変人への疑惑


 その日の放課後、俺は普段立ち寄らないようなカラオケの一室にいた……彼女と共に。


「ねぇ、飲み物は何にする? コーラ? メロンソーダ? それとも……」

「おい、ちょっと待て」


 メニューを片手に、可愛い仕草で尋ねてくる青波を俺は片手で制した。


「なんでこうなった」

「飲み物いるでしょ? カラオケ来たのに飲み物なしじゃ耐えらんないよ」

「そうじゃないだろ!?」


 違う、そうじゃない。

 問題はそこではないんだ。

 確かに、今からフリータイムで四時間くらい歌って、八時ごろにここを出るにしても、飲み物なしはキツい。

 だがこの際の論点はそこじゃない。


 何故、俺が青波と二人で密室にいるのか、ということが問題なのである。


 確かにそりゃ付き合い始めた。

 昨日の今日だが、付き合っている事実に違いはない。

 しかし、それにしても早い。


 微妙に暗い室内の明かりに、染み付いた大人の香り。

 ソファの隣には女子が座っている。

 無防備に、座っているのだ。

 しかも、こいつ意外にデカい。

 何が、とは言わないがかなりのモノを持っている。

 昼休み、抱きつかれた時に初めてその存在について認識したが、結構な大きさだった。

 そんなものが、今手に届く状況に……


 っといかんいかん。

 久々に頭がショートしかけた。


「どうしたの? そわそわして」


 しかし、お見通しか。

 青波は口の端をニィッとあげる。


「あれ? 緊張してる?」

「は? 何言ってんだ?」


 虚しい演技でとぼけた。


「私に興奮してるでしょ?」

「馬鹿言うなよ。誰がお前なん……!」


 俺が言い返そうとした瞬間だった。

 青波が、制服のシャツのボタンを一つ外した。

 今の季節、夏服に衣替えが行われており、シャツの下に覗くのは当然、それがある。


「んふふ。今反応したね?」

「へ、変態みたいな真似すんなよ!」


 俺が叫ぶと、青波は首を振ってシャツのボタンを付け直す。


「童貞くんには刺激が強かった?」


 妖艶な笑みを浮かべて尋ねてくる青波に俺はまたもノックアウト寸前。

 ダメだ。

 直視できない。


 それにしても、どうしてこうなった。

 何故、急にカラオケなんかに。

 事は一時間前の放課後が始まってすぐに遡る。



 ---



「ねぇ、依織くん?」

「どうしたんだ?」


 バッグに荷物を詰めていると、青波に話しかけられた。

 いい加減に青波に声をかけられるのも慣れてきた俺は、普通に聞き返す。

 すると、青波はニコニコと笑顔を浮かべて言った。


「今から行きたいところがあるの」

「そういえば言ってたな」


 たしかに昼休みに、放課後に行きたい場所がどーだか言ってた気がする。


「そうそう! 時間大丈夫かな?」

「まぁ、な」


 俺はふと妹の梓のことを思う。

 あいつは一人で飯も作れなければ、洗濯も、風呂洗いも何もできない。

 今日も早めに帰ってくるのだとすれば、あまり遅く帰ると面倒なことになりそうだ。


「どうしたの? 無理かな?」

「いや、大丈夫だよ」


 だが俺は青波をとった。

 せっかく付き合いだしたんだし、ここは彼女を優先するべきだろう。

 それに、別に梓ももう高校一年。

 高一女子が家事何もできませーんってのもよろしくないだろう。

 これはチャンスだ。


 俺は青波にちょっとごめんと、断りを入れると早速梓にLINEを打った。


『今日帰るの遅れるから家事やっといてー』


 するとすぐに返信が返ってくる。


『早よ帰ってこい。私がどうなってもいいのか』


 別にどうなっても知らねえよ……

 そう思い、俺は返信を素早く返す。


『スーパー主婦にでもなっといてくれ』


 返信はすぐに返ってきた。

 曰く、


『兄ちゃんの通帳のお金で家政婦雇っとく』


「お前は俺の通帳の場所知らないだろ」


 ボソッと画面に突っ込んでみるが反応なし。

 このスマホには音声をそのまま送信する機能は付いていないようだ。


「これは……?」


 そんなことを考えていると、青波が画面を見て尋ねてきた。


「妹だよ。一個下に妹が一人いるんだ」

「へぇ、面白い子じゃん」

「全然面白くないよ。この前なんか俺の財布から二千円盗ってたし」

「やんちゃだね」


 もはやヤンチャの域ではないと思うのだが。

 あの時は割とマジで警察呼んでやろうかと思ったからな。


「じゃあ行くか」


 俺がそう言うと、青波は首を傾ける。


「妹さん、いいの?」

「まぁな。エンドレスだから」


 そう、あいつとの会話に終わりはない。

 常に平行線。

 分かり合えることなどないのだ。

 すると青波は笑った。


「うん、行こっか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る