MONOLOGUE - The gospel


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 前触れもなく蔓延した謎の感染症は、花沢昭一内閣総理大臣の対策記者会見から約二ヶ月を経て、完全に終息した。

 現在、謎の感染症は「リワインド症候群」という俗称で呼ばれている。原因となるウイルスや菌、物質は発見されず、正式な名称の決定や分類は後回しになった。

 感染拡大の抑止には、三人の人物が大きく関わった。

 精神医学の権威、中森弘明。彼は早い段階でリワインド症候群の感染経路を特定し、多くの人を救った。

 生物学者、渡部秀真。彼は内閣総理大臣にリワインド症候群対策記者会見を開くよう助言し、その後もメディアを通して国民に注意を呼び掛けた。

 そして、精神科医、桐崎義光。彼はリワインド症候群の犠牲者だが、早い段階で人類と国家の存亡の危機を訴え、事態収拾の指針を示したとして賞賛を浴びた。

 対策記者会見では、主に感染予防の方法が詳しく発表された。外から見て瞳を認識できないようなゴーグルが配布され、配布がされるまでは目隠しになるものの着用や外出禁止などの義務化をもって対応し、最後の発症者の死亡をもってゴーグルの装着の義務は解除された。

 視覚を通しての伝染という常識外れの発表は当初、専門家や評論家から揶揄、否定され、世界的にみると過半数の人間がそれを信じなかった。しかし、下らないと主張していた者が次々と死亡したことがマスコミによって報じられると、次第に信じないものはいなくなった。

 終息までの間、大きな問題が起きなかった訳ではなかった。地球は瞬く間に混乱の地へと変わり、リワインド症候群の蔓延に伴った犯罪も増加していった。更に、経済が停滞し急激な不況期に陥り、人類の生活の一部は一世紀前に戻ったかのような状態になった。そして何より、死亡率が百パーセントであるということが、人類に深い恐怖と混沌をもたらした。

 また、沈静化が成功して数週間は早期解決を賛美する声が世界中を盛り上げていたが、あくまでもそれは、人類の危機を共に乗り切ったという一種の精神的統一感があるからだ。実際には被害者も多く、対応には杜撰さがあった。

 時が経ち、この事件が再びクローズアップされるとき、政府への非難や、人類全体の喪失感は増すことだろう。

 今回の事件後、先進国の人口は事件前の三分の二未満になったと言われている。特に日本の被害者は多く、次いでアメリカ、イギリス、フランス、そして中国を始めとした新興国もかなりの被害を受けた。後進国の被害も含めれば、その被害者総数は想像をはるかに超えるものだ。

 人類が失ったものは、多すぎたのかもしれない。

 しかし、地球規模の大きな視野をもって世界を眺めると、失ったものばかりではないということが明らかになった。

 これは、リワインド症候群が鎮静して半年が経った頃にようやく公表されたことではあるが、リワインド症候群が人類に猛威を振るっていたのとほぼ同時に、もう一つの驚くべき現象が起こっていたのだ。


「リバイバル現象」


 これもまた俗称ではあるが、多くの人はこの現象をそう呼んでいる。

 リバイバル。つまり、「復活」「再興」である。

 絶滅種あるいは絶滅危惧種と呼ばれる動物たちがいる。ドードーやニホンオオカミなどがその類だ。

 現在では見ることができないとされ、既に滅びたはずの動物たちが、現在、世界中で多数発見されている。

 世界で最初に発見されたのはニホンオオカミだった。発見された日は丁度、精神科医の桐崎義光が死亡した日だ。

 翌日には報道もされたが、その数時間後にはS大付属病院の封鎖報道、続いて花沢総理の記者会見、とメディアはリワインド症候群の話題で隙間なく埋まってしまった。

 故に、ニホンオオカミの再発見という、ある意味歴史を変える大事件が起こっていたのにも関わらず、大々的にそれが知られることはなかった。

 世界が落ち着きを取り戻した頃、科学者たちはようやく地球で異常現象が起きていることに気が付いた。

 絶滅種あるいは絶滅危惧種に指定された動物の発見は次々となされ、留まることを知らなかった。それどころか、その勢いはリワインド症候群の鎮静と対照的に大きくなり続けた。

 最初のニホンオオカミの発見から、半年で、発見、再発見された哺乳類や鳥類は百二十種を超え、その後有名な絶滅種、絶滅危惧種はほとんど発見された。

 日本ではイリオモテヤマネコ、シマフクロウ、トキ、キタタキなどが複数体見つかり、世界ではエピオルニス、モア、リョコウバト、ドードー、オーロックス、クアッガ、ケープライオン、バーバリーライオンなど、絶滅種、絶滅危惧種として有名な種がいとも簡単に見つかった。

 後の調査報告によると、見つかった絶滅種や絶滅危惧種は自力でその種を繁栄できるレベルの数が発生し、それぞれの種の個体数は生き残るために最適な、過不足ない数であるという。

 しかし、どれだけ調査をしても分からなかったのが、発生の経緯であった。発見された絶滅種や絶滅危惧種はどこからやってきたのか?

 その発生経路だけは、いつになっても判明しなかった。

 現在、世界の話題はある噂で溢れかえっている。

 「リワインド症候群」と「リバイバル現象」。その両者は同時に起こった。この二つの不可解な事件は、関連性があるのではないか。

 そんな噂がどこからともなく広まった。

 現在でも発見され続けている絶滅種や絶滅危惧種の個体総数は、奇しくもリワインド症候群によって亡くなった人間の総数に極めて近くなってきている。

 もちろん、新たに発生した絶滅種や絶滅危惧種の総数は正確にカウントできるものではない。しかし、生物学の権威である渡部秀真による発表では、現在の科学技術をフルに活用すれば、大まかな予測数値は出せるという。そしてその数値がリワインド症候群の犠牲者の総数と合致する可能性は大いにあるそうだ。

 最近では、直接間接に関わらず、人類の発展によって存亡の危機に陥った動物ばかりが復活していると主張する者も現れた。

 リワインド症候群の蔓延は、「人間から動物たちへの償いである」だとか、あるいは「動物たちから人間への復讐である」だとか、そのような人智を超えた噂が、人々の中で信頼に値する真実であるとさえ思われ始めている。

 もちろん、それを下らないと主張する者はやはり多数存在する。だが、リワインド症候群が視覚を介した感染をするということが真実として浸透した今、この世界はかつて「非現実」「非科学」と呼ばれたものが、根拠さえあれば受け入れられる世界に変わっていた。

 不思議なことに、科学者がそんな噂を否定するのも虚しく、噂が現実として受容されるための根拠が次々に明らかになっていった。

 そして、人類に審判が下され、不条理によって消えていった動物たちが蘇ったという噂はもはや「事実」になろうとしている。

 それが本当に事実であるかは誰にも分からない。しかし、まるで世界に意志があるかの如く、どこか名も知れぬ場所を目指すように、この世界は変化を続けている。



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