第27話 研究はまず土台から

 捕獲した魔獣たちは、屋敷が保有する庭園で放牧される予定だった。

 しかし母さんは、何故だか大張り切りで、なんと領地内にあるクレヴィー平原を放逐場所にさせてくれたのだ。

 クレヴィー平原は、王国内でも有数の台地で、土壌も程々ながら、若干乾燥した空気が覆っている。

 地面を覆う草の数は凄まじく、餌代の方も抑えることができ、俺の計画を更に後押しさせる一歩となった。

 魔獣たちの放牧には、俺の新作固有魔法オリジナル、第五階梯魔法、《ムーンクレイドル》を用いる。

 直訳すると月の揺り籠。いい名前だと我ながら思う。

 この結界には、範囲内の生物の鎮静化、及び健康状態管理の能力を魔法式の中に編み込んだ、俺の特注魔法だ。

 この中に入れておけば、共食いや狩りなどは抑制できるはずだ。


 俺の部屋は、一言で言うと魔窟と化している。

 あちこちに研究の資料やら成果やらが纏められていて、居心地の良い空間かと言われれば、部屋の主以外は真っ先に首を横に振るだろう。だがそんな魔窟も、今日は少し片付けられている。

 俺はいくつか、鞄の中から資料を取り出した。シャーレに移された資料の数々は、およそ鞄の体積を上回る。

 国民的猫型ロボットのポケットのようなこの鞄は、かなり珍しい「アイテムバッグ」という入れ物だ。

 普及こそしていないが、史上最高の魔道具として存在していて、俺も愛用しているものだ。

 なんでも、一般人には到底手が出せないような金額で取り扱われていて、入手にはそれなりに苦労がかかった。


 このアイテムは、天下に名高き《大魔導》の称号を持っている、エレノア・フリーヴェレナのみが作ることができるアイテムだそうだ。

 彼女の生み出した《空間魔法》は、とても需要が広く、交通からこのような収納、建築物の応用など、使えるものも多岐に渡る。

 魔導師とは、魔法士の中でもとりわけ優れた存在に贈られる称号で、この国でも有数の存在だ。もちろん、俺はそんなに実力はないから、名乗ることもないが。

 その中でも《大魔導》とは、「魔法の世界を震撼させ、時代を進めた者」にしか与えられない、名誉ある称号だ。

 現状では王国内に二人、他国に合計三人のみ存在しているようだが、そんな存在は高次元すぎて、俺がどうこうできるようなものじゃない。

 俺はアイテムバッグに《エンチャント》されていた《空間拡張エクスペンション》の魔法式を読み取って、自分で《エンチャント》し直した模造品を用いている。

 こうすれば、不必要に金がかからないし、なにより俺自身でメンテナンスできるのがいい。


 用意した資料の数々を見聞する前に、俺にはやらなければならないことがあった。

 部屋の片付けではない。実験器具の製作だ。

 この世界では、魔法の概念があまりに万能すぎる反動か、他の学問が疎かになりがちで、薬学などはもうひどい有様だった。

 抗生物質やらなんやら、聞いたことのある薬の名前は一切なく、強いて言うなら抗化膿薬が少々と、あとは風邪薬くらいだ。

 他の薬はもはや薬ではなく、魔法式を紙に書いた「魔法処方」とでも言うべき代物で、全く話にならない。

 加えて、微生物という概念もなく、小さな世界や目に見えないものの存在に対して若干敬遠しがちな節がある。


 そう、困ったことに、この世界には「顕微鏡」がないのだ。


 病原菌という概念がないからなのか、この手の道具はまるっきり無くて、母さんが首を捻っていたものだ。

 幸いなことに、俺には《シェイプチェンジ》という変形用の魔法があるので心配ない。ガラスがあればいくらでも器具を作れる。

 そうやって作り出した器具の数は実に百個以上。ビーカーやフラスコの数は十個単位。

 この流れで、ここからはまず顕微鏡の制作から始めることになる。


 顕微鏡の原理は、ざっくり言うと「レンズ同士の組み合わせ輪郭を大きく見せる」もの。ルーペや眼鏡なども同様だ。

 光はレンズに通すと、通常ならば直線状に進む。

 だが光が出てくる面を少し凸面にしてやると、光が拡散されるのだ。この原理で、眼鏡やルーペは作られている。眼鏡は少し違うが。

 物に反射した光を対物レンズで拡大し、覗き込む接眼レンズで更に拡大することで、高倍率な顕微鏡は生み出されている。

 日本では中学から高校くらいで習う内容だった筈だ。


 もちろん、魔法があったとしても、そんな精密に倍率を調節してレンズの面を作るとなると、そんな技術は俺にはない。

 だが魔法があるのなら、もっと頭を使えばいいだけのこと。

 俺はレンズに、かなり複雑な魔法式を《エンチャント》してやればいい。そのくらいの制御は、俺でもできる。

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