第7話 鷲獅子

  

「キィイイイッ!!」


「ぐッ!」


 甲高い雄叫びと共にグリフォンは翼を大きく広げると強風を巻き起こし、店内の調度品や家具を吹き飛ばす。


 陽路は咄嗟に吹き飛ばされそうになったクロを掴み取ると脇に抱き抱えながら身体を屈める。つい先程までは綺麗に整えられていた店内は気付けば災害に遭った後のように滅茶苦茶になっており、俺はその惨状に思わず顔を顰める。


「お前、なんてことをッ!」


「アハハ、ここは内だから店の物を幾ら壊しても現世には影響しないよ。そんなことより、ヒロくんは自分のことを心配した方がいいんじゃない?」


 雪芽が告げた瞬間、本能的に危険を感じた陽路は咄嗟に駆け出して店内から飛び出す。その直後、轟音と共に店内の壁を突き破ったグリフォンの姿が視界に現れる。


 恐らく店内を出なければ今頃、グリフォンの突進によって死んでいただろう。その事実にゾッとしながら陽路は少しでも距離を取るべく走る。


「クソッ!ふざけやがってッ!!」


 とんでもない相手に助けを求めしまった。安易に助けを求めた自らの迂闊さに後悔するが時既に遅し。


 戦いの火蓋は再び切られてしまった。


「また逃げるの〜?男なら正々堂々と戦ったら〜?」


 ボロボロの喫茶店から出てきた雪芽が嘲笑混じりに言ってくるが陽路は内心でうるせぇ、男も女もあるかと吐き捨てながら走る。何からグリフォンを従えている女の方が男より百倍ヤバい。


「そもそも隔世に入った時点で逃げ場は無いよ。まぁ、あくまで時間切れを狙うならそれもアリかもだけど……」


 バサリと大きく翼を広げたグリフォンが灰色空へと舞い上がると自動車の如きスピードで宙を滑空し、あっという間に陽路を追い越すとその進路を塞ぐように地面へと着地する。


「アタシのグリフォンはあんな虫なんかと違って速くて強いよ?」


「くッ!」


 態勢を僅かに低くして獅子の如く勢いよく迫ってくるグリフォンに陽路はクロを抱きしめながら咄嗟に横に転がって何とか突進を躱す。


 直後に衝突音と共にガラガラと瓦礫が崩れる音が耳に入り、恐る恐る振り返ると突進によってアパートの隅の部屋が破壊されていた。


 ————なんつー威力だ…。 


 土煙を翼で羽ばたかせて一瞬で散らすと突き破った部屋の中からゆっくりとその姿を露にするグリフォンの姿は喫茶店の時と言い、生身で建物に突っ込んでいるというのにまるで傷を負っている様子が無い。


 それどころか獲物を仕留められなかった為か、グリフォン放たれる威圧感が増しているように感じる。


「チクショウッ!」


 陽路はその威圧感に気圧されるようにグリフォンに背を向けると再び当てもなく住宅街を逃げ回る。


 けれどもグリフォンは陽路の小さな抵抗を無駄だと嘲笑うかのように空に飛び上がると空中から一瞬で陽路を見つけると一気に急降下して襲い掛かった。


「ひッ!!」


 上空から弾丸の如く迫ってくるグリフォンに走る陽路は悪寒とと共に急停止すると数歩先にグリフォンがコンクリートの地面をクッキーでも割るかのように容易に砕きながら着地する。  


 思わず恐怖で地面にへたり込む陽路をグリフォンは金色に輝く瞳に殺気を込めながら睨み付ける。


 ————どうする、どうすればいい!?


 伝承の怪物に睨まれた陽路の恐怖はピークに達し、ドクンドクンと心臓の脈動が速くなって呼吸が乱れる。思考が恐怖と不安、焦燥によって掻き乱されて頭の中が黒く染まっていく。


 ———分からない。どうすれば、このままじゃ殺さ———。


「ニャッ」


「ッ!」


 陽路の思考が闇で埋め尽くされそうになった時、カプッと抱き抱えていたクロが手に噛み付いた。その痛みによって陽路の頭を覆っていた闇が祓われ、思考が明瞭になる。


「ク、クロ…」


「シャッ!」


 陽路が思わず視線を向けると抱かれているクロはエメラルド色の瞳でこちらを睨み付けながら怒った様子で鳴く。まるでしっかりしろと言わんばかりに。

 

「………そうだな。ありがとう、クロ」


「ニャ」


 助けてくれたクロに感謝を告げた陽路は一度、自分を落ち着かせる為に深呼吸をすると再び眼前に佇むグリフォンへと視線を向ける。


 曰く、グリフォンは鷲獅子などと言われる西洋の幻獣の一種で非常に勇猛でその巣に財宝を隠し持つとされ、その強さはドラゴンさえも追い払うことができるという。


 なるほど、聞くからに恐ろしい。今、目の前に立っているだけでも身体は無意識に恐怖で震えるし自分一人で太刀打ちすることは難しい…いや、不可能だろう。


「舐めんなよッ!ワシ頭ッ!!」


 けれど、こちらにも仲間がいる。巨大な蟷螂の化物を相手にし、その前脚を食い千切った黒い猛獣がいるのだ!


「来いッ!シャド————えっ?」


 陽路は立ち上がるとスマホで前回の時と同じく黒豹シャドウパンサーの画面をタップしまくる。すると途端に抱えていたクロが輝き始め、その小さな身体が大きくなっていく。


 予想だにしない出来事を前にして驚愕する陽路は思わずクロを手放してしまう。けれどもその間にもクロの身体は大きくなっていき、やがて体長が100cmを超えた辺りで止まると光が消えてその姿を露わにした。


「えぇ?」


 その姿はまさしく前の戦いで自分を救ってくれた影豹シャドウパンサーの姿に違いなく、まさかクロが変身するとは思ってもいなかった陽路は唖然とした表情を浮かべる。


「キィイイイッ!」


「ガァァアアッ!」

 

「えっ、お前がクロだったの?マジで?」


 眼前に現れた新たな獲物を前にして雄叫びを上げるグリフォンに対して影豹シャドウパンサーことクロも負けじと威嚇をするように咆哮を返す。


 そしてその側で陽路は未だ影豹シャドウパンサー=クロという事実を受け入れ切れずに困惑した表情を浮かべながら自分のスマホの画面とクロの間で視線を行き来させる。


 けれどグリフォンは困惑している陽路など視界に入っていないと言わんばかりに翼を羽ばたかせるとクロを目掛けて襲い掛かる。同時にクロも向かってくるグリフォンを迎え撃つべく駆け出し、二体の距離は一瞬にして縮まり衝突した。


「ギィッ!」


「ガァッ!」


 

 クロは向かってきたグリフォンに飛び掛かるとその羽毛に覆われた頸部に噛み付き、対するグリフォンも両前脚の鋭く尖った鉤爪をクロの身体に突き立てて反撃を行う。


 激しく組み合う二体の戦いはクロの前脚による一撃をグリフォンが飛んで回避し、それを追うようにクロも跳躍したことで舞台を宙へと移行させる。


「やっぱりヒロくん、あの黒猫がモンスターだって気付いてなかったんだ」 


 一方で後方から陽路が驚いた様子でクロを見つめている姿を確認していた雪芽は彼が今まであの黒猫が自身のモンスターであることを理解していなかったことを察してきた。


 前回の勝利は本当に奇跡的なものだったことを再認識しながら雪芽は改めてグリフォンとクロの戦闘に目を向ける。


 翼を持つグリフォンが有利な空中戦へと移行したにも関わらず、クロは互角以上に渡り合っていた。空中で突き飛ばされてもどう言う原理か空気を———いや、よく見ればクロの足元に僅かに黒い靄のようなものが出現し、それを足場にすることでクロは態勢を立て直しながら再び宙にいるグリフォンに飛び掛かっている。


 ———やっぱりあの黒いの、ただの獣じゃないね。


 クロの強さを再認識しながら雪芽は視線を二体のモンスターが戦闘を繰り広げている真下にいる陽路へと向ける。

 

 戦場のど真ん中にいると言うのに呑気に自分のモンスターの応援を始めている陽路に思わず笑いそうになるを堪える。


 プレイヤーは基本的に自身がやられないように身を隠すなり戦闘に巻き込まれないようにある程度の距離を取って観察するのが定石なのだが、そこはやはり初心者と言ったところか。


 仮に何か強力なを持っているならまだ理解できるが、恐らく陽路は存在すら知らないだろう。


 このままやり合っても良いが折角ならばもう少し相手のモンスターの能力を引き出したい。そう考えた雪芽はスマホを取り出すとグリフォンのスキル1のボタンを押す。


「それじゃ、実力見みせて貰おっかな〜」


「キィイイイッ!!」


 雪芽がスキンボタンを押すと同時にグリフォンは一際大きな声で鳴くと組み着くクロを振り払い、翼を広げて一気に上空へと高く舞い上がった。そのままグリフォンは空中で大きく円を描き、その途中で緑色の輝きを纏うとそのまま陽路たちに向かって猛スピードで滑空してきた。


「おいおいおいッ!?」


 どう考えてもこっちに突進してくるつもりのグリフォンに陽路は焦燥感に塗れた声を上げる。逃げようにも文字通り飛行機の如きスピードで突っ込んでくるグリフォンから逃げ切るには間違いなく足の速さが足りない。


 もっと言えば仮に逃げても上空のアクロバットな飛び方からして多少、逃げた程度では捕まって追突されるのがオチだろう。


「ガルルッ!!」


「クロッ!?」


 焦る主人とは対照的に地面へと綺麗に着地したクロは素早く陽路の前に立つと足を踏み締めて迫って来るグリフォンを迎撃する構えを取る。


「お、お前大丈夫なのか?」


「ガウッ!」


 任せろと言わんばかりに吠えるクロだがどう考えてもこのままではグリフォンの突進を受け止め切れるとは思えない。しかし、逃げるには既に手遅れな状況に陽路はここぞとばかり脳をフル回転させて何か手は無いかを考える。


 ————そうだ、そう言えばスキルッ!なんかスキルボタンがあった!


 これがゲームという形式を取っている以上、基本的な戦い方もゲームと変わらないとすればスキルを使えば何か技が使えるのではないか?


 考えるや陽路はすぐさまスマホで影豹シャドウパンサーの画面を開き、スキルボタンへと視線を向ける。


 スキル1 モードチェンジ

 スキル2 黒獣夜影刃

 スキル3 黒影同化シャドウダイブ


 名称だけ見てもさっぱり分からないが、スキル1は既に発動済みでどうやら残っているのはスキル2か3のどちらかとなる。少なからずスキル2の方が名称から攻撃技っぽそうなので一瞬の思考の末にスキル2を発動させる。


「ォォオオッ!!!」


 するとクロが咆哮すると共に足元の影から闇が溢れ、その身体が覆われていく。そして気付けばクロは闇を全身に鎧のように纏うと左右の前脚から刃を生やし、口元に一本の黒く輝く剣を加えた。


 ———おおお、なんかカッコいい!


 武装を纏ったクロの姿に思わず陽路が感動するのも束の間、大きく翼を広げたグリフォンが閃光となって周囲の建物を破壊しながらいよいよ眼前に迫ってくる。


「よしッ!やってやれ、クロッ!!」


 対して陽路も武装したクロに真っ向からの迎撃を命じると地面を砕き、猛スピードで駆け出す。


「キィイイイッ!」


「ガァァッ!!」


 相対した二体の獣は互いに主人の敵を滅ぼさんと吠えながら襲い掛かる。前脚突き出して迫ってくるグリフォンに対して咥えた黒剣を振るう。 


「ぐぉおおッ!?」


 まるで爆弾でも落ちたのでは無いかと言う音と共に激突したグリフォンの鉤爪とクロの黒刃は火花を散らす。衝撃で空気が振動し、地面が砕け、近くにいた陽路は思いっきり吹っ飛ばされて近くの建物の壁に頭から衝突する。



 唸り声を上げながらも陽路がクロ達へと視線を向けるとクロが咥えた黒剣は真ん中から綺麗に折れて宙を舞っており、クロ自身も地面に倒れ込んでいた。


 ———まさか、負けた?



「キィイッ!?」


 最悪の事態が陽路の脳裏を過るが、思考を遮るように悲鳴のような鳴き声が耳に入り、慌てて目を向ければグリフォンがフラフラと不安定な様子で近くの建物に寄り掛かっていた。


「足が…」


 よく見ればグリフォンの左前脚の先端が綺麗に消えており、ボタボタと赤い血が流れていた。アイツのバランスが崩れていたのは先程の衝突によって前脚を一つ失っていたからのようだ。


「グゥゥ」


「クロッ!大丈夫か!?」


 そんなグリフォンの惨状を見ていると起き上がったクロがどこか苦しげな声を漏らしながら陽路の元へと近付いてきた。よくよく全身を見れば大きな傷こそ無いが、全身に細かい傷を負っている上に纏っていた闇の鎧も完全に消え去ってしまっている。


 満身創痍とまではいかないまでもやはり受けたダメージは大きいのだろう。


「やるね、その子。まさかアタシのグリフォンが負けちゃうなんて」


「……雪芽」


 後ろで手を組みながら現れた雪芽は負傷したグリフォンを見つめるとクロに対して賞賛の声を上げる。自身の相棒が負傷していると言うのにまるで意に返さない雪芽の様子に陽路は苛立ちを覚えながら睨み付ける。


「お前のグリフォンはやられたぞ。大人しく降参しろ」


「降参しなかったらどうするの?」


「どうするって……」


 ————どうすれば良いのだろうか?


 悩む陽路は前回、時間経過によって戦いに勝利したことを思い出す。別に彼女を殺す気が無い以上、とりあえず時間切れまで大人しくして貰うのが良いだろう。


「それなら時間切れまで大人しくしてて貰う」


「いいのアタシを殺さなくて?君をいきなり襲った相手だよ?今ならグリフォンも動けないし、殺るなら今だよ」


「お前と同じにすんな。人を殺す気なんてない」


 そもそも誰かを殺したいと思わないし、殺す度胸も無い。


「ふーん、やっぱり甘いね」


「何を……ガッ!?」


 そんな陽路の発言を嘲笑うかのように雪芽が呟いた瞬間だった。粘液を帯びた縄状の何かが素早く陽路の首に巻き付いて縛り上げた。


「ッ!」


「グリフォン」


 主人の危機に動き出そうとしたクロを雪芽の指示と共に先程まで弱った様子が嘘かのような俊敏な動きで翼を羽ばたかせてクロに飛び掛かると無事な前脚でクロの頭部を押さえ込む。


「これで形成逆転だね」


 首を絞められて苦しげな表情を浮かべる陽路に対して雪芽はそう言うと怪しく笑った。

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