玲音の誕生日プレゼント

「で、何で今日呼び出したんだ?」


 まさかこんなくだらない話をするためだけに、屋上に連れてきたとは思えない。

 本題があってのことだろう。

 そう思って俺が尋ねると、玲音も思い出したかのように手を打つ。


「あっ、そうだよ。もっと早く言ってよ」

「知らんわ」


 何でお前の考えを俺が逐一理解しなきゃならんのだ。

 わかるわけないだろ。

 そんなことを考えていると、ベンチの隣に座っている玲音がこちらを向く。

 そして、小悪魔ちっくに首を傾げて聞いてきた。


「あのさぁ、なんか忘れてない?」

「はぁ?」


 忘れるって、何を?

 俺こいつとなんか約束したっけな。

 全然記憶にないんだが。

 すると玲音が少し怒ったように言う。


「あのさ、女の子って記念日とか大切にして欲しいものなの」

「あ」


 そう言われて思い出した。

 なんだかんだで俺たち、付き合い始めて一ヶ月経ってたんだ。

 今日は七月十五日で、えーっと、確か付き合い始めたのは六月九日だったっけか。

 ヤバい。

 とっくに一ヶ月過ぎてた……


「すまん。すっかり忘れてた。俺たち付き合い始めて一ヶ月経ったんだな」


 しかし、そう言うと玲音は首を傾げた。


「え、そうなの?」

「は? 逆にそれじゃないの?」

「うん。明日って私の誕生日じゃん?」

「知らねえよ!」


 聞いてないわそんな話!

 知るかよ、聞かされてないのに。


「え、言ってなかったっけ?」

「初耳だな」

「えー、嘘ー」


 玲音は驚いた風に目を見開く。

 しかし、俺は本当に聞いていない。

 そんな話題に触れたことすらなかった。


「まぁいいや」

「相変わらずあっさりしてんな」


 これが今世の中で流行っているあっさり系なのだろうか。

 今は醤油顔より塩顔がモテる時代だからな。

 俺みたいなコッテリした顔に未来はない。

 ってそういえば目の前に彼女いたわ。

 あははは。


「俺さっきから何考えてんだろ」

「え、何?」


 つい心の声に突っ込んでしまった。

 玲音に若干引かれたような気がするが、ご愛嬌。

 玲音もすぐにどうでも良くなったようで、自分の話に戻った。


「でさ。お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「そう、お願い」


 なんだろうか。

 誕生日プレゼントでも強請る気だろうか。

 是非とも遠慮していただきたいな。

 俺の所持金は現在五千円だ。

 しかし、玲音の放った言葉は、俺の想像とは異なった。


「デートしない?」


「……は?」

「だから、今週末にデートしない?」

「誰が?」

「私たちに決まってるでしょ」

「そりゃそうだな」


 デート……

 デートねぇ……

 デート?


「デートってなんだっけ?」

「え!?」


 こんがらがってきたぞ。

 デートってものがなんだかど忘れしたんだが。

 デート……date……

 あ、わかった。


「デートってdateのことか! 日付だな! 今日は七月十五日でJuly fifteenthだぜ!?」

「は?」

「おいおい、英語がマイブームだか知らんが、いきなり言われても反応できないぜ?」

「はぁ?」


 なんだろう、反応が悪いな。

 ハッ! 発音に問題があるのだろうか。

 これだからネイティブな輩は面倒だな。

 俺は極力流暢な発音でもう一度July fifteenthと言おうとする。

 だが、しかし。


「何言ってんの?」

「え?」

「頭大丈夫?」


 なぜか頭の心配をされた。


「どういう意味だ?」

「デートって英語の日付の意味じゃなくて、普通に恋人同士が遊んだりする方のデートだよ?」

「恋人同士が、遊ぶ?」

「そう」


 恋人……?

 俺と、玲音ということか。


「つまり、俺と玲音が、デートするってこと?」

「さっきからそう言ってんじゃん。って前にカラオケも行ったことあるし」

「あー、そういえば」


 たしかに、あれも今思えばデートだったのかもしれない。

 ということは。

 俺は気づかない間にリア充の権化とかしてしまっていたのだ。


「一生の不覚……!」

「何?」

「ごめんなさいなんでもないです」


 すみません、出来心だったんです。

 一度でいいから言ってみたかったんです。

 だから玲音さん、いや改め玲音様。

 お願いですからそんなゴミを見るような目つきで見ないでください。

 そんなことを思っていると、


「あははっ!」

「玲音……?」


 急に笑い出した玲音に俺は驚く。

 玲音は笑いながら言った。


「いや、依織くんのそういうオタクくさいと変わらないなって思ってさ」

「え?」

「いつもクール気取ってるくせに、ちょっとした時の反応が本当にキモオタ全開で……」

「おい急に悪口言わないでくれるかな? 心が痛いんだけど?」

「そういうとこだよ」

「……」


 何も言えない。

 そう言われてしまっては、なんと言っていいのやら。

 すると玲音は急に抱きついてきた。


「そういうとこ、大好きだよ?」

「ちょっと、やめろ! 学校だぞ?」

「いいじゃん。どうせ依織くんも限界だったんでしょ? ほら、こんなに顔も赤くなって」

「や、やめろぉ! 急に痴女ぶるんじゃねぇ!」


 そう言って、俺が玲音を引き剥がそうとすると、なんということでしょう。

 地面に押し倒してしまったではありませんか。


「体は素直だね」

「ご、誤解だ!」


 俺はすぐさま立ち上がろうとする。

 しかし、玲音は俺にしがみつき、阻止してくる。


「もっとこうしてようよ?」

「おい! 誰かに見られたら……!」


 そんな時だった。


「あらあら、お盛んなこった」


 背後から屋上の扉が開く音と共に、耳障りな声が耳に届いた。

 ハッと振り返ると、そこには奴がいた。

 俺たちのことを根に持っている、富川がいつも通りのイラつく笑みを浮かべて立っていた。

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