい、大丈夫か? おい!」
顔をぺちぺち叩いても、反応がない。
「返事がない。ただのしかばねのようだ」
「うるせぇよ!」
後ろで晶馬さんがのほほんと言ってくるが、笑い事ではない。
殺しはヤバい。
流石にやり過ぎだ。
「あんた、いくら妹が好きでも殺しちゃダメだろ!」
「うん、そうだね」
「どうするつもりなんだ!?」
「とりあえずそこで寝かせとけばいいと思うよ」
「このサイコパス野郎が!」
正義の味方なんかじゃなかった。
こんなの、ただの殺人犯だ。
しかし、そんなことを思っていると玲音が言った。
「依織くん、何か勘違いしてない?」
「は?」
「別にお兄ちゃんはそれ殺してないよ」
「はぁ!?」
どういうことだ?
死んでない?
俺はもう一度富川を見た。
うーん、やはり見た目は死体にしか見えん。
「ちょっと薬で眠らせたんだ」
晶馬さんはそう言って危なそうなハンカチをヒラヒラさせる。
「もっと早く言えや!」
俺はそう叫ぶと、口の痛みを思い出して息を飲んだ。
---
「で、どうしてこうなった?」
「何か不満でもあるかな?」
「どうして兄同伴の彼女と喫茶店に入らなきゃいけないんですか!」
ドンっと喫茶店のテーブルを叩いて俺がそう言う。
大声を出したせいで口が痛かったが、それどころではない。
なぜ、こんなことになったんだ。
「お客様、周りの方のご迷惑になりますので」
「すみません……」
しかし、店員に怒られた。
反省。
「いやぁ、妹の彼氏を見極めないとね?」
「十分に話したことあるでしょう」
あんた何回うちに来たと思ってんだ。
来るたびに会って話してるじゃないか。
なんてことを思ってると、
「あのさ、本当に帰ってくれないかな?」
「玲音、なんてことを言うんだ!」
「いや、本当に無理。邪魔」
「あぁぁぁ……」
玲音に本気の拒絶をされ、悶える変態兄貴。
うーん、哀れなり。
だが、それにしても。
「今回は本当に助かりました。ありがとうございます」
一応は助けてもらったのだ。
ここは感謝を述べるべきだろう。
しかも、晶馬さんが来なかったらどうなったことやら。
頭に血が上った富川が、何をしでかすかわかったもんじゃなかったし。
「君、ろくに喧嘩もできないくせに、カッコつけて喧嘩売っちゃダメだよ?」
「主に喧嘩を売ったのはそこの馬鹿野郎ですがね」
俺はジト目で玲音を見つめる。
すると、玲音はヘラっと笑って言った。
「まぁ別にいいんじゃない? あのくらい殴られても」
「ふざけんな。今度は俺が殴るぞ」
「でも依織くん、私という彼女がいながら、今日も赤岸さんと楽しそうに話してたもんね?」
「はぁ? そんなことねぇだろ」
「いーや、見ましたー。昼休みに仲良く話してるのを見ましたー」
「じゃあ逆にそれの何が悪いんだよ?」
「他の女を見ないでって言ったよね?」
束縛キツイんですけどこの彼女。
めんどくせぇ!
俺は助けを求めて晶馬さんを見た。
すると、
「君、浮気してるの?」
「んなわけないでしょう!」
どいつもこいつもふざけやがって!
くそっ、なんで隣の席の奴と笑って話しただけで浮気になるんだよ!
「それはね、彼女に不安を与えてしまってるからダメなんだよ。愛情表現が君は苦手なんだね。もっと玲音を愛してるっていうアピールをしないと」
「だから平気で心を読むのやめてください」
何にも言ってないのになぜわかる。
怖い。
やっぱりこの人苦手……
っていうか。
「なんで、わざわざ学校まで来たんです?」
ずっと疑問であったのだ。
GPSで来たとは聞いたが、どうして来ようと思ったのかまでは知らない。
しかも、冷却スプレーまで持参とは、随分と用意がいい。
そんなことを考えていると、晶馬さんは言った。
「まず、帰りが遅いことに違和感を覚えたんだ。だいたいいつもは帰ってくる時間を超えても、帰ってくる気配がなかったからね」
「はぁ」
「まぁ高校生で彼氏もいるんだし。ホテルで愛を育むから帰ってこないというケースもあるかもしれないけど」
「……」
想像の範疇が気持ち悪い。
相変わらずのおかしさだ。
どんなにイケメンな助け方をしたところで、根はキチ○イなんだろう。
「でもね。おかしいんだ。僕に連絡が来ないならまだわかる、避けられている自覚もあるしね。だけど、違った。仲のいい母親にも遅れるの一言すらなかったんだ。母親とはこまめに連絡を取っている玲音がね。だから、僕はここで警戒レベルを上げた」
「なるほど」
流石は次期社長候補だ。
推測がかなり論理的で、正確だ。
ただ、やっぱり避けられてる自覚はあるんだな。
「そしてね、GPSで学校にいるとわかった時にね、嫌な予感がしたんだ。お世辞にも友達が多いとは言えない君達なら二人でいるはずなのに、学校でそんなに時間なんて潰せるかってね」
少し腹が立つ推測だな。
友達が少ないって決めつけんなよ。
俺には権三や、赤岸や……
うん、やっぱり言う通りです。
俺たちに友達なんてあんまりいませんでした、はい。
「そこで思い出したんだ。依織くんがクラスの中心核の危なげな連中に喧嘩売ったって話」
「え、ちょっと待って、話が違う。それだと俺が自発的に喧嘩売ったみたいになってる」
「え? 違うのかい?」
「全然違います。はい、捏造です」
「まぁいいや」
「いいの!?」
兄妹ほんとそっくり。
なんだこいつら。
どんだけあっさりしてんだよ。
「で、そこで記憶と推測が上手いごと重なったんだ。多分玲音たちは喧嘩してるんだってね。まさかあそこまでコテンパンとは思わなかったけど」
「すいませんねぇ! 喧嘩なんて慣れてないもんで!」
しかも、誰のせいで喧嘩してると思ってんだか。
全部この女のせいだからな。
しかし玲音は、
「依織くんって喧嘩っ早いもんね」
「馬鹿にしてんのか、おい」
キョトンとした顔でそんなことを言ってくる。
うぜえ。
誰のせいで体痛めたと思ってんだろう。
口が痛いのは当然だが、ベンチから落とされるときの蹴りが意外に重かった。
今でも横腹が凄く痛い。
肋骨折れてるかも。
折れてなくても、ひびくらいは入ってそうだ。
「まぁ何はともあれ、無事そうで何よりだよ」
「どこをどう見たら無事に見えるんですかね?」
晶馬さんのそんな適当な言葉に、俺は突っ込みながら、窓の外を見る。
もう日は落ち、辺りも暗くなっている。
店内の時計を見ると、七時を回っていた。
親への連絡はいらないが、梓にはLINE入れとかないとな。
そう思うなか、ふと思い出した。
そういえば富川。
どうなってんだろ。
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