香料準備フェーズ①

 朝食後、ステラはフラーゼ家の使用人であるマーガレットにより、邸宅の端にある多目的ルームに案内された。


「シスターステラ。昨日お買いになった物は、衣類以外全てこちらに運んでおりますわ」


「は、はい。有難うです」


 ステラはこの広い室内の様子に圧倒されている。

 大きな作業台と、その周辺に所狭しと並ぶ木箱に入ったハーブや果物。そしてステラの身長よりも大きな棚まで備えられている。本当にこの部屋を自分一人で使っていいのだろうか。

 ユックリと、作業台周辺を見て回る。

 木箱の中身は手前側に摘んだばかりと思われる青々としたフレッシュハーブ、そして奥側には乾燥状態のドライハーブがそれぞれ入っているようで、購入した店__産地別にもちゃんと分けてくれている。

 混じり合う濃厚なハーブの香りにニヤけてしまいそうだ。


 作業台の隣に置かれている棚には、色も形もバラバラな瓶や、コップ状のガラス器、そして正しい使用方法が全く分からないものまである。


(うーん……。この道具はどうやって使うものなんだろう?)


 底が球状だったり、三角錐型なのは、単なるデザインの問題なのか否か。


「あ、ついつい伝え忘れるところでした。そちらに置かせていただいている物は、フラーゼ家の研究所で使われている実験道具らしいですわ。後で研究者が来てくれますから、その方から説明を聞いて下さいませ」


 マーガレットは慌てた様子で言い、すまなそうに頭を下げた。


「良かったです。研究者さんが来たら、色々教えてもらいます」


「はい。休憩時には美味しい菓子をお持ちしますね」


 最後に嬉しい事を言い、彼女は退室していった。

 昨日の昼は彼女に対して苦手意識を感じてしまったが、ちゃんと話をしてみるとただただ明るく楽しい人だったので、好感度が上がりつつある。


 広い部屋に一人残されたステラは、声が良く響くのに気を良くし、聖歌を歌いながら棚の中をあさる。

 紙とインク、羽根ペン等を見つけだして部屋の入口付近まで戻る。


 多目的ルームに素材を運んでもらったのはいいのだが、昨日ジョシュアが大雑把な買い方をした所為で、どの様な物があるのか正確に把握出来ていない。幸い木箱の殆どには店や産地、ハーブの種類等が書かれているので、少々の手間でリスト化出来そうではある。


(えーと、フレッシュハーブはペパーミントとセージ、コリアンダーかな? これらは早めにエッセンシャルオイルを採った方がいい気がするなぁ。葉っぱがショボショボになったらフレッシュの意味がなくなっちゃうし)


 まずメモ用紙にハーブを始めとする素材の名称と、優先度合いを示す星のマークを書き込む。そして産地特定のため、木箱の外側とリスト内のハーブ名の横に紐付き関係がわかる数字を記していく。

 作業台をグルリと周り、リストにしたのは以下の品目だ。


 ……………フレッシュハーブ……………………

ペパーミント/ セージ/コリアンダー


 ……………ドライハーブ…………………………

ローズマリー/ ラベンダー/カモミール/ ゼラニウム/ベルガモット/コリアンダー


 ……………果物類………………………………………

オレンジ/レモン


 ……………水……………………………………………

(たぶん)綺麗な真水


 ……………アルコール類…………………………

ブランデー


 ステラはメモ用紙に『ブランデー』と書いてから「あれ?」と首を傾げた。


(昨日ジョシュアは無水エタノールとやらを使ってほしいって言ってたよね? 室内に無い……。あ、分かった! もしかして後で来る研究者さんが持って来てくれるのかな?)


 リストの中に無水エタノールを足すかどうか悩み、羽根ペンを彷徨わせたが、現物が来たらにしようと考えた。


 取り敢えず棚の中からコルク栓付きの黒っぽい小瓶をたくさん取り出し、作業台の上に運ぶ。

 ラベルを作って蝋で貼り付けておいたら管理が楽に出来るだろう。


 ステラは再び羽根ペンを手にとってチマチマとした作業を開始した。


「失礼しています」


 紙を切ったり、文字を書いたり等の作業に没頭していると、急に後ろから声がかけられ飛び上がる。


 目の前の事に集中している間に、誰かが入室していたらしい。

 慌てて振り返ると、長い金髪を緩くまとめたヘアスタイルをしている男性が木箱を抱えて立っていた。全体的にボサッとした雰囲気である。


「お……おはようございます……。入室していたのに気が付きませんでした」


 侯爵家の人間かもしれないので、ステラは取り敢えず頭を下げた。

 何か用でもあるのだろうか。


「ジョシュア様に言われて、参りました。フラーゼ家の研究所で働くタイラーです」


 名乗られて思い出す。マーガレットが後でから研究者が来ると言っていたのだった。


「修道女のステラです。お世話になりますっ」


「どうぞ宜しくお願いします。これ、無水エタノールです。作業台の上に置いて構いませんか?」


「はい、お願いします! 親切にどうもです!」


 タイラーはコクリと頷き、自分の木箱の中に手を入れる。そして作業台の上に透明なガラス容器に入った液体を十二本置いてくれた。ステラはそれを見届け、品目リストの中に無水エタノールと書き記した。

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