第69話 顕現

 やはり、生徒会メンバーと俺が一緒にいると、否応なしに目立つらしい。昼休み真っ只中、視線が多いのは仕方ない。

 多くの視線に晒されながらも、今日は珍しく視線にあまり気を取られなかった。何故なら、リディア達と自然な会話で盛り上がっていたからだ。

 我が妹は生徒会において副会長の座に立つエリート中のエリート。四年間の高等学舎の生活の中、リディアは三年生にして生徒会入りを果たしたという。

 シルヴィは前生徒会からの持ち上がりで、アキネとゼルクは今年になって入ったようだ。


「高等学舎において、生徒会に入ったというのは、かなりの名誉なんですよ」


 というのはシルヴィの解説。俺の場合は国からの栄誉を受けている人間なので大した話には聞こえないのだが、他人からすればかなりのことらしく、上級生からも評価を受けているようだ。


 そんな妹の栄誉を聞いているうちに、校門が見えてきた。しかも何やら人が集まり、ごった返している。

 だがしかしそこは生徒会。俺たちの到着に気付くと、自然と道が開けていった。

 校門の前に止まっていたのは、一台の黒塗りの馬車だった。シックながら気品のある目立たない装飾から、すぐに王家のものだと分かった。

 そして唐突に、全身に悪寒が走った。

 クレイウスからの警告と、王家の馬車。となれば、この馬車の中にいるのは必然的にあの男だ。

 馬車から御者が降りて、馬車の扉をゆっくりと開く。そして誰の手も借りず、悠々と男が降り立った。

 瞬間、その場が緊張で満たされたのをはっきりと感じた。本能的な恐怖。串刺しにするかのように鋭利な視線を、俺は一心に受ける。

 黒の馬車から降り立ったのは、白のマントで身を包んだ青年。痩せぎすで美しい金髪なのに、その気配は他の王族とはあまりにかけ離れて邪悪だ。

 剣呑な雰囲気の中、その男はしっかりと俺に視線を向け、睥睨した。


「久しぶりだな、アルーゼ・エインフェルト」

「しばらく見ない間に、随分と変わり果てたもんだな、シルベスタ」


     ——————————


 まさに一触即発。今にも爆発しそうな核と対峙するような場に光明をもたらしたのは、シルヴィだった。


「ようこそお越し下さいました、シルベスタ・フォン・フレイヴィール第三王子殿下。生徒会会長を務めさせて頂いております、シルヴィ・アドリアナと申します」


 優雅に一礼。この場において、最も恐怖しているのは彼女だろうに、それを必死で隠している。

 リディアすら飲まれるこの場面で口を挟めるその胆力と精神力は、確かに一つの才能の域だ。

 だがシルベスタは、彼女の挨拶を一切興味を向けずに告げる。


「貴様が口を開く場ではない。それに、俺がこの場にいる目的は、凡そ見当がついているのだろう」


 そう言い切った次の瞬間、空間に数百もの魔法式が展開される。

 咄嗟にシルヴィを背に隠し、前に出て《アクセラレート》を展開。

 魔法が発動。シルベスタの展開した数百にのぼる《ブライトランス》を、俺の緊急展開した《ウィンドウォール》によって防御。衝突し、爆発する。

 そこでようやっと我に帰った生徒達が、大慌てで騒ぎながら逃げ出した。まさに蜘蛛の子を散らすように、一斉に散開する。

 生徒会のメンバーは警戒して後ろに下がり、各自武器を構えて臨戦態勢に。切り替えが早い。

 俺の背後にいるシルヴィが、物怖じせずにシルベスタに問いかける。


「突然何をするのです! ここは高等学舎。貴方が攻撃できる理由はありません。一体何をしに来たのですか!」

「……何をしに、だと?」


 魔法の残滓が散りながら視界が晴れる。そして少し間を開けて、シルベスタが珍しく問いに応じた。


「簡単だ。俺はただ、憎きアルーゼ・エインフェルトを叩き潰しに来たのさ!」

「ならば貴方は排除すべき敵。拘束させて頂きます!」


 そう宣言すると、俺の後ろから離れて右手を翳す。リディアも細剣を引き抜き、アキネは太刀を抜き、ゼルクはダガーを構える。


 だが次の瞬間、シルベスタはニヤリと笑みを浮かべると、視界から掻き消えた。


 視界から姿を消したシルベスタに、シルヴィが一瞬困惑する。そして次の瞬間、狂気の笑みと共に黒の手袋を右手に付けたシルベスタがシルヴィに肉薄する。

 しかし、俺がその右手首を捉えて動きを封じる。ピクリとも動かなくなって再び現れたシルベスタに生徒会メンバーが困惑する。


「え、何が」

「いいから黙って離れろ」


 シルヴィの呟きに、俺は静かに言葉をかける。

 直感だが分かる。今のコイツは、彼女達には荷が重い。


「……フン。相変わらず良い動体視力だな」

「そりゃどうも。お前だって、随分と人間離れした動きをするようになったな?」


 互いに挑発する。だが俺の言葉は一抹の真理を得ている。


「その動き。その魔力。お前、違法薬物に手を染めたな」

「……ハッ。余裕の多い奴だ。遅延起動ディレイ・キャストで入念に準備した三百の《ブラストランス》を、省略起動クイック・キャストで防ぎ切るお前の方が、薬を疑いたくなるぞ」


 俺の拘束を振り払い、シルベスタが距離を取る。

 違法薬物とは、文字通り裏社会で出回る危険な薬物だ。その効果は、使えない領域まで魔力回路を強制的に開き、能力を極限まで増加させるというもの。ただし麻薬同様に肉体へのリスクが高く、人体にはとても有害である。

 そうまでして、この男は俺の命に食らいつくというのか。


「《ヘルズフレア》!」


 シルベスタが炎系統の第五階梯魔法を発動。黒炎が周囲に展開され、俺の周囲を焼かんと迫る。

 俺は懐かしき《大凍零平原ブリザード・バーグ》で《ヘルズフレア》を難なく阻止。同時に《グランドスプリット》を発動。地割れを生み出し牽制する。

 シルベスタが高く飛んで回避。同時に《エンペラーブロウ》で攻撃してくる。俺は《ストライクエア》にて《エンペラーブロウ》を相殺、同時に《アイシクルラッシュ》で氷の地面から氷柱を創成し、シルベスタ目掛けて発射する。

 シルベスタはそれを体術のみで躱し、距離が開く。

 殆ど動いていない俺とは違い、シルベスタは肩で息をしている。魔法の技術と魔力の総量が生み出す彼我の実力差が如実に現れる。


「ハァ、ハァ、ッ! ここまでしても……、まだ力不足とは……。これはいよいよ、人間では勝てないか……」

「諦めろ。お前が俺に勝てる可能性は微塵もないんだからな」


 地に膝をつくシルベスタを、俺は天空から睥睨する。地に伏すもの、俺と対峙した時のゼルクレアから見た景色は、きっとこういうものだったに違いない。

 すると、シルベスタは蹌踉よろめきながら立ち上がり、懐から何かを取り出す。


 それは、一本の短剣だった。


 だが同時に、俺は全身を貫く怖気を覚えた。その漆黒の刀身に写る景色に写るものが、ただ虚空のみだったからだ。

 次の瞬間、シルベスタが短剣を自らの左手に突き刺した。流れる血を啜り、漆黒の刀身から赤い煙がたつ。

 瞬間、俺は飛び出した。理由は簡単、あのおぞましい何か・・を使わせてはいけないと、本能が叫び出したからだ。


「《黒の理、万象の影、満ちて鎖せ、我らの門》」


 シルベスタが呪文を紡ぐ。その瞬間、黒い煙がシルベスタの周囲を覆い、その姿を完全に隠す。その異変に、生徒会メンバーが反応するが、恐怖で全く動けていない。


「《狂え、狂え、狂え。汝は狂気、汝は黒、汝は憎悪にて悪鬼たる凶星なり》」


 それは呪詛。万物を呪わんとする無限の憎悪。矮小ならざる無垢の悪意。


「《ひらけ、影の門。血肉を贄に、憎悪を縁に、我がことに従うならば応えよ。光を喰らえ、悪虐をしょうけつせよ。最果ての残光、深淵より我が聲に跪け!》」


 瞬間、空気が押し潰される光景を幻視した。本能の恐怖が、それを視界に入れるなと絶叫する。


 だが、それが現れた瞬間、一つの光景がフラッシュバックした。


 それは覇気ではない。だが、はっきりと分かる。

 これは、ゼルクレアと対峙した時と異なる恐怖。全身を遡行し、這いずる死の気配。数多の生命をこうする悪意だ。



 黒い人形ひとがたが、人々を睥睨する。

 あらゆる生命は、その存在を拒絶し、逃走する。

 天空の光が閉ざされ、その異形が、ゆっくりと真紅の双眸を開いた。


『漸く目覚めの時ですか。些か遅い気もしますが、まあ構わないでしょう』


 枯れ果てたような表皮。異形の双翼と双角。血潮の如き真紅の瞳。絶えず漏れ出る闇。

 それを形容するのに、最早言葉は必要無かった。


『《魔神ディメア・ジス》に仕えるにして、《十二魔傑》がいつ。大悪魔アズメルク、此処に顕現致しました』

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