白い箱

武田修一

白い箱

「今日はここまで」

 教授の低い声が聞こえて、周りは足早に去って行く人間や、先ほどまでの講義をまとめる人たちの音が聞こえた。私は後者であり、まとめ足りなかった部分を書き上げていく。ペンを走らせていると、突然、ぽんと何の装飾もない小さな箱がノートの上に置かれた。

 驚いて上を見上げると、知らない女の子がいる。いや、全く知らないわけではない。とっている講義が一緒なのか、たまにちらりと見かけることはあった。ただ、一回も声をかけたことはなかったはずだが。

「これ、あげる」

 にこりと笑いながら言うその子は、まるで前から私と親しかったかのように接してくる。すべてがふわふわとしていて、初対面でもフランクにしてもおかしくはないし、頭にくるような感じでもなかったので良しとしよう。

 でも、これをあげると言われても。特に親しいわけでもなく、言っちゃ悪いがゴミになりそうなものを渡してくるのはいかがなものだろうか。

 白くて小さな箱を持ち上げて、その子は言う。

「これね、絶対開けちゃだめなんだって。 だから、あなたにあげるね」

 こちらがその言葉を飲み込む前に、頭で処理する前に、ひらりひらりと蝶のようにその子は立ち去っていくのだった。追いかける間もなく。残されたのは、開けてはいけないという小さな箱だけ。

「これ、どうしたらいいの」

 小さな私の声は、ざわつく講義室の音に消えた。



 □□□



 白くて小さな何の装飾もない箱を持って、廊下を歩く。

 あの講義室に置いてきてもよかったのだろうけど、なんとなく人からもらったものを(押しつけられたものではあるが)そのままにしておいておくのは忍びなかった。だからといって持ち帰るのもなんだか気味が悪い。

 開けてはいけないとあの子は言っていた。少しだけ箱を振ってみると、中でかたかたとかるい音がする。何かしらこの箱に収まる物が入っているらしい。

 四角くて、直径は五センチくらいしかなさそうな箱。かたかたと鳴るので、中身はプラスチックとかアクセサリーとかだろうか。開けてはいけないらしいけど。

 ―――気になる。中に入っているものが。

 中に何も入っていないのなら、ここまで気になることもなかっただろう。あの子が開けてはいけないと言わなければ。気になることは、きっと、なかったはずだ。私には関係ないとして、あの講義室に置いてくることだろう。

「いやいや……おかしいでしょ」

 自分の異様さに気づく。普段だったら、何を言われたって知り合いでもない人間からもらったり押しつけられたりしたら、容赦なく放置するか捨てるかをしていたはずだ。なんでこんなにこの箱に執着してるのか。おかしい。手の中に収まる小さな箱を見る。捨てよう、そう思ってゴミ箱へ手を伸ばす。

(開けちゃだめなんだって。)

 あの子の声が脳内で再生され、響く。ゴミ箱に伸ばした手を引っ込める。やっぱり中を確かめてから、捨てよう。開けちゃだめなんてことない。私はどうしようもなく中身が気になるのだから。開けていいはずだ。

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