笑うなよ

笑うなよ

 オマエ暇そうだな。

 前に座ってもいいだろ?


 よかったら聞いてくれよ、食いながらでいいから。

 俺もラーメンだし、伸びるほど話しゃしねえ。

 嫌がんなよ、まあ聞けって。


 前に言ったよな、彼女が出来たって。

 アイツ……死んだんだ。


 いや、そんな顔すんなって。

 知ってた? 話が早くていい。

 いきなりだったし、俺もびっくりした。ただ、死に方が死に方だから悲しいってより、んー。


 怖い、かなあ。


 早紀さき――名前も知ってるよな。アイツに初めて会ったのは、大学の新歓コンパだ。

 無理やり連れていかれたんだけど、行って良かったんだか、悪かったんだか。


 早紀は新入生の中で、飛び切り目立ってた。美人だったんだよ。アイドルも目じゃないくらいにね。


 上級生は自然と彼女の周りに群がったけど、早紀はなぜか俺と喋りたがった。

 見た目も学力も凡庸で、スポーツだってロクにしてない俺とね。

 数合わせで呼ばれただけで、どうせすみで独り飲むのが関の山だと思うじゃん。適当に抜けて帰ろうと、思ってたんだ。

 それが早紀に気に入られたせいで、ずいぶん男連中に冷やかされたよ。


 そりゃ、悪い気はしない。

 美人に言い寄られて、鼻の下が伸びないヤツなんていねえよ。

 クリクリと大きな目でさ。いや、そんなもんじゃない。もっとパッチリとした目で、鼻も高かった。

 元の土台が違うんだ。そこらの女が真似しようったって、無理だよ。


 この話、前も話したっけ。

 何度目だ?

 最初から話させてくれよ。オマエには、何度だって聞いて欲しいんだ。


 その日から、早紀とは毎日大学で会うようになった。

 昼は学食で一緒に取り、教科選択のアドバイスをしてやったりさ。

 三年の俺と同じ講義は受けられないけども、彼女は授業の前後にも顔を見せに来た。

 思い返せば、この四月が幸せの絶頂だった。

 やっと彼女が出来たんだぜ?

 それも、他人が羨むほどの可愛い彼女が。


 四月の末に、一度だけ彼女を俺の下宿先に招いた。

 いやいや、そんな下世話な話じゃない。部屋が見たいっていうから、日曜の昼、数時間一緒に喋っただけだ。

 

 ケーキを手土産にしてきたのは、普通だろ。でも、アイツ、他にもいろいろ持ち込んでさ。

 そこからだな、違和感を覚えたのは。


 その時、ゴールデンウイークは、あちこちデートへ出掛けようって話になった。

 でも、どこへ行っても、早紀は鏡ばっかり見てるんだよ。

 飯食う時も、電車の中でも、手を繋いで歩いてても。


 小さなコンパクト? だっけ。あれを取り出して、パチンと開けてさ。

 ニヤッて笑うんだ。自分の顔を見て。


 おい、オマエまで笑うなよ。気色悪い。

 ひょっとして、それも知ってたのか? 早紀のその癖。

 よく見てたもんな。俺以上に注目してたか?

 怒んなよ、からかってるだけだ。


 付き合い始めた頃、忠告してくれた奴もいた。アイツは変わってるから、距離を置いた方がいいって。

 そんなの、やっかみだと思うよな。

 だけど今になってみれば、本当に心配してくれてたんだと思う。


 昔から早紀を知ってる奴は、高三くらいから酷くなったって教えてくれた。

 元々、外見を気にする子だったそうだぜ。

 身嗜みだしなみをチェックして、髪を整えたり。美人には、それなりの努力が必要ってわけだ。


 その高三の時、友達に自分のエチケットミラーを見せて尋ねたらしい。

 “見えるよね?”って、何度も、何度も。

 それを横で見てたヤツが、俺に警告してくれた男だ。科も違うし、名前も知らないけど。


 俺さ、嘘ついちまったんだ、コンパで。

 あの時も、早紀はコンパクトを持ち出して、俺に質問した。


 “見える?”って。

 よく分からなかったけど、話を合わせようと思うだろ?

 見えるって答えちまった。

 あんまり認めたくないけど、それでアイツは俺と付き合うことにした気がするよな。


 デート中にしつこく鏡を覗くから、注意したんだ。二人でいる時くらい、俺に集中してくれって。

 それでも止めなくて。

 あったま来てさ。GWの最終日に、コンパクトを取り上げた。


 あー、分かったよ。ちゃんと言うよ。

 喧嘩して、はたいちまったんだ。

 アイツの手を。


 コンパクトは車道に転がって行って、通り掛かったダンプに轢かれて粉々になった。

 早紀の馬鹿がさ――もう馬鹿でいいだろうよ。

 あの馬鹿、鏡の破片を拾おうと、道の真ん中に飛び出しやがった。


 トラックやら、土砂積んだダンプが行き交う国道だぜ?

 一溜まりもなかったよ。

 撥ね飛ばされて、お仕舞いだった。


 手足はあらぬ方向に曲がってるし、顔は血塗ちまみれだし。

 それが一週間前のこと。


 ん?

 事故を思い出すから、怖いって?


 ……違う。

 オマエだって分かってんだろ。


 アイツ、そんな事故でも、即死じゃなかったんだ。


 路端に転がる早紀に駆け寄ったら、まだ息があった。

 首の脈を測ろうとしたら、俺に顔を向けてきてさ。

 赤かった。

 血だと思うんだけど、自信は無い。


 真っ赤な目で、俺を見るんだ。

 覗き込むってのが、ピッタリだな。

 俺の瞳を、血のまなこで覗いてきた。


 “見えるんでしょ……”


 何を言いたかったのか、今でも分かんねえ。


 “あなたが……見る番なのね”


 何が見えるってんだ。

 オマエ、分かるか? 分からんよなあ。

 これは早紀の最期のセリフってわけ。


 ……なんで笑ってるんだよ。


 おい、悪趣味だぞ。

 いつの間にそんなもん、用意したんだ。

 赤い目薬か?


 垂らすなよ、気味が悪いって。

 よせよ。


 アイツの死に顔が、また浮かんでくるじゃん。


 笑うなって。

 やめろよ。

 ニヤニヤすんな!


 ……ああ。

 なんだ。


 俺か。

 ビビらせんな。


 鏡だもんな。

 早紀が持って来てくれた鏡、綺麗だろ?

 黒鏡って言うんだぜ。

 オレは真っ黒、お前は真っ赤。ははっ。

 笑えよ。


 おいっ、行くなって。独りにしないでくれ。

 逃げるな。

 お前も来い、鏡の中へ。

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