第23話

 グランディニア大陸歴 1075年 上空





 深夜の領主館焼き討ちから始まった、 デヴォリを主犯とする一連の襲撃事件を辛くも――多分に暴君ロイの助力を経て――乗り切ったリュート=ヴァン=トゥールーズ。 彼は今、 地上から千メートル以上離れて……空の人となっていた。


「はぁ、 初戦闘が焼き討ちからの夜襲とか……どんな本能寺よ、 俺 」


「ん? あのレイラって女将も無事だったんだし、 デヴォリっつう優秀な駒も得たんだ。 結果だけ見れば、

  これ以上無い戦果だろうよ 」


 リュートが珍しくも現代の知識にちなんだ話題を、 これまた随分と気安い雰囲気で酌み交わす相手は“ハチ”。

 かの暴君の使い魔の総称である“六剣二姫ろっけんにき”の一角を占め、 現在リュートを大鷲であるその体の背に乗せて……グランディニア上空を西へ西へとひた走っている――勿論飛行している――所であった。


「いやいや、 ハっちゃんも見てたんなら手伝ってくれても良かったんじゃね? 」


「あー、 すまん。 俺ら六剣は、 ここぞとばかりに出勤しようとする姐さん達二姫を抑えるだけで手一杯だったわ 」


「うはぁぁぁ……くっそファインプレーなだけに何も言えねぇ 」


「……だろ? 今年のゴールデングラブ賞は貰ったも同然だわ 」


 某SNS上で雑談するかのトーンで話すこの二人の関係性は……かつてリュートが居た、 あの真っ白い空間神界にて醸成された。


 アダゴレ君――アダマンタイト製のゴーレムで、 リュートのかつての指導教官――が見た中でもドベ一、 二を争う程度には戦闘の才能が無かったリュートは……それはもう、 擬音で表現するのが困難なくらいにはボコボコにされていた。


 刺殺に絞殺、 撲殺に圧殺や窒息死、 毒によるショック死や壊死……といったありとあらゆる手法で、 文字通り魂を一から鍛えられていたリュートの、 壊れかけの心を支えたのは……ごくごくありふれた存在モノ。 それは友……などでは無く、 自分と同じような境遇にいた同類。 要するに“同じ穴のムジナ”であった。


 端的に言えばハチもまた、 弱かったのである。


  本人曰く、 ハチが六剣二姫へと加入したのが今より約百二十年前。 これはグランディニア基準で考えれば大精霊に匹敵しうる存在となるのだが……六剣二姫彼等の中では新人に毛が生えた程度でしかないらしく。 いい機会とばかりに先輩使い魔達に散々な扱いを受けていたのである。


 大陸間弾道弾ミサイル――の様な爆撃――や、 古いアニメの戦艦が主砲として放つ様な光学兵器――にしか見えない魔術――が飛び交う光景を目の当たりにしたリュートは、 ただただ地味な・・・訓練方法を選んでくれたアダゴレ君に深く感謝したという。


 そもそも、 使い魔が特訓等をして強くなるのか……以前の問題として。 “使い魔”って何なんだよと当時のリュートは思ったのだが、 その疑問は終ぞ解消されることは無く。


 むしろ今回、 人としての体を持ちながら頭部と背面から生えた翼は完全に鳥類そのものと言った出で立ちで現れたハチが、 リュートをその背に乗せてある程度の高度を稼いだと思ったら……特撮モノの様な変身シーンを全く経由せず、 やけに滑らかに今現在の大鷲の姿となった事で、 更に輪をかけて困惑が深まるばかりであった。


「まぁしかしだ。 よく姐さん達を見習わず、 あそこでこらえたな? リュート 」


「……まぁ、 ね 」


 二人の話題はリュートが数日前、 アルバレアの騎士を前にしてキレかけた・・・・・場面へと移っていた。


 あの時……トゥールーズの隣国――トゥールーズの所属は北方公国エムレバ――である東方公国アルバレアの公爵家嫡男ちゃくなん・サルゲイロ=フォン=アルバレアが、 一連の襲撃を手引きしたとの証言が主犯格であったデヴォリから取れた以上、 リュートを始めとしたトゥールーズ残留組はアルバレアとの全面的な対立も視野に――むしろガッツリと――入れていた・・のだが。


 リュートは一時の感情に身を任せず、 踏みとどまった。


 あの時点での唯一人の当事者――領主一族として――であったリュートが交戦の意思を捨て。 同様に、 唯一の人的被害であったレイラの生存が確認出来た事で、 祖国であるエムレバとの距離や経済的な状況、 更にはグランディニア大陸の南東の最果てとも言える位置に態々わざわざ村をひらいた事情から、 アルバレアとの関係を絶てない領主・ラグナ=フォン=トゥールーズ。


 実子であるサルゲイロ以上に、 盟友であるラグナ=フォン=トゥールーズとの関係性を重視したかったアルバレア公爵・アルベス=フォン=アルバレア。


 そして、 最後の最後で死亡した筈のレイラと共に登場し、 トゥールーズの損害を肩代わりする代わりにデヴォリと言う優秀な駒を手に入れんと画策した銀河の暴君。


 この三者の思惑が合致した事で、 此度の一件は“何者かによるトゥールーズ・アルバレア間の離間工作”と言う一応の決着を得たのであった。


 実際問題、 リュートが個人でいくら息巻いた所でトゥールーズがアルバレアの開拓村の様な地政学的条件は如何ともし難く。 暴君が暴君らしく強引に押し切った様に見えた三者の会談も、 ああする事でしか方々――領主ラグナ、 アルバレア公爵アルベス、 参戦した“雷花”、 抗戦した残留組に代表されるトゥールーズに暮らす面々――を丸く収める事が出来なかったとも考えられる。


 なお、 封建社会のグランディニアにおいて、 一国一城の主であるはずのラグナが村民感情を多分に考慮しなければならないのは、 トゥールーズが成立した過程に端を発している。


 もっとも、 リュートに先ほどから話題にのぼる“姐さん”達ほどの実力があれば全て・・を敵に回したとしても、 余裕でお釣りが来たのかも知れないが。


「無理なんだなぁ、 これが 」


「……そら、 そうよ。 お前までああ・・なるのは勘弁してくれ 」


 大空へ……遮る物の無い場所へ吐き出す事で、 己の中にある不安や葛藤まで一緒に流すリュートに対して、 ハチは冗談めかして相槌を打つにとどめた……内心を覆い隠して。


 今回、 かの暴君が態々、 その使い魔たるハチを呼び出した上でリュートに、 やった事も無ければ教えた事も無かった仕事を任せたのには理由がある。


 表向きのそれとしては、 初めて経験した鉄火場・・・から日常・・への切り替えを、 リュートに一人――ハチもいるが――の時間を与える事で円滑に行おうとした事。 また、 敵対勢力の拠点への侵入及び人質の奪還と言う得難い経験。 これらは、 あくまでも建前・・として用意したものであるが、 当然ながら建前である以上、 少なからず意味がある。 実際にどちらもリュートにとっては良い教訓、 あるいは経験となるであろう。


 では、 本音部分、 そのは何処にあるのかと言うと……リュートそのものにある。 具体的に指定するならば、 彼の左頬。


(「さて、 ここまで来たが今んトコは何ともねぇようだな…… 」)


 馬のような鞍の無い、 大鷲の背に乗っての慣れない空の旅。 それを気遣うフリ・・をして小まめに首を振ってリュートと目を合わせる。 その様な地道な活動をハチはトゥールーズを飛び立って以降、 常に続けていた。


 鳥類の中でも遠くの獲物を狙うタイプである大鷲では、 他種ほど単眼視野――片方の目で見える範囲――は広く無い。

 その為、 背中の荷物を気にして頻繁に後ろを振り返る動作は、 まぁ不自然とは言えない。


 しかしながら、 ここに二人の姿を俯瞰ふかんで捉えた第三者がいたとしたら……そのあまりの頻度の多さに、 首を傾げていたかもしれない。


 それもこれも、 おっかない同僚姐さんたち契約主暴君に指示されての行動である。 本来であれば、 背面飛行をしようがバレルロールだろうがリュートなら恐らく何ともない。 彼には誰しも――本人ですら――忘れているスキル、 【騎乗補正】があるからだ。 普通動車免許と言う、 資格にもならないような資格が転生の際に反映されたあれが。


 当然、 ハチは腐っても六剣二姫の一員である以上、 魔術的な視点でリュートを観察する事が出来る。 例えばそれは、 ハチがメインで扱っている――担当とも呼ぶ――【風属性】でリュートを包んでしまえば、 それこそ瞬きまばたきレベルの挙動ですら察知出来る。 【光属性】でもって見えない範囲の光を曲げて・・・しまえば、 無理矢理であっても視野を広げられる。


 言い訳に関しても、 前者であれば前方からの風圧に耐えリュートの姿勢を制御する。 後者の場合は文字通り魔物を監視する為とでも言えば良い。


 では、 何故そこまでしてリュートを観察せねばならないのか。


(「【血戦装束】たぁ穏やかじゃねぇよなぁ、 おい。 お前にそんな才能モノは無かっただろうよ 」)


血戦装束けっせんしょうぞく】。 それは……とある世界の、 これまたとある少数部族が呪術と逆恨みをこじらせ過ぎた結果、 編み出したスキルである。 これだけ聞けば意味が分からないが……生まれた過程から中々に強烈で……ある意味おもむき深い。


 どうすれば、 寡兵かへいでもって大軍を撃破出来るか。 その部族が悩んだ末に出した結論が――


『敵の返り血で、 自分たちの体力や気力を回復すればいいじゃない 』


 ――と言う謎理論である。


 吸血鬼ヴァンパイア精霊ニュンペーの存在しない世界で、 どうしてその考えに至ったのかは定かでは無い。 あまり文明的な営みを送っていなかった彼等は、 記録を残す文化を持たなかったのだ。 とかく、 開始地点から斜め上のスタートを切った彼等は、 子孫に対して妄執もうしゅうを帯びた自己暗示と催眠としか思えない呪術を、 何代にも渡ってかけ続けた結果……ついに【血戦装束】へとたどり着く。


 狩りで仕留めた動物から皮を剥ぎ、 骨を削った武器を携えたその部族は、 周辺諸国に対して突如として侵攻。 倒した敵兵の生き血をすする様に顔や露出した皮膚へと塗りたくり、 昼夜を問わず蛮行の限りを尽くした彼等は……あっさりと鎮圧された。 文明の利器である、 銃器によって。


 以上の経緯から、 【血戦装束】は一部の識者と軍人の記憶にのみ残されたネタスキル・・・・・だと言われている……魔素・・の無い世界に限れば。


 魔素の有無が、 軍事と言う物の概念に対してどう影響を及ぼすのかを、 ざっくりと述べるならば……小さかろうが大きかろうが、 とにかく“強い”者――あるいは物――が勝つのが、 魔素のある世界だ。 魔素の存在が物理法則を捻じ曲げるの・・・・・では無く、 物理法則の前提に・・・魔素が組み込まれる。 そう言ったケースの具体例を挙げるならば、 ファンタジーの世界でお馴染みとなる、 銃弾を生身で弾く人間が登場する……グランディニアの様な。


 説明が長くなってしまったが。 要は暴君とその一味は、 リュートに先の部族の様な特徴が見受けられた為に過度の警戒態勢を敷き、 トゥールーズの人々から彼を隔離したのである。


(「まぁ、 あの部族のスキルとは違う部分もあるみたいだがな……君子は危うきにはってやつだ 」)


 リュート=ヴァン=トゥールーズは、 神にいじくられた経緯があって今がある。 その点をかんがみれば、 この扱いも妥当……とまでは言わないが、 仕方のないことなのかもしれない。 何せ、 【スキル】とは魂に刻まれた資質や資格、 あるいは才能を表すものであり。 たとえ頭蓋骨を切開して脳を取り出して見たところで、 そこにはしわ以外、 何も刻まれていないのだから。


「なぁリュート、 昔の人は空が落ちてこないか心配したらしいぜ? 」


「……ハっちゃん、 遂に強化人間にされちゃったの? 」


「馬鹿野郎! 俺はれっきとした使い魔だっての!! 」


「いや、 だから使い魔の定義が分かんねぇんだってば 」


 抜けるような青空の真下、 他愛もない会話を交わす一人と一体。 自らの背中に乗った、 小さな体の努力家が敵対する機会が来る等、 それこそ“杞憂”であって欲しいと元人間・・・の使い魔は願う。




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