第89話 六権会議③
たった一発で、この場の空気を完全に断ち切った俺の行動は、シンプルにいうならば猫騙しである。
具体的に言えば、《サウンドバニッシュ》と《レイズアップ》を組み合わせ、それを両の手に展開。発動と同時に両手を叩きつけることで威力を相殺させながらも、漏れた音が爆弾のように四散するようにしたものだ。
爆音で全員を一度黙らせようとしたのだが、思った以上の威力になった。至近距離で影響を受けた俺は軽く脳震盪を起こし、若干意識が混濁するほどだった。
こんなもの一種のテロだ。俺の中で、暫定呼称・《音爆弾》は封印が決定された。
とは言え、ここで俺が動かなければまた同じことの繰り返しになる。未だ吐き気の残る意識を保ちながら、言葉を紡ぐ。
「いつまで騒げば気が済むんだ。子供の言い争いかよ」
揺れる意識の安定を感じ取りながら、楕円卓に座る全員を見渡す。特に、先ほどから騒がしかった四人を重点的に。
ちなみにアイリス曰く、俺が体調の悪い時に他人に目を向けると、人殺しのような目に見えるのだそうな。全く不名誉な話である。
ともかく、そんな目でひと睨みすれば、大体の全員が緊張する。
「さっきから聞いていればなんだ。まるで会議が進まない。口を開けば揃いも揃って軍拡賛成だ反対だとばかり叫んで、挙句周りが口を出す権利がほとんどない事をいいことにベラベラと延々同じことばかりを繰り返す」
口調を荒め、四人に対して非難を浴びせれば、彼らは当然納得いかない。俺の言葉に反応を返してきたのは、予想通りギュスターヴだった。
「アルーゼ殿。発言の権利がない事を理解しているのなら、早急に口を閉じて頂きたい」
「権利? ンなもんあるに決まってんだろ。大体お前らだって、進行役のグランベルドに何かを言うでもなくギャーギャー騒いでいただろう。それに、今この場で俺を咎める奴がいない事を理解して欲しいもんだな」
チラリと横目を向ければ、薄く笑みを浮かべながら頷くグランベルドの姿があった。それを見て露骨に顔を顰めたギュスターヴは、不機嫌そうに沈黙する。
他の三人も、特に何を言うでもなく、静かに俺の言葉を聞いている。
「お前ら本当はなんの話をするためにここに来た? 議題に全くそぐわない軍拡の話ばかりして、肝心の事件については全く進展していない」
「アルーゼ卿、私たちは、件の事件に対応するための策について話しているのです。全く関係ない話ではなく——」
「黙れ、リゼラ。お前たちは事件に対応しようとしているんじゃない。事件を引き合いに出して、いつも通りの権益拡大のためだけに議論したいるだけだろう。そもそも既に事件が収束したと考えている段階で、既にお前たちは議題に則した話をしているとは言えないんだよ」
どういうこと、と言わんばかりの顔を浮かべるリゼラ。するとその隣から、一人の老人が挙手した。
「陛下、発言よろしいか」
「構わないぞ」
黒いローブを纏いながらも、対比的に長い顎髭を蓄えた老人だ。だがその立ち居振る舞いは、リゼラたちとは異なる厳かな印象を与える。
「アルーゼ卿、発言中ながら、割り込む事を失礼する」
「別にいい。それに、アンタの目からは聡明さが窺える。存分に現状を教えてやってくれ」
「かしこまりました」
丁寧に礼をする老人の隣から、リゼラが問いかける。
「どういうことですか? 事件が収束しているわけでないとは?」
「この事件は始まりに過ぎない、ということです。今回はあまりに異質で、厄介な事態となったのです」
すると、会話に割り込む形でフェルグスが老人に声をかけた。
「失礼ながらゼルフ法老。その異質さというのは何なのです?」
「ではフェルグス政務卿。今回の襲撃事件、主犯と呼べるのは一体誰でしょう?」
一見意味の分からない問いに、ギュスターヴが即答した。
「決まっているだろう。事を起こしたのはシルベスタだ。それを今更——」
「待て、ギュスターヴ卿。報告によれば、シルベスタ元第三王子殿下は精神汚染を受けていたというではないか。即ち、彼の意思での凶行とは呼べまい」
「凶行は凶行だライオット卿。主犯は奴で決まりではないか。仮に奴の意思でないというのなら、どこに責任があると言うんだ?」
「精神汚染の機会を与えたとして、監督不行届で我々や陛下だ。ギュスターヴ卿、貴方は自身や陛下を罪人とするのか?」
リゼラの言葉で、思わず言葉を詰まらせるギュスターヴ。奴の性格なら、自分の立場が揺らぐようなことを認めようとはしないだろう。
となると当然、残ったのは。
「残るは、悪魔やサイラス・クライスのいる魔界陣営、ということか」
「左様です。今回の事件の敵、つまり首謀者は、我々の想像の範疇を上回っている」
ライオットが答えを導く。その言葉で、全員の顔色が暗くなった。
さらにそれを裏付けるように、俺は補足して説明する。
「さらに言えば、俺が相手した悪魔アズメルクを使い潰しながら、敵は高等学舎の至宝を狙ってきた。敵はあれほどの戦力を使い潰せるほどに陣営の数が多く、まして犠牲を払ってでも奪いたいという意志が見える。それだけこちら側に意識的に干渉してくるとなれば、当然これで終わりだとは考えられない」
「敵の規模も不明、目的も不明と一切状況が明らかになっていません。これで終わりだとは考えてはならないでしょう」
ゼルフの便乗した説明で、会議室は一気に沈痛な面持ちとなった。この説明では、一見お先真っ暗な状況にしか聞こえない。
だが。
「それだけじゃない、って顔だね、アルーゼ」
クレオ兄さんが一言。表情に出ていたのか、兄さんだからわかる何かがあるのか、詳しい事は分からない。
その言葉に頷いて、肯定の意を示す。
「その通り。今回の事件で、明確になったことも少なからずある。例えば」
「敵には、無差別襲撃の意思がないと考えられるね」
アイリスが補足する。会議が俺のペースになったことで、それに慣れている二人の調子が復活し始めたようだ。
それはいいことだが。
「二人とも、会議中の発言は許可を取ってからな」
「「はーい」」
……わかっているのだろうか?
取り敢えず、この場で考える事はやめた。別に咎められたわけでもなし、これ以上口を挟むまい。
「とにかく、敵が何を狙っているのか、その大まかな概要と、敵陣営の一部の能力が知れた。これだけでも大きな進歩だろう。俺たちができるのは、これらの限られた情報の中で、敵の狙いが何なのかを考える事だ。敵が敵である以上、雑兵を増やしたところで大した意味はない。この場で議論すべきは、こういう事だと思うんだが?」
シーン、と静まり返る会議室。
静寂を打ち破ったのは、グランベルドの言葉だった。
「だ、そうだ。異論はあるか?」
誰からも反論が上がらないのを見て、グランベルドは満足げに頷いた。ギュスターヴも納得のいかないと言った表情を浮かべているが、その場で何かを口にする事はなかった。これ以上軍拡を言い進めれば、自分の立場が危ういと感じ取ったのかも知れない。
「では、今度こそ私が会議を進めよう。以降発言の際には挙手を」
それ以降、議題からずれた事を口にする奴はいなかった。軍拡については、当面は見送りとなったが、ギュスターヴは沈黙を貫いた。不平は口にしないことにしたらしい。賢明な判断だ。
悪魔の目的の調査や、軍事予算の上乗せなど、俺の出る幕ではない話が続いたことで、俺がその場にいる理由は最早無かった。
グランベルドがどこまで予期していたのかは、俺も謀りかねる。もしもギュスターヴの暴走まで視野に入れ、かつ俺を用いた議題の修正も見据えていたとするならば、とんでもない化け物である。そんな事はないと信じたい。
それから数十分。六権会議は、一時の波乱こそありつつも、それ以降はスムーズに進んでいった。
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