第71話 奮戦

※シルヴィ、及び生徒会視点



 背後で爆発的な魔力が衝突し合うのを感じ取りながら、シルヴィたち一行は駆け抜ける。

 走りながらも息を切らさず、リディアがシルヴィに問いかける。


「それで、初動はどうする?」

「……状況を確認するには、まずは情報収集に徹したいけれど、それを待ってくれるほど、連中は甘くないわね」

「生徒会室に寄るよりも、直行で放送室に向かった方が良い気がするっス」


 ゼルクの提案に、アキネも冷静に頷く。


「私も賛成ね。この状況を打破するには、策を徹底させないといけない。指示は早い方が良いわ」

「基本的にはその通りなんだけど……リディアはどう思う?」

「私は皆に合わせるけど、強いて言うなら、先に生徒会室に寄るべきだと思う」

「どうしてっスか?」


 今までとは異なった意見に、ゼルクが問いかける。リディアは周囲を警戒しながらも、しっかりと回答した。


「作戦自体の精度を上げるためよ。誰をどこに配置するか、どこで何が起こっているか。地図か何かを用意した方がいいと思うの」

「確かに。ただ、そうなると指示が間に合わなくなるかもしれないし……」


 シルヴィの懸念は、実に正鵠を射ている。悪魔の生み出した黒い門から出現する魔性によって侵攻され、現在行えているのは対処に過ぎないからだ。

 将に欠く軍に勝機はない。この状況を打破すべく、まず情報収集が不可欠である事は容易に理解できる。指揮を担う上では、どちらも重要なのだ。

 故に、悩み抜いた末にシルヴィは決断する。


「……生徒会のメンバーを二つに分けましょう。一つは私、一つはリディアと、各もう一人で分ければ丁度いいんじゃない?」

「了解。じゃあ、私はアキネと組むから、シルヴィはゼルクと組んで。二人もそれでいい?」


 的確にかつ素早く、リディアが二人を分ける。基本的にシルヴィが放送室に籠城し、リディアが生徒会室へと向かうことになると踏んでの判断である。

 リディアは幼い頃から、アルーゼの背を見て育ったため、実力への理解が深い。そしてクレイウスなど、師事した人間もまた人外級に強い。

 そんな環境で彼女が会得した技術が、戦法まで把握した戦闘想定。簡単に言えば、敵の強さや動き、対抗手段など、あらゆる戦術的行動を理解するものだ。

 膨大な魔力量からの圧倒を得意とするアルーゼやゼルクレアとは異なり、リディアの戦法は実に堅実だ。相手への対策を完全にして確実に倒す。

 敵の情報、味方の戦術、得意分野や不得手な行動。隅々まで把握した彼女の組み立てる戦術は、もはや軍師の域に達する。それは学舎内でも度々見受けられ、また三人も知っていた。

 故に、リディアの組み立てた策ほど信じられることはない。


「もちろん。私も全力で暴れさせてもらうよ」

「んじゃこっちは、会長の身を守る盾っスね。篭城戦は得意分野っス」


 シルヴィも頷き、作戦を指示する。


「了解。このまま放送室まで直行して、そこで二手に分かれましょう。行くわよ!」

『了解!』


     ——————————


 放送室にて二手に分かれた生徒会メンバーの内、シルヴィたちは放送室にて奮戦していた赤髪の少年と合流する。


「あ、会長! 待ってましたよ!」

「ごめんなさい、セイル君。放送室、守り抜いてくれてありがとう!」


 高等学舎の放送室。舎内放送などで用いられる施設で、アナウンスなどにも使われる。

 だが緊急時には、別に舎内全体への指揮を担う役割も持っている。《ブロードキャスト》や《レシーバー》など、伝達用の魔法技術の粋を結集した、舎内全体を見通す中心である。

 ここの起動が許されているのは、生徒会メンバーと教職員のみ。しかも教職員も、今はあちこちの現地対応に追われ、さらにクレイウスはどこかに雲隠れしている。そんな状況では、教職員がこちらを優先することができないのは明白だ。

 したがって、放送部部長のセイル・バークレイはひたすらに部屋の防御に徹していたのだ。まさに英断。ここが落とされることの危険はよく理解していた。

 そして、ここからの役目はシルヴィである。


 スイッチを押す。放送室の奥には、壁と同化した隠し扉があり、その扉の奥には、多数のガラス盤がはめ込まれた画面がある。その下には各種機材とパネルがあり、このモニターが機能を支えている。

 スイッチを押し、パネルに手を当てて魔力を流す。指定された魔力パターンから使用権限を入力し、起動する。

 シルヴィ自身も、この装置は起動方法についてのみ聞かされていたため、実際に使用したことはない。無論、使用しないに越したことのない設備ではある。

 起動した大魔導具は、やがて次々と画面に光を映し、舎内の至る所を映し出す。そうすれば、奮戦する教職員や逃げ惑う生徒の姿を一様に見られる。リディアたちが奮戦している様子も窺えた。

 その光景を見て、セイルは思わず息を呑む。


「……凄い。高等学舎の中に、こんな設備があったなんて」

「かなり古いものらしいけどね。それでも私たちは理解することもできないけれど」

「理解できるとしたら、解析と分析大好きなアルーゼ様くらいだと思うよ」

「私もそう思うわ。……さて」


 壁にかけられた魔道具を持ち、頭部に装着する。耳当てを丁寧にあて、右側の耳当てから伸びた棒状の物体の先端を口元へと移す。

 名称すら分からないが、使い方だけ伝えられているという、古代の遺物。《古櫃具アーティファクト》と呼ばれる代物だ。

 ちなみに、アルーゼの最初の授業の時に使ったものとは別物のイヤーセットマイクである。そちらはアルーゼの自作だ。

 パネルの前に立ち、息を整える。ここからは予断の許さない状況だ。失敗は即人命に関わる可能性があるくらいだ。

 心を落ち着ける。息を整える。冷静に。リディアたちが戻ってくるまでの間、均衡を保つ。戦況を維持し、避難を誘導する。

 やることは多い。だからこそ、不退転の覚悟を持つ。

 最後に深く深呼吸。そしてマイクのスイッチを押し、伝令を出すべく、声を上げた。


「皆さん、生徒会長のシルヴィ・アドリアナです。アルーゼさんに代わり、私が指揮をとらせて頂きます。現在——」


     ——————————


「お、始まったっスね」


 放送室前の扉。それを死守すべく、ゼルクはダガーを片手に立ちはだかる。

 付近には既に何体もの死体が転がり、賽の目に切られたその体から血を滝のように流している。

 ゲートが開き、奴らが這い出てきた時は、恐怖で周りが見えなかったが、冷静になってみればそれほどの脅威にも感じない。シルベスタと悪魔のインパクトが強すぎたのだ。

 流れ始めた指揮のアナウンスを聞いていると、右側の廊下から異形の巨躯が姿を現した。人のように二足で動きながらも、頭部には斜めに裂けたような口がついている。

 怪物はその口に笑みを浮かべ、突進する。脆弱な人の身を引き裂こうと——


「——なーんて、思ってるんでしょうけど」


 次の瞬間、頭部に網目のような血線が浮かぶ。そして飛び出した巨躯を擦りながら地面に落ち、賽の目状に切り裂かれた。


「《スパイダーウェブ》。僕の固有魔法オリジナルっス。残念っスけど……ここから先、アンタらは一歩たりともはいれはしない」


 まるで暗殺者アサシンのような眼を浮かべながら、切り裂かれてなお痙攣する異形を睥睨した。

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