第87話 六権会議①

 グランベルドの一声で、一斉に全員が背を正す。為政者としての彼の姿は初めて見たが、成る程、確かにカリスマ性は高い。この場の全員に声を聞かせるその圧力は、国王としての権威をより強固にしているようだ。

 纏ったローブを払って、残った席に着く。その後ろに、ギルフォードも静かに立った。付き人は席の斜め後ろに立つものらしい。

 とはいえ、俺以外の全員は皆付き人を連れているので、俺以外の人間からすれば当たり前のことなのだろうがな。

 グランベルドは俺たちの面々を一瞥すると、一つ頷く素振りをみせる。そして全員の視線が集まったところで、口を開いた。


「今回の議題は、目下の最重要項目である、先の高等学舎襲撃事件についてだ」


 グランベルドが左手を上げると、一人のメイドが一礼して卓に近づく。そして、手に持った羊皮紙の冊子を一人ずつ配っていった。

 誰も口を開かないため、何も言わずに冊子を取って中身を見てみると、どうやら先日の襲撃の話のようだ。


「これが、現状王家が把握している事件の顛末だ。だがあくまで我々の知る情報のみなので、正確な情報であるとはとても言い難い。当事者なら、ズレがあることもよく分かるだろう」


 一連の話を目で追えば、襲撃者の正体については書かれておらず、シルベスタの死因も不明となってしまっている。そしてクレイウスの方については一切触れられていない。

 何かの思惑か、あるいは禁忌か。いずれにせよ、俺の判断では何かを口にしてはいけない状況だろう。ということで、俺は黙っておく。


「そこでまず、現場の一連の流れについて、クレイウス卿から改めて報告を貰いたい。この場の全員で、状況を確認しよう」


 全員の視線が、一同にクレイウスに集まる。国内でも数少ない《大魔導》としての英雄に寄せられる信頼は高い。

 彼の報告ならば、全員が納得し得るものとなる。そんな思惑が垣間見えた気がした。

 当のクレイウスはと言うと、うっすらと微笑みながらその場を見つめている。灰色の目は、まるで曇天を写すかのような輝きを持っていて、とても美しい。


 ——のだが、どうにも全く動く素振りがない。


 時折瞬きはするのだが、それ以外は一切不動。一種の大仏のようである。

 どうにも違和感しかないこの状況、流石に違和感を覚える者も出てくる。


「あの、クレイウス様? 如何なさいましたか……?」


 恐る恐る、と言った具合に、一人の女性が声をかけた。年は俺たちと同じくらいだろうが、席に座っているあたり、只者ではないと分かる。

 俺はなんとなく全てを悟り、右手を上げて指を鳴らす。それによって、《魔法破壊式キャスト・バニッシュ》を発動すると、クレイウスの輪郭がぼやけ始める。


 目は静かに閉じられ、大仏アホの首はしっかりと折れていた。


 グーグーといびきをかきながら安らかに眠る元大仏へ向けられるのは、完全な蔑視である。

 俺も蔑視を向ける側なのだが、流石に時間の無駄であると判断し、適当に髪に放火する。

 周囲からギョッ、とした視線で見られるが、燃やされている本人は暢気なもので、熱で目を覚ました。


「んん……なんか頭が熱いような……。何かしたのかい、アルーゼ?」

「そうだな。暢気な野郎の頭に光でも灯そうかな、と」


 その言葉を聞いた次の瞬間、毛髪の一切を炭にして今度は頭皮まで燃やそうとしていた炎が掻き消える。そして触手のようにワサワサと髪が生えなおした。


「君さ、やってもいいことと悪いことがあるだろう?」

「いや別に。たかだか髪の一本や二本。消えたところでどうとも思わないが」

「一本や二本どころじゃなくて全部炭になったんだけど!? 一体どんな成長を遂げたら、そんな酷いことを平然とやる性格になったのさ!?」

「どうでもいいが育ての親ならそこにいるぞ。あと、色々聞かれてるからとっとと答えろ」


 一見すればただの迷惑な男。育ての親は両の手で顔を覆っているが、別に嫌がらせだけでやったわけではない。

 チラリと横目に見るのは、音もなく黒いナイフを持ち出したメイドである。手の指くらいなら何本か持って行く気だっただろう。

 もちろん、嫌がらせの意味も十分にある。だからこそ、イデアが驚きで硬直するであろう行動をとったのだ。

 ちなみに以前聞いた話によれば、クレイウスが魔法で痛い目に合うのは日常茶飯事だと言うことで、今回もその一つでしかない。哀れ。

 ともあれ、手段はともかく目的は果たしたわけである。クレイウスは即座に周囲を見渡し、手元の資料を軽く見た。どうやら状況を把握できたらしい。


「なるほどね……。つまり、僕が事件について詳しい説明を求められているということだね」

「その通りだ。言われてからおよそ三分たってからの反応に俺からの信頼は摩耗する一方だ」

「ハッハッハ、何を言っているんだい。君が僕に寄せる信頼なんて爪の垢ほども無いくせに」

「残念だったな、俺のお前への信頼は、お前が持つ慈愛の念程度だ」

「つまりほぼ皆無ということだね。よろしい、ならば戦争だ」

「戦争なら帝国でやってくれ。ともかく、クレイウス卿、説明を」


 一分にも満たない宣戦布告までの流れについていけたのは、俺たちの行動に慣れているグランベルドくらいだった。

 自分で言うのもなんだが、俺ほどの暴れ馬を繋いでおく統率力は中々のものである。

 ちなみに余談だが、《大魔導》への敬称は定まっていない。グランベルドが公の場で口にするのは「卿」だが、「様」でも「殿」でも構わない。なんなら無くても構わないのだが、流石にそうは問屋が卸さない。

 グランベルドの言葉で冷静さを取り戻した俺たちは、大人しく口を閉じ、クレイウスの言葉に耳を傾けた。


 俺と話をすり合わせたクレイウスの報告は、一切の穴もなく完璧な仕上がりだった。

 だが、《櫃石》については「高等学舎の至宝」と誤魔化していたため、それには触れない方向で話を持っていく気なのだろう。それに合わせて俺も言葉を選ばなければならない。

 報告の終わった議場には、暫しの沈黙が流れた。悪魔の降臨、シルベスタの死因。受け入れ難い情報ばかりが追加されていくからだ。


「そう、か……。報告はそれで終わりか?」

「はい。これが一連の事件の真相です」


 グランベルドの問いの回答に、真っ先に疑問を呈したのはギュスターヴだった。


「少し宜しいか」

「構わない。ギュスターヴ卿」


 グランベルドからの許可を貰い、ギュスターヴが発言する。


「軍務卿、ギュスターヴ・バークレイだ。アルーゼ卿に質問がある」


 ……ふむ。

 今の状況で、俺に質問を向ける必要性はない。報告だって、クレイウスが行ったのだ。俺に質問する理由がない。

 あるとするならば、俺が何かを口走ることなのだろうが……まあ、こうも言われた以上質問に答える義務が生じる。慎重に向き合うことにしよう。


「回答は内容による。それでいいなら答えよう」

「できるだけ詳しく教えてほしい。報告にあった悪魔という存在は、どれくらい強かった?」


 なんともアバウトな質問。答えにくいし色々とバラすと面倒だ。気を引き締めて答える。

 そもそも「強さ」の基準が曖昧だ。強さとは何か基準となる一点から比較して得られるものである。

 となると、まずはそこからだな。


「そうだな。別に俺からすれば、相当なものだったとは思うが……誰が戦うかによっても変わるだろう。こればかりは相性だ」

「なるほど。では間違いなく、強敵ではあったということでしょうな」


 ニヤリと、生体情報を知れる俺でなければ見逃しかねないほど僅かに笑みを浮かべたギュスターヴに、俺は失敗したことを瞬時に悟った。

 どこかで「取るに足らない」と思い込んでいるような言い回しだが、それはそれ。

 例えばアズメルクが相手なら、レヴァンあたりが相手取ると俺よりも善戦するだろう。奴の《魔神器》、《腐死の鰲棘イヴェラカルス》は、大気中の魔力を吸い上げて自身の再生力に上乗せする特性を持つので、魔法を制限して戦う方が楽である。

 だが、恐らくギュスターヴが狙っているのはそこではない。いや、正確には、

 案の定、奴は温めておいた策を披露するかのように、声を上げた。


「アルーゼ卿ほどの方が警戒するような敵が相手。となれば必然、我々への負担はさぞ大きくなることでしょう。

 陛下、我々軍務省は、他省の速やかな軍備拡張への尽力を求めたい」

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