この家族に団欒はありません
ガチャガチャ……
「き、来たぁ!」
ドアの鍵の音に反応して梓が叫ぶ。
そして俺も時計を見た。
「午後一時五十九分。なんて奴らだ、時刻通りに来やがったな……」
もうここまで来たらノリで押し切るしかないと思った俺は、臭いセリフを言ってみる。
吹っ切ったのだ。
どちらにせよ、いずれは顔を合わせなければならないから、それならば今日決着をつけてしまおうと。
「敵は手強いぞ、準備はいいか?」
「うん」
俺は梓に確認をすると、玄関の扉から光が差し込む。
少しだけ。
「おい! チェーンを外せ!」
外から懐かしい声が聞こえる。
父だ。
憎たらしい俺たちの父親である。
「あっ、ごめんなさい! 癖で付けてしまってた」
少々ワザとらしかったかもしれないが、構わない。
俺はいそいそと玄関に向かうと、チェーンを外した。
そして、満面の笑みを浮かべて言った。
「おかえりなさい! 父さん、母さん」
父は渋い顔で「うむ」と返事をする。
どこかの異世界の上流貴族みたいな口ぶりに、俺は早くも嫌気がさしてきた。
まぁしかし。
第一ラウンドは俺たちの勝利といったところだろう。
計画通りだ。
---
「梓はどこだ?」
「梓は今、買い物に行ってます」
「そうか……」
父はそれだけ言うと、黙る。
どうやら俺に話すことは何もないらしい。
辛い。
「依織、ご飯は食べてる?」
「家事全般は俺がやってるんで大丈夫です」
久々に話す母親に、何故か敬語になる俺。
「学校はどう? 勉強は捗ってる?」
「いや、それはもう全く」
勉強が捗るなんてありゃしない。
そもそも勉強は嫌いだが、最近は特にそれどころではない。
玲音といる時間が増えたせいもあり、家に帰ると疲れて寝てしまうのだ。
赤岸とかいうモンスターも現れたことでその疲れは倍増。
心身の疲れは部活生とほぼ同じくらいじゃないのだろうか。
さらにそこに二人分の家事。
どうやって勉強しろと?
逆に教えて欲しい。
「お前、まだ勉強もせずにくだらない本やアニメをーー」
「あぁあぁ、あれー? 梓遅いなぁ。俺、ちょっと様子見てくるよー」
面倒な流れに転んだので家を出ることに。
しかし、運命とはやはり俺の天敵で。
「ただまー」
「お前は俺に何の恨みがある!?」
突然ブチ切れられて戸惑う梓。
ちなみに、梓は裏口から家を脱出したため、両親からはバレずに家を出れた。
「あら、梓ちゃんおかえり」
「お? 梓帰ってきたか!?」
そしてテンションが見るからに上がる両親。
うーん、俺もうこの家出たほうがいいのかな。
割と本気で。
「お父さん、お母さんもやっと帰ってきたんだ! 久しぶりに会えて嬉しーよー」
やや棒読みの梓に苦笑するが、両親は気づかないようで、にこやかに微笑む。
梓は手に持ったビニール袋を掲げて言った。
「まぁとりあえず、お菓子でも食べながら話そ?」
こうして俺たちの第二ラウンドが始まった。
---
とりあえず、ここで本日の俺たち海瀬家の兄妹の作戦計画をお見せしようと思う。
1.チェーンを付けて両親の家内侵入を足止め、時間を稼いで梓を外に出す
2.両親の俺への愛を調べるため、俺一人で接待してみる (これは俺がやりたかっただけ)
3.場が凍った寒々しいこの地に天使である梓を召喚することで両親のテンションを上げる
4.このまま団欒に持ち込み、三時間ほど耐える
5.そろそろ夕飯時になり、夕飯について考え始めた時に俺が「俺、料理作るよ? 振舞わせてよ」と言って両親に飯を作る
6.すっかり満足した両親は「依織も成長したな。これなら任せられそうだ。これからも二人で暮らしなさい」と家を出て行く
7.俺たちは喜びで頰を濡らし、熱い抱擁を交わす
最後のはいらないと梓に言われたが、概ねこんな感じだ。
我ながら完璧すぎるプランにニヤケが止まらない。
「何ニヤニヤしてんの?」
「してない」
「いやしてただろ」
口の悪い妹に指摘されるが、両親はそんな俺に一瞥もくれない。
眼中にあるのは梓のみ。
実は俺、拾い子だったりして。
いや、笑えないな。
「梓は勉強してるの?」
母が聞くと、曖昧に笑った。
「まぁちょっとは。前回のテストも学年一位だったし、フィンランドの情勢とかも調べたりはしてる」
「が、学年一位!?」
驚いたように声を上げたのは、母ではなく、父でもなく、俺だった。
醜いアヒルの子のような少年は目を見開く。
「ちょ、ちょちょちょ。は? 嘘だろ」
「いや本当だって」
梓はそう言って棚から成績表を持ってくる。
俺はそれを奪い取って眺めた。
「古典九十三点、現文八十九点、数学Iが九十……」
本当だった。
本当に頭のいい子だった。
え、俺知らなかったんですけど。
「なんだお前、妹の成績も把握してないのか? だからお前にこの家は任せられんのだ」
しかも最悪。
状況が不利になった。
面倒なタイミングで父が入ってくる。
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
お、そんな時に母さんが。
流石は母。
昔は過保護が行き過ぎて面倒だったが、根は愛してくれているのだ。
母は愛情表現が過剰なだけだからな。
「もう会社は梓ちゃんに任せれば」
うん、わかってたよ。
そうだよね。
だが、もう一つ。
「フィンランドって何?」
俺がそう言うと、その場の時が止まった。
驚きが隠せないようで、父と母はもちろん、梓も目を丸く見開いてフリーズしている。
「え?」
「それはやばいって!」
俺が再び声を出すと、時が戻る。
梓は俺に言った。
「お父さんたちの本社、フィンランドにあるんだよ?」
「は?」
「今までフィンランドにいたんだよ?」
どうやら俺は両親の職場先も知らなかった。
あまりの無関心さに、父はため息を漏らす。
「くだらない」
「……」
流石に何も言い返せない。
母がまた父を宥める。
「あなた、そろそろあの方を」
「そうだ! それだよ!」
すると、急に思い出したかのように父が大声を上げて立ち上がった。
「外の車で彼を待たせたままだった」
「彼?」
梓が尋ねると、父は自信満々に答えた。
「お前の婚約相手を連れてきたぞ」
「は?」
どうもこの家には、団欒という概念はないらしい。
やはり俺の計画ごときじゃ、どうにもならないのだ。
両親の一筋縄ではいかないところを改めて痛感した。
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