宣戦布告

「……わかりました」


 収穫祭の人ごみのなか。並んで歩いていた王妃陛下は、静かにつぶやいてアタシを見た。


「新しいパンの普及で小麦の消費が伸びれば、黒パンに使われていた大麦とライ麦はこれから消費が落ち込みます。その穴埋めをどうするか、考えてらっしゃったのでしょう?」

「ええ。いま試作中の酒類が好評なら、落ち込むどころか、むしろ伸びます。飼料にしていた分が確保出来なくなれば、高騰する可能性さえあります」

「王国の穀物生産には、まだ余裕はありますから大丈夫ですよ。それにしても、ハーン陛下は目の付け所がいつも未来に向いてらっしゃるのね」

「恐縮です。“アウトレットパーク”というのは元々、アタシのいた世界で余剰品を無駄にしないための市場だったんです。ですから、今回のプランは、ただそれを真似ただけなんですよ」

「ご謙遜を。知っていることが大事なんじゃありません、実現するとこ、成し遂げることが大事なんです。私もまだまだ勉強が必要です」

「フィアラ様、他に王国産で余剰となっている食材はありますか?」

「そうですね、王国の農産物は、量はともかく種類は少ないですから、大麦・小麦・ライ麦・燕麦、あとはコーン……」

ですよね・・・・!」

「……え?」


 遊具が並んだ子供向けゾーンの手前。

 そこには大きな人だかりがあって、小気味よくけたたましい音と笑い声が上がっていた。


「あれは?」

「魔王領のコーンでは不可能だったお菓子、“ポップコーン”です」

「飼料用の硬いコーンあれを、食べるのですか?」

「ええ。きっと気に入っていただけますよ」


 人だかりの中心に据えられているのは、イグノ工廠長特製の巨大ポップコーンマシーン。

 水槽のようなガラス容器のなかで、流し込まれた堅いコーンの粒が次々と弾けて見る見る大きく膨れ上がってゆく。


「「「「おおおおおぉ……」」」」


 初めて見るポップコーンの製造工程を、大人も子供も興味津々で見守っている。


「はーいお待たせー! 出来たよ、あったかいうちに食べてねー?」


 熱々のポップコーンが水槽から溢れるほどになると、売り子の娘さんたちがシャキシャキと動き出した。ひとりがポップコーンの山に、塩と溶かしバターを振りかけ、ひとりが薄いわら半紙を三角錐の形に丸め、もうひとりがそこに小さなスコップでポップコーンを流し込む。

 流れ作業で手渡された包みは、並んでいた子供たちに次々と配られてゆく。


 あら。なんかやけに手際が良いと思ったら、魔王領うちの最精鋭、パティシエガールズじゃないの。

 お客さんへの手渡し役がおっとり人牛族ミノスの癒し系コルシュちゃんで、包装役が俊敏な人猪族オークのヨックちゃん、盛り付け役が力持ちの人虎族ティグラ、タイネちゃん。

 取り仕切っている調理役が、人狼族ウォルフのリーダー、カナンちゃんだ。


 彼女たちは手際もさることながら、笑顔と盛り上げ方が上手で、周囲を笑顔にする。

 得難い人材というのは、こういう子たちのことね。


 子供が終わると大人だ。獣人の男性が、フィアラ陛下を見て順番を譲ってくれた。

 もちろん、彼女が隣国の王妃だなんて知りはしない。

 徹底して掲示し、口頭でも伝えた収穫祭のルール。“子供や女性を優先しなさい”を実践しているのだ。


「あら、ありがとうございます」

「いいえ、お嬢さん。野郎どもには、あなたの笑顔が喜びです」


 いいながら彼はこちらに目を向け、驚いた顔で固まる。

 アタシは笑顔で親指を立て、彼の善行を称賛してやった。

 いいじゃない。そういうの好きよ。


「あたたかくて、良い香りですね。この油は……?」

コーン油・・・・です。あとは、香りづけ程度にバターと、ヒルセン産の塩を」

「コーン油、ですか。香ばしくてホッとする香り……」


 王国に限らず、大陸で流通されている油は獣脂が中心だ。植物油は香油や高級菓子の調味用で、かなり高価たかい。

 鮮度にさえ気を配れば獣脂も美味しいのだけど、いかんせんクドい。おやつにするなら植物油の生産は必須だった。


「子供たちにも喜ばれているようですが、この“ぽっぷこーん”は、高価なものではないのですか?」

「ええ、ほぼ原料はコーンだけですから。原価計算はこれからですけど、この入れ物にいっぱいで、売値はおそらく銅貨1枚くらいです」

「まあ、それなら子供でも手が届くでしょうね。とても軽くて、いくらでも食べられそう……」


 笑顔で話しながら、フィアラ王妃はふと顔を曇らす。

 そこで気付いた。気付いてくれた。


 経済と資本の不均衡、不安定な未来と幸福の偏在化は、魔王領と王国の間だけの問題ではない。王国内にも残されている。むしろ格差は王国内の方が深刻だろう。

 高みを目指すのなら、それを解決することが必要なのだ。


 そしてアタシには……アタシたちにはきっと、それが出来る。


「そうです。美味しいのに、どんなに食べてもお腹がいっぱいにならない。飢えた者には、喜びどころか苦痛としか思えないでしょうね。でも、そんな食べ物が愛される国になってくれたら、王としてこれ以上の幸せはないんじゃありませんか?」


 王妃陛下は、少しだけ困った顔になって、小さく首を振る。


「……こちらよりも、王国の持つ問題点を把握してらっしゃるのですね」

「弱者にとって、敵を知ることは死活問題ですから」

「こと商売において魔王領そちらが弱者というのは冗談としか思えませんけれども……敵を調べ、戦いに備えた結果として、ときに本人以上に長所と短所を知り尽くしてしまうということは理解できますわ」


「フィアラ・ケイブマン・スティルモン王妃陛下。魔王領を統べる魔王ハーンからのお願いです。アタシの、敵に・・なって下さらないかしら」


 王妃は優雅に笑い、アタシの手を取る。


「ええ、喜んで。次は、戦場・・でお会いいたしましょう」

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