Episode FOURTY-FOUR 《彼の旅》

 8 彼の旅


 再び、目を開ける。見えた景色は先とは違い、彼女の病室で突っ立っていた。


「クロ君? くろくーん、大丈夫? クロくーん⁉」


 目の前には首を傾げた彼女がいた。病室のベットで身を起こし、彼の手を握っている。小さな手のひらから伝わる温かさは懐かしさを彷彿させる。


「大丈夫、クロ~~‼‼」

「っ」

「お。やっとぉ」

「ごめん、ぼーっとしてた」

「うんうん、疲れてるしょ、無理は体に毒だよ?」

「大丈夫、ありがとうね」


 彼は俯く。

 もう一度助けようと決めた。それは事実、そこは良い。ただ、どうすればいいか分からなかた。彼女を無理やり連れだしたって結局は変わらない。あの終局に引き寄せられてしまうだけだ。クロは考える。いっそ打ち明けるべきなのか、それとも彼らが来るのを待つのか。


「考え事?」

「うっ? あ、ああ、そうだな」

「なになに、お姉ちゃんに教えてごらんよ」

「ゆりは大丈夫なの?」

「ん? これ?」

 そう言って彼女は頭に巻かれた包帯を指して見せた。

「大丈夫、お医者さんが大袈裟なだけだよ。こんなひどくないのに~~」

「まあ、安静にしたほうがいいよ」

「って、私のことは良くて‼ クロ君のこと‼」

「ああ、まあ、な」

「まあって……なにぃ」


 口を尖らせた彼女になす術はなかった。むしろ、彼自身どうすればいいか良く分からない。俯いたところで、何も出てはこなかった。


「はぁ……クロ君」

「ん?」


 呆れた顔を向け、その手を強く握り返して彼女は言った。


「あのね、人間って一人じゃいけていけないの。みんなで助け合って生きてきたから、ここまで大きな文明ができたの。あのね、クロ君。悩んでることはちゃんと相談するの、友達でも家族でも恋人でも、きっと……熱心になって聞いてくれる。だからさ、悩んでいるなら一人で抱え込まないで、私でも幸でもいいから、ちゃんと相談してね」


 何気ない一言だった。誰でも口ずさみそうなクサイ言葉だった。

 でも、彼にとっては、彼だけには。

 言わずとも分かるように、優しい響きだった。


「……そうだね、あのさ——




 これが三回目。

 成功……は簡単にできるわけもない。彼女に打ち明け、理解され、「終わった後にちゃんと謝るのよ」なんて説教までしてもらっても救えはしなかった。


「やあ、『No,007』。いや、ナナだっけ?」

「だから、なんだ」

「僕は見て分かる通り、君の二つ上。『No,005』だ。皆からはゴウって呼ばれてるけど——ってあだ名はどうでもよくて……そこにいる後ろの女の子。君は知っているんだよね? なんで、あ、あーーまさか、これからだったのか、じゃあさっさとやってよ」


 にんまりと微笑む長髪の男。緑色の髪色の隙間からは碧眼がこちらを覗き込んでいる。


「どうした、やらないのか?」


 その言葉には重みがなかった。今さら命なんてどうでもいい、そう思っている声色。クロにはその正体が見て取れていた。

 結局、その回は逃走劇だった。ただ逃げ回ることしかできなかった。

 それもそのはず、相手は五番目。『神撃の雷』という異名を持った男。細い体から出るとは思えないクロすらも越える瞬発力とエーテルによる電気の力。拳に乗せて放たれる雷には小手先の技術など通用しなかった。


「その銃で、僕に勝てるとでも?」

「っち、ばけものか」

「君には言われたくないけどね、『漆黒の死神』くん?」


 打撃の連打、放たれる雷撃の網に囲まれながら彼女を背に、彼は奮闘する。視界の端からはクハ、ゴロの姿も見えていた。彼は腰のナイフを取り出し、空中を回転する。左手の銃を目の前の雷撃に向け、二つに折ったナイフを頭上の二人に投げつける。


「あっぶ」

「っは⁉」


 かわされた直後、ゆりを抱えて数メートル後ろに身を引いた。


「くろ、くん? な、に」

「安心しろ、僕が何とかする」


 背中越しの声は震えていた。彼すらも、この光景に驚いていた。クハもゴロも簡単には死んではくれない。ましては005なんてこちらが不利である。


 神は最悪な状況を彼に突きつける。

 ここまで来ればリンチの領域だった。


 あっけない、いや奮闘はしたほうだろう。彼女を抱えて暗殺者に挑むのは明らかに難しすぎたのだ。めり込んだ鉛弾も五発は超え、雷撃による火傷も増え続けていく。


 背に抱える彼女に向かう弾丸をすべて受け止め、彼女を押し倒してでも守る戦いが続く。終わりが見えない。倒れない相手に、余裕が過ぎる相手に立ち向かうためにはどうすれば、なんて思考すらも出来ていなかった。


「いい加減、諦めたらどうなんだ?」

「いや、だ」

「はあ、まったく子供は」

「っ‼‼‼‼‼」


 現実は非情だ。

 四回目はそれすらも凌駕した暗殺者二十人による集団暴行だった。


「ナナ‼ どうして⁉」

「彼女は殺してはダメだ」

「命令だ、聞けなければあなたも‼」

「いいさ、彼女は家族なんだ、救わないといけないんだ‼‼」

「仕方ない、クハ行くぞ」

「勝てるのかしら、ね!」


 さすがの大人数に防戦一方だった。エーテルの使い方も分かってはいない。空は飛べるが、体力の消費も果てしなかった。斬撃、銃撃、打撃、その連続。体を捻らせ、一つ目の拳を交わし、日本刀による突きをウエイブにより受け止め、銃撃は身代わりを使って、空中での回転に、空気の壁を使った兎のような動き。全神経を震わせ、その間を縫っていく。


「っち」

「右!」

「下、横、斜め、脳天‼」


 腕には銃弾が貫通し、肩には刺し傷も表れている。血が噴き出し、視界を遮ってゆく。左手による打ち込みは交わされ、弾丸は肌のすっれすれを通り過ぎる。足を掛け、掛けられて、どこまで未然に攻撃を防げるかの競争であった。

 五回目は、007だった。


「任務違反だ、殺害を開始する」

「ああ、こっちもだ」


 従順な自分はとてつもない強敵だった。身に染みたその思い一撃を感じて、彼が『死神』と言われる所以の片隅を眺めた気すらもしていた。


 六回目は逃亡劇で潰された。


 七回目は銃撃の嵐で撃たれ死んだ。


 八回目は005と008による共闘。あからさまな弱い者いじめで勝てる隙がなかった。


 九回目は彼女が囚われ射殺された。


 十回目は警察との戦いだった。その多さに踏みつぶされるほか道はなく、十一回目は協力者に裏切られ。


 十二回目はまたしても囚われた挙句首を切られ、十三回目は毒殺され。


 十四回目は鬼我が相手でもあった。いつもは見せない戦闘スタイル。クロには及ばないまでも他の暗殺者が加われば歯が立たなかった。


 十五回目は蹂躙され、十六回目は雷撃で、十七回目は刺殺で、十八回目は惨殺され、十九回目は圧殺で、十九回目は撲殺で、二十回目は自衛隊相手だった。日本の犯罪者に捲し立てられあげて、一億人に襲われた。


 二十一回目はバラバラにされて、二十二回目は炎に飲まれて、二十三回目は自分に敗北した。


 二十四回目も、二十五回目も、二十六回目も何度も死を体験した。数えれば数えるほどに遠くなっていた希望に壊されて、二十七回、二十八回、二十九回、三十回、三十一回、三十二回……四十回、五十回、六十回、七十回、八十回、九十回、百回、もはや何回目なのだろうか。


千回も二千回も越え、多分一万回は繰り返しただろうか。終わらない旅に彼は心を病みこんでいた。


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