第73話 極致 VS大悪魔アズメルク①

※アルーゼ視点



「《悪雲の帳ダーク・ネビュラ》」

「《聖極十字衡ディヴァイン・クロス》!」


 闇と光が衝突を繰り返し、溢れ出る魔力の残光が、闇の欠片と混ざり、空間を埋め尽くす。

 俺の魔法の数々を、悉く魔法で打ち消しながら、悪魔は俺の命に肉薄する。

 ゼルクレアとの戦闘時は、その巨体から動きの制限も多く、機動力で上回ればよかった。だが今回は、敵の方が機動力で上回っている。

 地上に生きる人間を、無理矢理魔法で空中に浮かせているだけであり、本来飛行するものである悪魔に機動力では敵わない。ヘリコプターが鳥の機動力に追いつけないのと同じだ。

 だから俺は、一撃の威力で勝負に出るが、これも勝機は薄い。と言うか実際、魔力量だけで言えば悪魔の方が多いだろう。

 そう、この悪魔は、俺と性質が酷似している。どちらかといえば上位互換だ。

 だが、何も本人のスペックだけで、勝敗が決まるわけではない。地理的要因、環境的要因、そして持つ得物の要因。戦闘とは、あらゆる物事の総合的な実力と偶然によって、勝敗の左右されるものだ。

 ゲームと一緒だ。戦術的行動で相手の上に出られないのなら、対処的行動で上に出ればいい。


 ……と、戦術は練るのだが、うまく思考がまとまらない。前日からの不調がたたったのだ。

 栄養不足で基本スペックも落ち、それを補わせたのは間に合わせの栄養剤。体の怠さも抜けきらず、万全とはあまりに言い難い。

 しかも敵は強大。《天地を穿つ神の鉾アメノヌホコ》を撃てば大地が融け、校舎にいるすべての人が蒸発する。そんなことは避けなければならない。

 加えて、この最悪の状況でも援護には期待できない。前述の通り敵は強大、戦えるのは俺かクレイウス、ゼルクレアくらいだろう。

 だがクレイウスはこの場にいない。どこに行ったのかは知らないが、ともかくこちらには来られない。

 ゼルクレアは論外だ。一挙手一投足で地形が変わるものを解き放てば、それこそこの場の人間の殆どが死ぬ。

 俺の分が悪すぎる。まさに最悪の展開だ。


 だが、俺はそんなことでは諦めない。


 身体能力の強化を上乗せし、近距離戦に持ち込む。魔法ではなく剣で戦うという戦法に、悪魔も若干焦りを見せた。

 懐に入り、魔力を放出。刀に魔力が溢れ、発光する。


「《そうせいげき》!」

「チッ——《無明結牆カオス・プレート》」


 光の集う魔剣を、闇の障壁で防ぐ。刀から伝わる衝撃は、《霊神刀》で斬ったとは思えないほど硬い。

 同時に悪魔は、《悪雲の帳ダーク・ネビュラ》を発動。俺を強引に引き剥がす気だ。

 しかし易々と引き剥がされる俺ではない。素早く左の杖を突き出し、展開されて広がっていく《悪雲の帳ダーク・ネビュラ》に杖の上端を突きつける。


「《絶対零度アブソリュート・ゼロ》、《重奏光霓砲クロッシング・レイ》!」


 二つの第六階梯魔法が発動。展開されていた闇そのものが凍りつき、放たれた複数の光線が凍った闇ごと悪魔の体を貫く。


「グッ……!!」


 強大な悪魔といえど、流石に堪えた様子を見せる。貫かれた箇所を庇いながら、素早く後退する。罠の可能性を考慮し、追撃はやめた。

 貫通痕に闇が結集し、傷口を埋める。闇が晴れれば、傷跡すら残らず穴が埋まった。


「なるほど。流石にこれは強烈ですねぇ。あなた、本当に人間です?」

「さあな。確かに人間だが、もしかしたら俺がそう思っているだけかもしれん」


 あながち嘘とも言い切れない回答を返しておく。人なのか魔獣なのか、はたまた龍人みたいなものなのか。今の俺はあまりに曖昧な存在だからな。

 だが、先の攻防で悪魔は警戒したらしく、迂闊に攻撃はしなくなった。そしてこのタイミングで、校舎からアナウンスが聞こえてきた。シルヴィたちが上手くやったらしい。

 そして同じくアナウンスに気が付いた悪魔も警戒したようだ。恐らくは早期決着に切り替えたな。


「あちらはそろそろ終わりですか。では私も、少しばかり本気を出すとしましょうか。来なさい、私の魔槍よ」


 突如、空間が裂けた。

 先ほど開けた大穴同様、その先を見通すことのできない暗闇で包まれた空間の裂け目。そこから、見たこともない歪な棒状のものが出てきた。


「お逝きなさい、《◼️◼️◼️◼️◼️イヴェラカルス》」


 再び、俺には理解できない声が聞こえた。だが何故か、理解できないはずなのに意識できてしまう。

 ——そうか。


「これが、星の言葉ってやつなのか」


 理解できた。俺の中には、契約したゼルクレアが存在している。こちらに意思を告げたりもするが、何故か言葉の隔たりはなかった。

 それはそうだ。この星、この世界において、神が定めたのなら当然だ。

 理解したのではなく、感受したとでも言うべきなのか。不思議な話ではあるが、この場で考える話ではないだろう。


 歪んだ黒槍からは、昆虫の脚のような枝のような突起物が複数生え、穂の根本には眼球のような物体が存在している。絶え間なく闇が漏れ、空気全体が震えている錯覚すら起きるほどだ。

 そして全身に伝わる嫌悪感。俺の魂とでも呼ぶべきものが、それの異質さを感じ取っている。

 悪魔はその槍を、今もなお異形を吐き出し続ける黒穴に投下した。空間の裂け目に、グサリと刺さった黒光りするそれが、どす黒い闇を吐き出す。


「《◼️◼️◼️◼️◼️◼️ディボロスイーラ》」


 最早俺の知る言葉ではない言葉が吐き出された途端、湧き出でかけていた異形がビクン、と痙攣する。

 ボコボコと気持ちの悪い音を出しながら、異形が膨張し、巨大化した。気配はさらに濃密になり、嫌悪感も乗じて跳ね上がる。

 直後、大型になって凶暴化した獣のような異形が、校舎の壁に頭部を差し込んだ。そのまま一度吼えると、その状態で横に移動し始める。誰かを追いかけているのだ。

 俺は素早く《裂光刃》で一刀両断する。更にこれ以上校舎に近づけないよう、結界も張っておく。だがそれを悪魔が見逃すはずもなく、その魔槍で俺を貫こうと突き出してきた。

 回避が難しいので、《メイクサーヴァント》を用いて囮にする。非道と言われようが、所詮は俺から作られた魔力で編まれた人形だ。

 小型の使い魔はしっかりと囮の役目を果たし、その魔槍にて貫かれた。すると、使い魔の体から小型の蜈蚣ムカデのような節足動物が肉を食い破って這い出てきた。外に出た瞬間に霧になって消えたが、恐らくは呪詛の類なのだろう。

 蜈蚣と呪詛と言葉が並ぶと、連想するのは蠱毒だ。今度やってみようか。

 槍の性能を理解したところで、刀での迎撃を敢行する。悪魔の槍と俺の刀が衝突を繰り返し、魔力が辺りに撒き散らされる。密かに俺はそれらを回収し、操り、魔法式を書き出していく。

 牽制に《ブライトランス》を数百本。一斉に放つ。その隙に四肢の先端に起点を設置しておく。

 悪魔は防御することなく、予想通り槍を突き立て一点突破。こちらに鋭い一刺しを向けるが、《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》にて受け止める。突然に発生した壁に動揺を見せた瞬間、空間から魔力をかき集めて作り上げた、新作の魔法を発動する。


「《白銀世界ホワイトアウト》」


 無数の冰塵が空気中に展開され、渦を巻く。螺旋を描いた吹雪の収まるところは最早ない。

 ホワイトアウト。ほんの数メートル先も見通せないほどの猛吹雪。《紅蓮地獄ブリザード・ストーム》の改造魔法であり、第七階梯魔法に到達する魔法だ。

 視界を覆う鋭い氷が無数に回転し、中にあるものを切り刻み続ける。例えるならばフードプロセッサーだ。内容物が粉微塵になるまで、その斬撃は終わらない。

 校舎の防御は若干不安が残る。だが先ほどから聞こえていたアナウンスを信じるしかない。最早魔法の轟音で全く聞こえないが、対応してくれるはずだ。


 だが、その時だった。


「——なるほど。これほどの威力の魔法。素直に称賛いたしましょう。ですが、相手が悪かった。私には……意味がありません」


悪雲の帳ダーク・ネビュラ》で《白銀世界ホワイトアウト》を掻き消して、悪魔が姿を現した。その体には傷一つ付いていない。

 肉体の強度が跳ね上がっている。シルベスタの屍に乗り移っただけではないらしい。悪魔の肉体に相応しく、相応に改造されたということか。

 悪魔は真っ直ぐに校舎へと槍を向ける。そして槍の穂先に闇を凝縮させ——


「——ッ!! いな——」

「ったりめーだろ」


「いない」と口にした悪魔の言葉を肯定する。無論、そんなところに俺がいるはずもなかった。そして悪魔は、俺の一声でその位置を見出し、天を見上げる。

 だが遅かった。既に振り抜かれる直前。曇天を見上げる悪魔の面に、俺の刀は魔力を宿し、オリジナルの魔剣を放っていた。


「《星撃衡ジ・アストラ》」


 蒼銀に煌く刀が振り抜かれる。その一撃はあまりに容易く、悪魔の強固な肉体を切断した。

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