番外編7【第5話神の寵愛】直後の話
リーゼロッテとバルドゥールが神々の寵愛を授けられた、その数日後。
私は王城の一角にある闘技場で、ブルーノ・リーフェンシュタール将軍を待っていた。
「申し訳ございません、殿下!遅くなりました!」
彼はこちらへと駆け寄りながらそう叫んだが、約束の時間よりも少し早い。私は軽く首を振り、頭を下げた。
「いや、教えを乞う立場である私が、勝手に早く来ていただけだ。
むしろ無理を言ってすまない。将軍が忙しいことは承知しているのだが、貴殿以外の者だとどうにも……」
神の寵愛を得たリーゼロッテにただ一方的に守られるのを恥じた私は、リーフェンシュタール将軍に久しぶりに鍛え直してほしいと願い出た。
他の者だと遠慮されがちであるし、幼い頃から私をみている彼の指導が、一番なじむからだ。
「いえ、私の鍛練にもなりますから、かまいませんよ。これも仕事のうちです。
なによりここまで美しく育てた殿下の剣筋が下手な指導で惑ったりすれば、私も悔しい。よくぞ私に声をかけてくださいました」
将軍はやわらかく微笑みながらそう言った。
私は幼少期から、リーゼロッテの縁で、彼から剣の指導を受けてきた。彼にとって私の剣は、自分の作品と言う節もあるのかもしれない。
「しかし、なぜ急に剣を?」
リーフェンシュタール将軍は首を傾げた。
一応何年か前に習熟のお墨付きはもらっているし、私が学園に入ってからは魔法に傾倒しつつあったことも事実だ。腕がなまるほどまでに怠けたわけでもない。
「……リーゼロッテが、先日神の寵愛を授けられただろう?」
どこまで話したものか悩みながら、私はとりあえずそれだけを口にした。
彼は真剣な表情でうなずく。
「ああ、なんでも学園になんらかの敵が出現し、危機が迫るとの神託があった、とか。私どもも、警戒はしております。ただ、学園内部のことなので、まだなんの予兆も情報も掴めておらず……」
「まだ先のことで、私にも具体的なことは知らされていない。時期が来て必要があれば、私から指示を出すことになるだろうな。
神々は、私であれば未然に防げるとおっしゃっていたが……」
「ああ、それで殿下が急に鍛錬を。学園の内部で未然に危機を防げれば、学園の自治という観点からも、なによりでしょうな。それでリーゼとバルが、殿下の支えとして神々に選ばれた、というわけですね」
私の動機はリーゼロッテに一方的に守られたくないからだし、神々の真意は知らない。
だがそのことをなんとなく言いづらかった私は、まじめな表情でうなずいておいた。
「承知致しました。危機に備えましょう。殿下の気のすむまで、とことん付き合いますよ」
リーフェンシュタール将軍はまじめな表情でうなずき返し、そう言った。
彼は背負っていた大剣を抜き、笑う。
「殿下とこうして相対しますと、なんだか、懐かしい気分になります。幼いあなたとリーゼが、突然連携を組んで私に向かってきたこともありましたね」
そう言って笑った彼の目じりには、あの頃にはなかったしわが小さく刻まれている。
だが、その軽く構えているようにしか見えないのにぴたりと動かない剣先も、纏う雰囲気も、見上げるほど大きかったあの頃の印象と、少しも変わらない。
彼ほどではないが、私もそれなりに大きくなったはずなのに。
彼はあの頃より更に強くなっているということだろうか。
「そうそう、リーゼも張り切っておりますよ。バルドゥールもですが。先日久しぶりに帰宅をしたら、2人の鍛練のせいで、裏庭がすっかり無惨な姿に変わり果てておりました……」
ため息を吐きながら、どこか遠い目をして彼は言った。
なるほど、それは非常に気の毒なことだ。他人事だと少し面白いが。
だが他人事ではないので、私も、それ以上に努力をしなくては。
彼が一番の理由を聞かずに納得してくれたことに密かに安堵しながらも、私は剣を構えた。
――――
やはりどんなに恥ずかしくとも、言っておけばよかった。
私は彼
今日は前回の鍛練の3日後。
その続きをとリーフェンシュタール将軍と約束していたはずなのに、私の前に現れたのはその娘、リーゼロッテだった。
「本日は
父と比べてしまえば、不安はあるかもしれません。特に、人を指導した経験の面において。けれどご安心ください。私は、妹たちの……」
『はい、完全な嘘です。リーフェンシュタール将軍は、なんとか時間作ってくれていたみたいです。だいたい代理ならバルでもかまわないはず。
リゼたんは泣き落としまでして、このジークと二人きりのチャンスを奪い取りました』
『リーゼロッテはまだなんかごちゃごちゃ言っているが、要するにただ単にジークといっしょにいたい、それだけだ!』
リーゼロッテの言葉に被せるように、コバヤシ様とエンドー様のお声が響いた。
それはたまらなく愛らしいし彼女の気持ちは嬉しいが、それでもこれに関してだけは、他に譲って欲しかった。
そして、そうだ。リーフェンシュタールの剣の使い手という観点でいけば、バルドゥールが1番ふさわしい。
最初から彼に頭を下げておけばよかった……。
ああ、いや、それでも、彼もなんらかの理由をこじつけて彼女と交代させられたかな……。
「殿下、聞いていますの?」
聞いてなかった。
リーゼロッテに睨まれた私は、動揺を誤魔化すように微笑んで、口を開く。
「ああ、うん、ありがとうね」
「礼には及びませんわ。私の鍛練にもなりますから」
親子だなぁ……。
リーゼロッテの返答に、私はそんな感想を抱く。
しかし、これは困った。リーゼロッテの鍛練にもなってしまっては、完全に意味がない。
「ええと、でも君に剣を向けるというのは、いくら鍛練でも心苦しいんだけど……」
どうにかバルドゥールと変わってもらえないものか。
そんな期待を込めた私の言葉は、冷ややかに彼女に睨まれ、途切れた。
「……あら、まあ、ずいぶんと侮られたものですね。
殿下は、私が相手では怪我をさせてしまうおそれから、本気を出せない、と」
「ちが……」
「ああ、いえいえ。殿下と手合わせをするのは、かれこれ幾年かぶりですものね?今の私の実力がわからず、不安になる気持ちはわかります。
ただリーフェンシュタールの教育がそんな生半可なものだと思われては、一族の恥です。
仕方ありませんから、今からこの実力、ご覧にいれましょう。どうぞ、どこからでも撃ち込んでくださってかまいませんわ」
こちらを威嚇するように槍をひゅんと振り回し、彼女は構えた。
こう開けた場所では、ああ、私は確かに彼女に勝てないだろう。
けれど、そういう問題ではないのだ。
私はどうにか彼女をなだめるべく、口を開く。
「いや、リーゼロッテ、君の腕は信頼している。リーフェンシュタール家を侮辱するつもりもない。
でも、君が強いからこそ、婚約者に守られっぱなしの自分が情けなくて……」
……あ。
言ってしまった。
言うつもりのなかった言葉を口にしまった焦りと、途端に硬直してしまったリーゼロッテに対する焦り。
どうしょうもなくなった私は、とにかく口を動かす。
「あ、その、違う。君を侮っているとかではないと伝えたくて……。
その、男としての矜持の問題というか、かわいい婚約者にくらいはいいところを見せたいというか……、……っ!」
ドツボにはまった。
むしろ更に恥ずかしい事実を口にしてしまった私は口を覆い、うつむく。
「……殿下、お気持ちは嬉しゅうございますわ。
けれどあなた様は、【殿下】なのです。王太子であるのです。
人に守られることを良しとし、他のなによりも御身を大事になさっていただかなくてはならない立場にございます。それは、婚約者である私に対しても、です。
ご自身の能力を上げるよりも、能力の高い者をきちんと取り立て、使う。殿下に求められているのはそちらです」
冷たい声音で淡々と続くリーゼロッテの説教に、私は顔を上げられない。
「女神コバヤシ様も、そのつもりで、殿下ではなく私に加護をお与えになったはずです」
『いや、それは違います!単純にリゼたんがかわいいからです!あとすぐにアレしちゃうから!』
リーゼロッテの言葉に、コバヤシ様が異を唱えた。
女神はそのまま、言葉を続ける。
『ジーク、ここで私が良い言葉を伝えておきましょう。
百聞は一見にしかず。
リゼたんの照れ隠しな百の言葉よりも、一見すれば感情駄々漏れなリゼたんの表情を見てください。さ、すぐに顔を上げて!』
まだ続いているリーゼロッテの正論に頭が上がらない気分ではあったが、コバヤシ様のお言葉に従い、私はちらりと彼女の顔を盗み見る。
『めーっちゃにやにやしてるな』
『ジークの言葉に女の子としてときめいちゃったしめっちゃ嬉しいけど、でもジークにはその身を大切にしてほしいから説教を続けてる、そんな感じですね。
あと、嬉しくなっちゃった照れ隠しもあるかと』
エンドー様とコバヤシ様のお言葉の通りだ。
リーゼロッテの口角は嬉しげに上がり、その頬はピンク色だ。
もしかしたら私の言葉の直後は、真っ赤に赤面していたのかも知れない。
説教を受けてる身ゆえ身動ぎをするわけにはいかないが、あまりにかわいいし面白い。
かわいくて面白すぎて、とりあえず、腹部の鍛錬になりそうだ。
……私の婚約者が、かわいすぎてつらい。
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