第肆章 8「第五元素」


 8 第五元素



 銃を突き付けながらも仮面の男は語った。

「昔、この世界には科学の知恵という物は何一つ存在しなかった。すべては工夫だけで乗り越えてきた先人が築いた時代のこと。人々は楽を求めていた。楽とは何か、その本質は知っているかい?」

「楽だと? そんなもの経験したことはない」

「つまらんな、まあいい。人々は楽を求めてきた。摩擦を使って火を熾すのは面倒くさい。川の水を汲んで使うのも面倒くさい。動物を狩ることなどもってのほかでむしろ危険だ。そんな一つ一つを少しでも楽にしていきたいと、彼らは願い、考え、その知恵を絞って様々なものを作ってきた。その過程で科学にも手を出して、化学、物理学、生物学、数学……と世界を読み解くための学問に発展させてきたのだ。君は今、銃を向けているけれど、昔はそれがただの石だった。弓となり、銃に変わって、大きく進化した結果が君の持つそれに変わっているんだよ」

 だからなんだと、ナナは思う。

今この引き金を引けば殺せるという考えも一番上まで上がっている。だが、なぜか引き金は引けなかった。体が意識下にない感覚、ここで話を聞かなければいつか後悔するかもしれないという危機感に支配されている。とても不思議な状態に陥っていた。

「こんな風に発展していく矢先、ある学問で不思議な疑問が生まれた。光は何でできているのか。今は粒子と波でできていると呼ばれているが、その当時は波でできていると言われていた。100年以上前かな? オランダの物理学者ホイヘンスは波動説を、かの有名なニュートンは光を粒だと考えた。この論争は1850年、フランスの物理学者フーコーによって光の波動説が有力という結果で幕を閉じた。かと思えた。しかし、そこには一つの疑問が残された。本来、波というのは媒質を持っている。水や空気などで音が伝わっていく。では、光はなんだと思う? 空気などない真空において光が伝わる媒質はなんだと、その媒質を彼らはこう言った。『エーテル』と。すべての不可能を補うための物質、かつて古代ギリシャのアリストテレスによって想像された天界を構成する第五元素超上位物質としても言われたその言葉だった。二つとも意味は違うが、結局その信念は一緒のモノさ。それぞれはのちに否定されたものとされた」

「それが、一体なんだ? エーテルが何かだと?」

「そう、そのエーテルはあるんだよ、世界の秘蔵物質としての、まさに神を創造する物質、神をも超える第五元素として存在する」

「じゃあ、そのエーテルが超能力……」

「そうだ、御名答。エーテルは超能力者が使う天井の元素さ。所謂魔力的なモノだとでも言っておこうか」

「魔力……?」

「ただ、この物質は世界、いや宇宙中に蔓延しているのだ。無くなることのない空気のように循環できる。無論、神を作る元素なのだからそれを消費することはできないモノなんだよ。物理法則が通用しない異次元的なモノだよ」

「じゃあ、お前が高速移動したこともそれなのか?」

「お、勘がいいなあ、さすが一桁台の男。これはありとあらゆるものを創造できる、別に、炎とか水とかみたいなありきたりなことじゃなくても、高速移動、防御障壁としても、すべてに応用可能な最強元素」

「まあ、そんなもの見たことないけどなあ」

 するとクスクスと笑う仮面の男は、馬鹿にするように。

「ははははっ! 馬鹿かよ! 当たり前だよ! 神をも超えていけるエーテルが見えるわけないだろう‼‼ こんなのが人間に見えたら、人間は死なないよっ、はは、ははは!」

「っち」

「いやあ、傑作だよ。まあ一つ言いたかったのは君も超能力を使えるんだよ。実はね、まあ。君は使っていることを自覚していないっぽいけどぉ」

「はあ?」

「だよなあ、普通。でも事実さ。君の動きは人間の域を超えている。君相手ではあらゆる武術など敵わないんだよ、そうやって怪我をしないようにできているんだよ君は」

「意味が分からない」

「まあそのうち知ることになるさ。君のよく知るところにも蔓延しているはずだからなあ……」

 途端、体の自由が戻りだす。

 その開放の瞬間と同時に、ナナは引き金を引いていた。


 パアアアアアアンンッ‼‼‼


 乾いた音がおおきなホールに響き、耳にも刺さりそうな高音反響とともに足元の水も消えていく。

「くそった……な、なに⁉」

 打ったはずの鉛弾は男の頭を通り抜け反対側の壁へめり込んでいたのだ。

 ただ、ナナはある言葉を思い出していた。目の前で生きている仮面の男が言ったその言葉。


『ありとあらゆるものを創造できる』

 

 まさか⁉

 そのまさかだった。

「じゃあね、漆黒の光」

 男はニヤつきながら、粉のように散っていく。おそらく、この姿も造ったものだったのだ。まったく感じられなかったこと自体に驚きを隠せなかった。謎の敵。圧倒的向こう側にいる先駆者とでも言えるような仮面の男は姿を消し、最後にこう囁いた。


「無神クロくん?」


 確実に聞こえたその音(なまえ)に、凄まじいほどの恐怖を感じたナナが突っ立ていた。




 <あとがき>


 読んでいただきありがとうございます。ふぁなおです。


 今回はエーテルという元素についてのお話でした。一番最初にクハとゴロが苦戦した相手が使っていたのはまさにこれですね。なんてナナが瞬時に殺せたか考えてみると面白いかと思います。伏線回収1が終わりました! でも、物語の山場はここではありません。このお話をもとに徐々に広がっていきます!


 今後も読んでいただけると非常に嬉しいです!




 著 ふぁなお  絵 ダイナマイト☆トモカズ

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