5分で読めたり読めなかったりする短いアレコレ
高羽慧
ほぼほぼ5分で読めるSF/ファンタジー
黒い贈り物
黒い贈り物
のっぺりした白い壁に囲まれた部屋に、同じく白く大きな丸いテーブル。二つの椅子に腰を掛けるのは、滑らかな質感のスーツを着た二人の調査員だ。
背が高く痩せぎすのカンダが、相方のロルドの前に砂糖壺を差し出す。
「ロルドは砂糖を入れすぎじゃないのか?」
「それがいいんじゃないか。あんたも入れたら、ちょっとは肉が付くぜ」
中肉中背のロルドが、いつも通りカンダの体型を皮肉って笑う。
どんな仕組みかは分からないが、凹凸の無い壁の表面には細かいライトや文字が浮かび上がり、部屋の外の状況を刻一刻と伝えている。
二人はたまにそのインジケーターを目で追うものの、現在は特に問題は発生しておらず、小一時間はゆっくりと休憩できる時間だった。
「あんたの好きなそのコーヒーだけどな」
「ん、どうかしたか?」
他に娯楽のないこの空間では、他愛の無い話でもするしか暇は潰せない。カップを口に運びつつ、カンダはちょっとした疑問を提示してみる。
「昔は砂糖なんて入れなかったらしい。甘いコーヒーなんて無かった」
「聞いたことはある。その時代に生まれなくてよかったよ」
「そんな時分に、砂糖入りコーヒーを差し出したら、果たしてコーヒーと認めてもらえたかな?」
ロルドは片眉を訝しく上げ、言葉の続きを待った。
「コーヒーをコーヒーと認めてもらうために、必要な要素はなんだ?」
「うーん……」
「苦いこと?」
「それはそうだが、今じゃほとんど苦味のないのも有るぞ。ミルクたっぷりの」
彼の言うのは、ミルクに黒砂糖と僅かなコーヒー粉を混ぜたル・ラと呼ばれる飲み物だ。本国で流行しているらしく、ロルドも何度かここで試作していた。
カンダにとっては甘過ぎて、とても付き合う気にはなれない。
「俺はそんなものをコーヒーとは思わんけどな。ロルドは範疇に入れるのか?」
「ああ、昔なら知らんが、今はル・ラも立派なコーヒーの一種だよ」
「じゃあ、甘くてもいい、と。では、香りはどうだ?」
「俺はこの香ばしい、炒った匂いが好きなんだけど……」
カップを鼻に近付け、ロルドは大袈裟に匂いを堪能するフリをする。甘い物好きでも、香りはキリッと鼻腔を刺激して欲しい。
しかし、最近はそんな彼の要望も、大衆によって否定されつつあった。カンダも彼の思い浮かべている物は耳にしている。
「知ってるぞ。フローラル・コーヒーなんてのもあるそうじゃないか」
「そうなんだ。コーヒーの匂いを嫌いな者でも飲めるように、花の香りに置き換えたやつだ」
「俺のカミさんも、コーヒーを匂わせてると、怒って近寄らせてくれないからな」
芳香剤のような匂いを放ち、ダラダラと甘い飲み物でも、世間がコーヒーと認めてしまえば従うしかないだろう。
味覚、嗅覚が判断基準になり得ないなら、残るは――
「色かな。ミルクで白くもなるが、この色は大事だ」
ロルドの言葉に、カンダも自身のカップの液体へ目を落とした。
「まあ、そうか。他にこんな色は無いもんな。落ち着く、大人の色だ」
「様々なコーヒーが生まれてるが、色はほとんど変わらない。視覚も大事な要素なんだよ」
二人の男は、乾杯するようにカップを掲げあった。
「面倒な仕事も、こいつのおかげで少しは気が紛れる。コーヒーに感謝だ」
「そうだな。この青い飲み物に乾杯……」
調査員たちは、残る濃碧の液体を飲み干した。
「だけど、昔は色も違ったらしいぜ。真っ黒だったとか」
「よせよ、気持ち悪い」
「本当だ。そうだ、焙煎前のコーヒー豆、あっただろ」
「生のコーヒー種子か? 何をする気だ」
カンダはニヤリと笑って、午後の仕事に少しの変更を加えることを同僚に提案する。
「植物適正を確かめる種子キットを散布する時にな、コーヒー豆も試してみよう」
「おいおい、結果が分かるのは、俺らが死んだ後の話だぞ?」
「構わんさ。ひょっとしたら何百年も後に、また黒いコーヒーが生まれるかもしれん」
ロルドは楽しげな相方の目を見返す。カンダが三つ目のうち一つを閉じて、イタズラする子供のようにウインクした。
「……それも夢のある話かもな。赤道近くに蒔いてみよう。氷河の少ない場所じゃないと意味がない」
「上手く育てば、虹色のコーヒーができるかもよ」
「はっ、どうせ青さ」
惑星調査は、ハイテク機材を活用し、二人の調査員だけで遂行する僻地勤務だ。多少の遊びがあっても、不人気職の特権、誰も咎めはしないさ。
仕事の準備に掛かるカンダを横目に、ロイドは昔あったという黒い液体を再度しかめ面で想像する。
でもまあ、意外と渋くていいかもな。黒も大人向けかもしれん。
何色になったとしても楽しんでくれ、遠い星からの贈り物だ。
彼はこの星に誕生するかもしれない未来の生き物へ、心の中でエールを送ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます