第二話「闘争と危機~やられ役で終わってたまるか~」

「待ちな」

 エンジンの爆音を伴い現れるは、二輪車に乗ったライダースーツ姿の青年。

 青年は颯爽と降車し、二者の間に割って入り着ぐるみの男と向かい合う。

 まるで、男から三治を庇うように。

「……」

 対する着ぐるみ男も微動だにせず、沈黙したまま銃を構え続ける。

「……」

 互いに向き合い、暫し拮抗状態。そして


「おっさん」


 沈黙を破り、青年が口を開く。

「ここは任せて、早く逃げな」

「へ? い、いいのかっ?」

「ああ……さっきの話、俺も聞かせて貰ってな。助けずにいられなかったのさ。

 夢を、叶えてくれ。あんたの夢は、俺達の夢だ」

「……お、おう。どこの誰だか知らねえが助かったぜ! あんがとよーっ!」

 青年に促されるまま、三治は闇夜に消えて行った。


「何のつもりだ、暴走族野郎」

「人助けさ、通り魔野郎。俺は弱者の味方なんだ、お前と違ってな」

「……あの男が何をするつもりか知ってんだろう?

 奴は確かに弱者だが、それ以上に悪だぜ」

「ああ。だが俺にとっちゃ弱者でしかないのさ」

 そうして、青年は自分自身について語り始める。

 曰く彼の名は日理阿多助太郎(ひりあたすけたろう)。

 リア充を滅ぼし不幸な男を救うべく日夜ヒーロー『ボンバー&セイバー』として活動している男だった。

「リア充なんてみんな不幸になりゃいいのさ。

 不幸な他人(おれら)を省みず、ただ利己的に生きてるクズどもなんだからな。

 クズの破滅は神の意思だ。そして俺はその代行者……つまり正義の味方ってわけさ。

 リア充に裁きを下し、非リアを救い、世界を正す。爆破と救済……ボンバー&セイバー、ってわけさ」

「……さっぱり意味不明だ。

 言語体系が違うらしいな。

……残念だが、どうやら俺らの対話は"こいつ"じゃなきゃ成立しねえらしい」

 着ぐるみ男は助太郎へ拳を突き出す。

 その仕草から助太郎は、男の意図をすぐさま察知した。

「へっ。俺ぁ構わねえが、お前はいいのかよ。

 そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ねえ。好きにするがいいさ。


 勿論俺は抵抗するがね――拳でっ」



 かくして戦いの火蓋は切って落とされる。




「へっへっへっへっ……ここだぁ。ここで間違いねえっ」

 一方その頃、三治は目的地に辿り着いていた。

「待ってろよぉ、お嬢ちゃん。サンタクロースのお出座しだあ!」

 三治は一切無駄のない動きで家に侵入し、予め調べておいた夫婦の寝室へ最短ルートで忍び込む。

 そして

「っへっへっへ……メリィー・クリスマァァッス!」

「ひっ!? あっ、な、ああ、っやあああああ!」

「な、何だお前――

「邪魔だぁ!」

「ぐごあっ!?」

 三治は大声で夫婦を叩き起こし、夫のカズヤを殴り飛ばし泣き叫ぶ妻アヤを追い詰める。

 最早警察を呼ぶしかない。

 カズヤはスマートフォンを手に取ろうとしたが、当たり所が悪かったのか上手く身体が動かない。

 少しでも無理に動こうとすれば、全身を引き裂かれるような激痛に苛まれて気が狂いそうになる。


「ぐへへへ……いい身体してんじゃねぇか。

 こりゃあいいガキ産めそうだなぁ~っははははははははあっ!」

「あぁぁあああ! 嫌あああ! 離してっ、離してよぉぉぉぉっ!」

「やめろっ……やめろぉぉぉ!」

 ベッドに組み伏せられたアヤが、寝間着を引き裂かれている。

 大の男をも一撃で殴り飛ばす豪腕に、非力な女が対抗し得る筈もない。

(くそ……なんて、ことだ……彼女が、あんな目に、遭ってるってのに……!

 なのに俺は……俺はっ、何もしてやれないのか……妻を助けることもできないのか……!)


 カズヤは歯噛みする。このままではアヤの身が危ない。


(俺は有り触れた男だ。

 無難にしか生きられない、つまらない奴だ……。

 だがそんな俺を、アヤは愛してくれたっ。

『そんな貴方が好き』だと言ってくれた……!

 あの時、俺は彼女に救われたんだっ!

 そして今、娘もできて、これからって時に、こんなっ……!

 何も、できないなんてっ!)


 アヤは勿論、別室で寝ている娘のアサコも心配だった。

 ここまで入って来た以上家のことは知り尽されていると考えるべきだ。ならば奴は確実にアサコも手にかけるだろう。

 そんなこと、あっていい筈がない。

 己を奮い立たせたカズヤは、決死の思いで立ち上がる。

 どれほど激痛が走ろうと関係ない。

 例えここで死んだとしても妻子を守り抜く。

 それが父親の使命だと己に言い聞かせ、足元に転がっていた杖を手に取る。

 カズヤが足を怪我した時、アヤが買い与えたものだった。


 幸いにも三治はアヤに夢中で、カズヤの存在を忘れていた。

 その隙に彼は男の背後へ忍び寄り、杖をスレッジハンマーの如く振り上げ

「っだあっ!」

 杖の持手(グリップ)部分で三治の頭部を薙ぎ払う。

「ぐぶえっ!? がばへあっ!」

 杖の一撃は予想外に凄まじく、床の上から引き剥がされた三治の巨体は軽く宙を舞い床に転げ落ちた。


「て、めえ……舐めた真似をっ」

「うるせぇ! 失せろ! 妻に手を出すなっ!」

「クソが、イキりやがって。力の差ぁてのが理解できねえか?

 よくねえなあ、そういうのは。

 一家の主なら賢く生きねえとよ……いざって時に家族を守れねえぜ?」

「黙れや、ボケが……てめーだけ保身に走れっかよ。

 いざって時たぁ、まさに今っ。

 目の前のゴミ片して、家族守んのが賢い選択って奴だろーよ」

「へ、言葉も通じねえか。

……たまたま、まぐれで俺をぶっ飛ばせたぐれぇで調子こきやがって。

……言ってわからねえアホなら、身体で分からせてやるしかねえなあ!」

「こっちの台詞だ。

 いや、焼却炉にブチ込んでやるよ。ゴミなら本望だろ?」

 カズヤは挑発し、杖を捨て身構える。

 勝算はない。だが既に手は打ってある。自分が死んでも問題はない。


(さあ来い、ゴミ)

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