第6話 王女の秘密

 俺が魔法を使えた理由、姫様が一人洞窟に残った理由を、一通り話し合えた。それぞれに思うところがあるのだろう、みんな黙っていた。


 ちなみに、姫様がアレク様に『守られたい女の子』に見られたいという辺りは伏せておいた。俺には侍女必須スキル【空気を読む】も備わっているのである。


 みんなは心配しているが、実際のところ、俺は全く心配していない。絶対大丈夫だという確認がある。

 あれで魔王を倒せないのであれば、どのみち人類は滅亡するのだ。


 重い沈黙を破ったのはフェリクス様だった。


「アレク、ローラはいつもどんな戦い方をしていた?」


「ローラ様は、戦闘が始まるとすぐにリディとカインに結界を張っていました。ローラ様には私の後方に立ってもらい、補助的に攻撃魔法をお願いしていました」


「補助的? 威力はどれぐらいだ?」


「結界は強力で、マシューズ魔法師団長の結界よりはるかに強固なものでした。リディとカインは、かすり傷一つ負ったことはありません。攻撃魔法は……そうですね、結界に比べて威力は相当低いように思いました。ローラ様は結界が得意で、攻撃魔法は不得意なのだと言っておられました」


 姫様、か弱き女子を演出したいがために嘘をつきましたね! 俺には攻撃魔法は得意中の得意だと言ってたけどな。


「あいつはっ!」と、フェリクス様はアレク様の言葉を聞いて、怒りをあらわにした。


「どうなされたのですか⁈」アレク様が慌てて問いただす。

 

「ローラの力はそんなものではない。なぜ力を出さなかったかは……まあいい。だいたい予想はつく」


 さすがは兄上! 姫様のお花畑な発想が分かるのだろう。


「ローラがアレクと力を合わせれば、魔王は倒せたはずだ。なのに、あいつは一人で行った。魔力の器が一つの状態では、さすがのローラでも、一人では倒せないはずだ」


「……っ⁈ 魔力の器が一つの状態とは、どういうことですか⁈」


「フェリクス様、わたくしにも理解できません。ご説明をお願いします!」


 アレク様とリディ様が信じられない、何がなんだか分からないという顔をしている。

 俺は魔法使いじゃないからもちろんわからないし、魔力の器の話など初めて聞いた。


「魔力量は魔力の器の大きさ決まる。だが、稀に魔力の器を二つ持って生まれてくる者がいる。それが大魔法使いと呼ばれる者だ」


「大魔法使い……カーラ様ね」リディ様の呟きにフェリクス様は頷いた。


 カーラ・リシュタイン、前女王だ。魔力が強く、魔法の研究者としても名が知られていて、民衆の人気も高い。姫様とフェリクス様の祖母でもある。


「ということは、ローラ様は魔力の器を二つお持ちなのですか?」


「……ローラは、魔力の器を三つ持って生まれた」


「「「三つっ⁈」」」

 俺達は同時に声を上げた。


「そうだ、三つだ。ローラが生まれた時、大地震でも起きたかのように城が揺れた。赤ん坊は魔力の制御などできないからな。だから、お祖母様が魔力の器のうち、二つを封印した。父上は全て封印したかったらしいが、魔王の脅威があるため、一つだけ残しておいた」


「……っ⁈ そう言えば姫様は、島を吹き飛ばした時、三分の一程度の力だと言っていました! ちょうど魔力の器一つ分ですよね⁈」


「そうだ、きっと魔力の器一つ分の魔力を使って、島を消したんだろう。あの力が三分の一だと言われれば、カインがローラを一人、魔王の洞窟に残したのも理解できる」


「でもなんで最初から、魔力の器を解放しないで旅に出たんですか?」

 赤ん坊の時に魔力を封印したのは理解できる。でも姫様は、もう魔力のコントロールができる年齢だ。


「ローラの封印を解かなくても、アレクと二人でいれば魔王を倒せたはずだ。あれは世界を滅ぼせる力だ。必要がなければ、解放してはいけない力だ。だから、王家の秘密にした……それに、魔力の器を解放するためには、死ぬより辛いかもしれない苦しみに、数時間も耐えなければならない……っ!」


「そんなっ! ローラ様っ…!」

 アレク様の顔が苦痛に歪む。


「死ぬより辛い苦しみ⁈ その痛みに耐えられなかったらどうなるのですか⁈」

 リディ様はフェリクス様に詰め寄った。


「そんなことっ⁈ 姫様は俺にはそんなこと言いませんでした! 知っていたら、俺は…!」


 死ぬより辛い苦しみ⁈

 あの無邪気な姫様に⁈

 そんなことはあってはならない!

 俺は…俺はなんてことを……


「言う訳がないだろう。そんなことが分かっていれば、カインは協力しなかったはずだ。ローラは……あれは問題はあるが、心はとても優しい子だ……苦しみに耐えられなければ、ローラは……命を落とす」


 リディ様は悲鳴を上げた。

 アレク様は手を強く握り締めた。その手からは血が滲みだしている。


「俺はっ……俺は絶対に力を解放するなと言ったんだ! ローラが皆を守るために、こうすることを予見できなかったのは…俺のミスだ……っ!」


 フェリクス様は執務室の机にドンっと拳を振り下ろした。


「リディ様! 俺に魔力の譲渡をしてください! もう一度転移しますから!」


「カイン、無理よ。魔力の譲渡は誰にでもできるものじゃない…わたくしにも転移魔法が使えたら……っ!」


「じゃ、じゃあフェリクス様! フェリクス様は転移魔法が使えるって!」


「転移魔法は、一度行ったことある所しか使えない……くそっ!」


「そんなっ、じゃあ、姫様は……っ⁈ アレク様⁈」


 アレク様の体が青く淡い光に包まれている。あれは⁈ 俺が何回も何回も練習した転移魔法!


「アレクっ⁈ やめろ! お前はさっき魔力を使い切ったはずだ! 死にたいのかっ⁈」


 フェリクス様が必死に止める。

 俺は姫様の言葉を思い出した。


『カイン、わたくしがいない所では、絶対に転移魔法の練習はしてはダメよ? 魔力が少ない状態で転移しようとすると、最悪な場合、体が分離した状態で転移するの。胴体は転移できても、手足が置いていかれたとか。それぐらい怖い魔法なのよ』


 最悪な場合、アレク様は死んでしまう⁈


「アレク様っ! やめてください!」

「アレク! やめてーーー!」


 俺もリディ様も必死に叫んだが、アレク様は詠唱をやめない。

 

「アレクシス!」

 転移魔法を唱え終わる寸前に、フェリクス様は、アレク様の腹部を思い切り殴った。


「フェ…リク…スさ…ま…」

 ドサっとアレク様は床に崩れ落ちた。


「リディ、アレクに睡眠魔法をかけてくれ。三時間は起き上がれないように」

「はい、フェリクス様」


「アレクなら三時間ぐらいで、魔力が少しは復活するだろう。それまでに、ローラを救出する手段を考える」


「…ローラ…様……なぜ……俺は…貴女を…守るために……」


 リディ様の睡眠魔法で、アレク様は深く、悲しい眠りに落ちていった。

 

 アレク様が眠りに落ちたのを確認すると、フェリクス様とリディ様は、姫様の事を王様に報告しに行った。

 俺はフェリクス様の寝台に寝かされたアレク様と二人、部屋に残っていた。


『魔力を解放するなんて簡単なのよ』なんて姫様の言葉を、なんで俺は信じたんだろう。


 あれだけ女の子は守られてなんぼだと言ってたのに。アレク様に守られる、絶好のチャンスだったのに。 


「アレク様…かわいそうに……姫様も乙女心がどーのこーのいう前に、男心がわかってねえよなぁ……見た目は可愛いのに、つくづく残念な子だよ、姫様は……」


 アレク様は夢でも見ているのか『ローラ様……』と呻きながら、天井に向かって手を伸ばした。

 俺はいたたまれなくなって、思わずその手を握った。


「ほんと……なにやってんだよ姫様は。こういうのはお姫様の役割だろ。早く戻って来てくれよ……」


 ***


 フェリクス様とリディ様は、執務室に戻り、アレク様が目を覚ますのを待った。アレク様が睡眠魔法をかけられてから、ちょうど三時間が経つ。


「…うっ……」小さなうめき声と共に、アレク様がゆっくりと目を開けた。


 アレク様は自分が寝ている場所を確認すると、慌てて寝台から降り「申し訳ございません」と深く腰を折った。


「気にするな、俺の指示だ。それより魔力は戻ったか?」


「洞窟に転移できるだけの魔力はもどりました」


「よし、これから俺とアレクでローラ救出に向かう。俺は自分の魔力を使って転移するから、洞窟まで導いてくれればそれでいい」


 フェリクス様は魔法使いのローブを纏った。


「なりません、フェリクス様。危険が大き過ぎます。私一人で向かいます!」

 アレク様はフェリクス様を制止した。


「アレク、お前の魔力はまだもどりきっていない。転移魔法で魔力の大半が持っていかれるだろう? そんな状態で魔物の巣窟になどやれるものか。心配するな、ローラを見つけたらすぐに戻る」


「ですがっ! ………っ⁈」


 アレク様が更に反対しようとしたその時、空間に歪みが生じた。部屋に風が巻き起こり、この重い空気にそぐわない元気な声が部屋に響き渡った。


「ただいま戻りました!」 

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