地底の蝶

早起き三文

第1話「紅き少女」

   

 ミッダームはポイント・マテリアル(PM)の中でも扱いやすい部類に入るが。


「くそ!!」


 その複数のミッダーム、蜘蛛型PMをもってしても、地下から這い出た異形の魔物には手を焼くのが、この地下世界での現状だ。


「第三ミッダーム、下がれ!!」

「下がれと言われても!!」


 アルムの駆るミッダームの正面機銃が火を吹き、オレンジ色の天外灯の光が降り注ぐ連絡通路にて跳ぶ火線は、しかし。


――グゥア!!――


 蟻を巨大化させたかのような、大型異形、ジェムの装甲を撃ち抜けない。


「引け、後ろから逃げるんだ!!」


 その指揮官の叫び声を耳にと入れる前に、すでに数機のミッダームは退避を始めているが、狭い連絡通路の中では上手くその撤退行動が成されていない。その分、アルムを始めとする複数のミッダーム、交戦を決意した地下警備隊の隊員達の判断は間違っていると一概には言えないが。


「少しは効けよ、化け物!!」


 アルムの罵り声の通り、ミッダーム標準装備の機銃ではそのジェムにかすり傷一つ付ける事が出来ない。かとかいって。


「馬鹿者、止めぬか貴様!!」

「そうしなくては勝てないでしょうが、隊長!!」


 ドゥン!!


 ミッダーム第二兵装、破砕グレネード弾をこの密封空間で放ったのは正気の沙汰ではない。そのグレネードの煽りを受け、一機の「機械蜘蛛」ことミッダームがはね飛ばされ、そのまま天井の照明へと激突する。


 シャア……!!


 激突した余波で照明のオレンジ灯が砕け散り、その暗い光が辺りへと舞う中、ジェム相手にじりじりと後退していくアルム達。さすがにこのままでは勝ち目が薄い、相討ち覚悟でも勝てないと気がついたのだ。


「う、うわぁ!!」


 巨大蟻からの蟻酸により外装甲を溶解させられる一機のミッダーム、アルムを含めた周囲のミッダーム達は何とかしてその機体を助けようとするが。


「くそ、やはり!!」


 いくら機銃を浴びせた所で、巨大蟻型のジェムが怯む様子は見られない。僅かに突出していたアルムのミッダームにその顔、異形が触角を向け、その牙から酸を滴らせる。


「ちくしょう!!」


 後退しようにも、破壊された機体や我先にと逃げようとするミッダームの為に、その脚は少しも後ろに下がらない。ついには放ち続けていた機銃の弾薬も尽きた。


「ここで死ぬのか、俺は……!!」


 命が安いこの「都市」とはいえ、死にたくないのは誰だって同じだ。迫るジェムを前に、恐怖が身体を疾るアルム。


 シャア……


 その時、何か。


「何、だ……!?」


 淡い光が、この狭い通路にと溢れ出た。


「女……?」


 アルムのミッダームとジェムを挟んだ反対側、そこに紅く輝く一人の少女が、その手をかざしている。


――ギャファ――

「危ないぞ!!」


 その彼女に気がついたジェムがその頭の向きを変え、一息にその少女へと喰らいかかろうとした時。


 ザァ……!!


 少女の細い腕から放たれた波動、それによって蟻型のジェムは一刀両断に引き裂かれた。




――――――




「見たんだよ、ほんとに俺は……!!」

「はいはい、解った解った……」


 その顛末をいくら説明しても、同僚のケイゴとレーナは耳を貸す気配はない。


「あんまり唾を飛ばさないでよね、せっかくの天然物が……」


 レーナに至っては、耳を貸さないどころか、久しぶりに支給された天然物の野菜を頬張るのに夢中、といった有り様だ。


「全く、どいつもこいつも……」

「隊長には報告したのだろう、アルム?」

「医者を紹介されたよ、ケイゴ」

「フフ……」

「笑うなよ……」


 結局、関係者には誰も信じてくれなかった謎の少女の話、アルムはもはや機嫌が悪いを通り越して、自ら「見なかったこと」とした方が良い気がしてきた。


「ほら、お酒でも飲みなよ」

「合成酒は二日酔いが酷いんだよな、レーナ……」

「それでも、お酒はお酒よ」


 確かにレーナの言う通り、最近のこの地区全体の食糧事情を考慮すれば、酒が飲める分だけ幸せであるとは言える。


「フウ……」


 ぼんやりとした光を放つ天井を見上げながら、アルムは安酒に火照った頬を軽く持ち上げる。淡い常夜灯の光がその頬へと、埃にまみれた空気を落とす。


「でも……」


 しかし、いくら酒によっても昨日の出来事、巨大蟻が「突然死」した出来事だけは脳裏から離れない。いかに周囲の人間が信じてくれなくても。


「確かに、俺は見た……」


 その少女の姿は、未だ彼アルムの瞳にと焼き付いている。


「薄い布地の服を纏った、少女……」


 しかし、あまりその事を言いふらすと、警備隊員として不適切だとして施設で矯正を受けかねない。まだこの歳で実験動物にはなりたくないのが、アルムの偽らざる気持ちだ。

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