第壱章 9「武器庫」3


 長くも狭い研究員や研究品たちに挟まれた通路を越え、今夜の本命、『ARMORY』と書かれた扉の前にやって来た。


「あーもに? 姉様、ここなのですか?」


「ああ、ここが『PARALLEL』の武力のすべてだ。あと、アーモリィーだな、多分」


 これまた自分の話のように自慢げにどや顔をした所長は扉に顔を近づける。

 瞬時に、ッピという音が鳴り、大きな扉に小さな文字が映る。


(顔認証クリア)


 その表示を確認して、次は腰を曲げて目を近づける。


(虹彩認証クリア)


 さらに、その表示を確認して、今度はパスコード画面が映し出される。


(四人分のパスコードを入力してください)


「さ、私は打ち込んでおいたから、お前たちも打ち込め!」


 その言葉に対して、ポカンと固まる三人。


「ん? どうした? 早くしろ!」


 さらにその言葉にもポーンと固まる三人。


「何してるのだ?」


 ここでようやくゴロが口を開いた。


「あの、所長、俺たち……なんのパス、打てばいいの?」


 一コマが付き、

「え? 知らないの? まさか、来たことない?」

 

 ・

 ・

 ・

「「ないですよ! 初めてって言ったじゃないですか!」」


「ごめん、テヘペロッ!」

 もうアラサーほどのお姉さんがやるとかえって気持ち悪いセリフである。




 20分後、。


「ゼエッェ! ゼェ! ゼェ、ぇゼェ! ああ、もう、はぁ、つら、まじっ、はぁ、はぁ、ゲホ‼」


 そこにはみっともないアラサーの姿があった。


 アラサーはすぐにロビーまで戻り、資料をあさり、猛烈なダッシュでここまで戻ってきたのだ。頑張っているのだが、ただのバカである。


「遅いっすよ、何してんすか」


 膝に手をつき、額から汗がした落ちている。手に持っているパスコードを示している資料にも汗が付着し、手汗とともにぐちゃぐちゃになりかけている。


「まあ、まあ、つ、っかれた、が、はぁはぁ、これ、はぁや、く、うって」

 未だ膝に手をかけるこのアラサーは何とか腕を上げ、ゴロに向かって資料を差し出す。

「はいよ、所長」


「姉様、大丈夫ですか? もっとゆっくりしてください!」


 さらっと受けとるゴロの隣で、クハはアラサーの姉を心配した。まるで、子供をあやすような、大人にとっては慈悲に満ちる目でアラサーの姉を慮る。


「えっと、4839、563、9? であってるかな、まあいいや、ポチっと」


(認証中……)


 大きな扉に映る小さな文字。瞬時にその文字は青文字に変わり、


(認証完了)


 そしてすぐに色が元に戻る。


「クハ、次いいぞ」

「うん、分かった」


 今度は資料をクハに渡して、クハもすぐに打ち込み、ナナも打ち込みを完了させる。


「お、ようやく開くのか!」


 大きな扉は青く光り始め、中央に大きな切れ目が浮き上がる。まるでファンタジーの世界でボス部屋の前にいるような感覚に襲われる三人。この先にはいったい何があるのか? と思わせる演出にゴロとクハは胸を躍らせる。


 白い光が向こう側からさし、そして一気に包まれる。

 徐々に戻っていく視界に何かが写る。それも無数。


 そこにあったのはすぐさま全員心を掴む。


「よぉし! お前たちの武器を綺麗にしてやる‼」


 そうしてフェーズ2が始まった。



「おお、おお、おお! すげえぞ‼」

「なになになに、あれ何⁉」

「……っ」

 三人のテンションは一気に上がり、天井を突き抜け地上に届くまで爆上がりを続け、いつの間にか宇宙にまで届いていた。


「あたしあたしあたし! これこれこれこれ‼」


 クハが指をさしたのは黒い銃身が特徴なバレットM99。

 彼女が今まで持っていたバレットM82A1、それをいくつも改良した先にできたのがこの武器である。小型軽量化した銃身に、命中率が向上、1000ヤードでの着弾範囲4,09インチ(103,88mm)以内をたたき出すという世界記録を持った軍用対物狙撃銃である。


「おお、それか、いいのか? いまのはどうするんだ?」


 だが所長は聞いた。


 クハは背中に手をやり、その質問を一日千秋の思いで考える。


 ただ、答えは、いつも以上に早かった。


「いや、これは捨てない。これを改良してM82A1にできるはずだし、この子と私の仲だもん、捨てたくない!」


「じゃあいいのか、うちの機関でやらせても……」


「んー、バレット社まで持っていけないですよね。銃の寿命も考えつつ、弾の威力とぉ……重量は今のでちょうどいいから、う~ん……、あ。装填数多くできます?」


「ん~~分からないな~~」


「とりあえず、聞いてみてくれませんか?」


「ああ、分かったよ、あそこにいる開発部の方に頼んでみるよ」


 所長は左奥にいる作業服の人たちを指さして言った。


「俺はどうしようかな……」


 顎に指をあてて悩んでいるのはゴロであった。

 彼の武器はナイフである。正直、新しい型と言っても違いのないものが多く、研いで切れ味をよくすることくらいしかすることはない。それとも他の武器を使うか、それも踏まえて彼は考えている。


「どうだ? ほかの武器も見てみないか?」


 やはり、そこを突かれた。戦闘スタイルが圧倒的近接なものであるゴロにとって銃などの武器は合うのか、否か。確かに遠距離戦も使える武器をもって悪いことなど

ない。むしろ、あったほうがいい可能性のほうがある。


「まあ、一応見てみます」


「そうだな、マシンガンにハンドガン、手榴弾くらい持っといてもいいんじゃないか?」


「それは……そうかもしれない、ですね」


(ベレッタ92、モデルは初期の92だから、古くて少し撃ち辛さがあるんだよな。もう5年前くらいから持っているし、整備や手入れはしているけど……)


 ナナはその裏で考えていた。


 普段なら、たいていの事件や事故にも興味のない彼が思考するなど珍しい、と思いがちではあるが、彼も人間であり、そして誰よりも敏感さを持っている。先の任務でのあの男。今までの任務であの二人が苦戦を強いられたのは何度もあった。だが、あそこまで強さを持つ者はいなかった。空を駆けながら逡巡の戦いを見ていた彼だからこそわかる。あのような標的や組織が今後出てこないとも限らない、再三再四出てきたらいくら一桁台の男のナナでも勝てるかは分からない。


「ナナ君、私たちは向こうでゴロ君の武器みてあげてるから、何かあったら来てね」


 コクっと頷くナナの顔は険しいものであった。


(しかし、どうしようか。あんな敵、ここから出てくるようなことがあれば、もう、勝てる保証なんてどこにもない)


 ここが一つの分岐点。


 そう思ったナナは歩いた、壁にいくつもかけられている銃たちを眺めて進む。心の中で銃の種類と性能、そして特徴などを知識の引き出しから取りだして、考えながら進んでいく。


(とりあえず、銃は二つにしよう。ベレッタ92FSとデザートイーグル。前者にはレーザーポインターをつけて、デザートの方には拡張マガジンにして……あとは、日本刀は使うのをやめよう、背負っているだけで疲れるし、ゴロと同じナイフにしてもらおう)


 自動拳銃に大型自動拳銃。後者の方はアサルトラフルAK―47に匹敵する運動エネルギーで発射し、NIJ規格のレベルⅡのボディアーマーを貫通する能力を持つ化け物級のハンドガンである。ナナになら簡単に扱える銃ではあるだろう。


「あの、所長。これでいいですか? あと日本刀はもういらないです」


 ちょうどゴロのナイフを決め終わった後、ナナは所長に声をかけた。


「ん、ナナか。分かった、これで、いいんだな?」


 所長の目は二つの銃にいく。


「あ、その、ナイフはゴロと同じのでいいんで」


「おー、そうか、分かった」

 




 そうして深夜3時、今日の任務がすべて終了した。

 所長には、先に帰っていいぞと言われ、ゴロとクハは泊まると言って、ナナは一人帰路に立っていた。


 ここで一つの疑問。


『帰ると言って、彼に家なんてあるのか?』


正解は……もちろん『ある』。


 あらすじで述べた通り、彼に親はいない。もちろん兄弟もいないし、親戚なんて人もいない。そんな彼の帰る場所は一体どこなのか。



 それが、その帰る場所というものが、彼の物語の始まりの場所でもあり、終わりの場所でもある。



 あなたはこの、彼の、彼らの、彼女たちの、人生とは、そして愛とは何なのか、その意味を見出す最悪の物語について来られるか。



 問おう、準備はできているか?


 問おう、心は正常に保っているか?  



 問おう、君にとっての正義とは?



 問おう、君にとっての愛とは?


 問おう、君にとっての世界とは?



 最後にもう一度、問おう。

 いや、これは死後に問うとしよう。




 「あなたは、彼を、私たちを、そしてこの結末を、悲しまないでね」



                             by 001

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