とある未完常習者の奮闘、バーグさん

とある未完常習者の奮闘、バーグさん

 高羽Kの名前でカクヨムに登録して、一年半が経った。

 正確には一年と九ヶ月だ。


 小説なんて書いたことは無かった。

 それが何を思い立って投稿なんて始めたのか、自分でも分からない。

 ひたすら字を打ち込めば、小説らしきものになるかも――そんな無謀な試みに、俺は邁進した。


 なぜ発表の場に、カクヨムを選んだのか。

 こちらへの答えは簡単だ。


 ノートが欲しかったから。

 青くスペシャルなカクヨム特製ノートは、夜空に瞬く星の如くきらめいて見えた。


 残念ながら、ノートを貰えるようなコンテストには参加できていない。

 この理由も、嫌になるほど簡単。

 執筆速度が遅く、締切に間に合わせるのが難しかったからだった。


 十万字以上。

 カクヨムWeb小説コンテストの応募条件である。


 頭がおかしいんじゃないかと思う。

 そんなに書いたら、本一冊分になるじゃないか。

 出版でもするつもりかよ。

 するつもりなのか、そうか。


 いや、こんなのに参加しても、どうせノートは貰えやしない。

 労力に見合うだけの報酬があってこそ、参加する値打ちもある。

 一応、三万字までは書いたけどな。

 締め切り日に絶望して、全部消してやった。


 カクヨムコンが終了すると、“カクヨム3周年記念選手権”とかいうコンテストが告知される。

 概要ページを開けた俺は、真っ先に賞品を調べた。一番大事。

 ノートは無し。最低だ。


 だが、賞の項目に“皆勤賞”とあるのを見つける。


 “全員に500円図書カードをプレゼント”


 はっ、全員って。

 ……マジか。


 ノートは無理でも、現金モドキが貰えるなら話は別だ。

 “全員”、その言葉は、エタり続けた俺の耳にも甘美に響いた。


 改めて、何を書けばいいのかを調べる。

 短編が十本、二日ごとに締め切りがあり、全て提出すれば皆勤らしい。

 短編にはお題が出されるため、勝手な内容で先に書いておくのは難しいだろう。


 十本、四十八時間ごとの締め切り。これはもう、極限への挑戦だ。

 憤死しろと言われているようなもの。


 しかし、そうと分かっていながら、未だ何も成し得ていなかった俺は、このか細いチャンスにすがり付いたのだった。





 シャワーで身を清めて、初日の課題が発表されるのを待つ。

 三月八日の昼、試練への号砲が鳴った。


 “切り札はフクロウ”


 どうなんだ、これは。

 二つも名詞が含まれるとは、初手から難易度が高い。

 切り札を書けばいいのか、フクロウを書けばいいのか。


 悩みつつも、ブラウザを閉じて仕事に戻ることにした。

 宿直室のシャワーを勝手に使ったが、これくらいは叱られまい。

 そう、俺は会社勤めである以上、昼の最中さなかから執筆するのは不可能だ。

 書くのは帰宅した夜の八時以降。睡魔に抗しきれなくなる深夜までが、タイムリミットとなろう。


 予想通り、この日は八時半に家に帰り、マンションの一室で独りスマホを握って寝転んだ。

 飯よりも風呂よりも、まずはフクロウを片付ける。

 スマホに千二百字を打ち込めば、俺の勝ちだ。


 結果から言えば、この夜寝たのは午前三時過ぎだった。

 文字数は四百三十二字、俺からすれば結構なハイペースと言えよう。

 朝起きてから、続きを書けばいい――それは毎度の言い訳に過ぎず、敗北は確実に歩み寄っていた。


 翌日は寝坊した上に、午前中から息継ぐ間もなく仕事に追い回される。

 残業まで増量され、帰宅できたのは午後十一時を回った頃だ。


 スマホを見つめる瞼は重く、百字も足せないうちに夢の深海へと堕ちてしまう。

 いつもと変わらない予定調和をなぞり、俺は第一課題の提出にしくじった。





 五百円はもういい。

 図書カードじゃ大学ノートも買えないからな。

 ただ、こんな千二百字の課題すらクリア出来ない自分に、抑え難い苛立ちを感じた。


 一度くらい、コンテストに参加してみたい。

 長編は論外だろうが、短編くらい完遂させたいじゃないか。


 第二課題は“2番目”。

 比較的書きやすそうなテーマではあったものの、ここは敢えて捨てる。

 肉を斬らせて骨を断つ、その精神だ。使い方が合ってるかは知らんけど。


 第一課題に応募された作品を読み、イメトレに励むことに努めた。

 みんながどう書いたかを分析すれば、完結させるヒントを得られよう。


 カレー屋を舞台にした現代ドラマ。

 ロンドンの闇を切り裂くサスペンス。

 なるほど、自分の得意なフィールドに、皆上手くフクロウを持ち込んでいる。

 運営の関係者らしき者が書いた、内幕暴露話もあった。これは真似しようがなく、スルーする。


 お題は大事とは言え、それに囚われ過ぎても話を思いつかない――得たのはそんな教訓か。

 三つ目のお題は“3番目”、そう信じてアイデアだけをメモ書きしておく。


 万全を期して臨んだ第三課題は、“シチュエーションラブコメ”だった。


 書けるわけがない。

 意味が分からないのだもの。

 ラブコメはいい。シチュエーションが理解できず、辞書を引く。


 サッパリだ。

 応募要項を読み直す。


 ふーん、と乾いた独り言をつぶやくのが、俺の精一杯だった。




 シチュエーションラブコメ、略してシラコメなんて誰も書かないだろうと思いきや、投稿は盛況だ。

 座敷わらしに、授業中の教師と女生徒、よくまあ思いつくもんだと感心しながら次のお題を待ち望む。 


 四番目は“紙とペンと○○”。

 ノートをもらえない俺への、当てつけのような課題だ。

 わりとストレートなテーマだとは思う。俺が書けなかっただけで。

 文具を擬人化してラブコメにしてる作品まであったが、そんな高度なテクニックなど俺には無い。


 五番目は“ルール”、六番目は“最後の3分間”、七番目が“最高の目覚め”。


 キツい。

 これら三課題に、挑戦はした。

 最もいいところまで書けたのは、“ルール”の八百二十一字だ。


 六番目、七番目と新しくなるほど、逆に到達文字数が減った。

 原因ならいくつもある。

 連日の頭脳酷使で、メンタリティは最悪に近い。

 休憩のために夜食や夜ゲームが必須となり、それがまた執筆時間を圧迫した。


 課題自体の難易度が上がったのも、かなり痛い。

 一単語の“ルール”から、“○○の○○”式に変更されてしまった。

 複雑怪奇すぎる。

 俺の翼が――イメージを膨らませる創作の翼が、難題の太陽で溶かされて堕ちる。

 堕ちまくりだ。


 なぜ皆は、こんなテーマで次々と書き、応募できるんだ?

 不眠不休で書いているのか。

 寝ている間に、猫にでも書かせているのか。ニギャァ!


 俺は大きな勘違いをしていたのかもしれん。

 カクヨムに集うのが、人間とは限らないのでは。


 ロボだ。

 鋼鉄の身体を誇るロボだからこそ、こんな試練にも耐え得るのだ。

 そう言えば、ロボっぽいペンネームはよく見かける。

 片仮名やアルファベット表記の書き手なんかは、おそらく全てロボなのだろう。


 八番目は“3周年”、三百三十三字で撃沈。

 せめてもと、ゾロ目で書くのを止めた。


 九番目は“ありがとう”、ここで奇跡が起きる。

 天啓が、俺の体の芯を貫いた。


 小説にこだわらずに、俺の感謝を書けばいいんじゃないか、と。

 ただ心に浮かぶ「ありがとう」を、書き連ねればいい。


 母に、ありがとう。

 幼き日の友人に、ありがとう。

 カクヨムに投稿する皆へ、ありがとう。

 みんなのお蔭で、つまらない通勤時間は貴重な読書タイムに変貌した。


 全ての作品に、ありがとう。


 随想ともエッセイとも言い難い言葉の羅列は、千三百字を超した。

 これでいい。

 今の俺は、これで満足だ。


 遂にやり遂げた満足感を胸に、作品のタグ設定画面を開く。

 ここに“KAC9”と入れれば、応募は完了するらしい。

 半角でだ。

 全角で打つと、設定ミスとして弾かれる。

 寸前に告知ページを再読してよかった。

 これに引っ掛かった参加者は多く、注意を見落としていたら俺もやられていただろうと、首筋に冷や汗が滲む。


 最後のトラップをクリアして、さあ更新完了だと意気込んだ時、新着メールの存在に気づいた。

 書くのに熱中して未読で放置していたメールには、訂正のお知らせが記されている。


 “九番目の課題は、「おめでとう」でした。ここにお詫びとともに――”


 間違えんなや!

 自分で祝福すんなや!


 二連ツッコミも、虚しく部屋に木魂こだまするのみ。

 こうして、俺の挑戦は幕を下ろした。





 いや、下ろしてねえって。

 まだ一つ、課題は残っている。

 最終、三月二十九日の課題が。


 “三周年”、“おめでとう”。


 この最新課題の並びに、俺の脳細胞がフル回転した。

 文になっている。


 続く言葉が、次の課題じゃないのか。

 この祝福を完成させれば、誰よりも早く書き始められるのでは。


 三周年おめでとう“!!”

 三周年おめでとう“ございます”

 三周年おめでとう“なんて言うと思ったか”


 どれもピンと来ない。


 三周年おめでとう、“カクヨム”。

 これだ。

 最初は、マスコットだと言い張っている“フクロウ”。

 なら最後は“カクヨム”で締める。

 それが答えだろ?


 自分のことなら、千二百字をオーバーして書けるのも判明した。

 参考になるのは、第一課題に投稿されていた運営の裏話。

 あんな風に実録形式で、俺の奮闘をそのまんま文字に起こしてやる。

 休憩から通勤時間まで利用して、俺はコンテストへの挑戦記録を綴った。


 運命の二十九日、既に書き上げたデータを開けつつ、課題発表を待つ。

 来いよ、“カクヨム”!


 下された宣告が、スマホ画面に輝く。


 十番目の課題は、“バーグさん”だった。

 カタリでもいいらしい。

 どっちでもいいわ、んなもん。


 俺は自作のタイトルに、“バーグさん”と書き加えて、投稿した。

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