初めての造反
4つ残っていた中立派の村に兵を向かわせると、3つはすぐに降伏し、延滞していた税の納付と責任者の解任を受け入れた。遅すぎたとはいえ、これで一応は魔王側に付くという意思を示したことになる。
恭順を示した村の住人たちには基本的に罰を与えず、一定期間の監視を条件に新生魔王領民として受け入れることにした。
早くからアタシを魔王と認めていた者たちと、認めなかった者たち。
その差はきっとアタシへの評価ではなく、彼らを取り巻く状況――あるいは統治者の違いでしかない。村を納める上・中級魔族が恭順派だったら新生魔王を認めるしかないだろうし、反対派あるいは中立日和見派だったら、それに従うしかないのだ。
彼我ともに多かれ少なかれ何らかの不満や文句はあるだろうけど、それはアタシの一存で黙らせた。
もうすぐ収穫期が訪れ、山岳部の多い魔王領には厳しい冬が来る。領民たちは生き延びるために蓄え、春からの暮らしに備えなければいけない。
「レイチェルちゃん、税の供出後に冬を越せなくなる村は?」
「現時点で危険と判断するほどのところはありません」
徴税前に収穫予定量を算出する調査部隊には、交易用の商用トラックを随伴させた。他の集落から離れた位置にあると、産物や備蓄に偏りが出ることもあるからだ。
たとえば、漁村であるヒルセンでは海産物こそ豊富だが農産物が採れず、交易も山越えになって非効率だ。その場合は交易用のトラックで運んだ穀物や燃料と、余剰の海産物を交換するのだ。
幸い、魔王領にはさほど痩せた土地もなく、人口密度も低いため森や川や海からの恵みも豊かだ。報告を見る限り、交易で多少の調整さえ出来れば、餓死や凍死の心配はない。
「陛下のご要望通り、住居や防寒衣料や備蓄、弱者層の栄養状態も確認しました。いくつか困窮状態の村落もありましたが、原因は不作や重税ではなく内乱によって生活基盤や既得権益が失われたことです。いざというときには支援を行うことも可能ですが……」
彼女は言葉を濁す。
最初から他人の財布を当てにするような人たちを生み出すのは得策ではない。魔王領全体が困窮しているのならまだしも、いまは空前の好景気なのだ。
「そうね」
必要なのは施しではなく、一刻も早く貨幣経済への参加を促すこと。
マーケット・メレイアを中心に急速な発展を遂げている魔王領で人手は足りず、経済は右肩上がり。飢えるくらいなら働けばいい。
問題は、
面倒なことに、自分たちが支配階級と思っている中・上級魔族でそれが顕著なのだ。
◇ ◇
「我がモーシャス家は、先々代魔王様から爵位をいただいた名門ですぞ!? その
「そうよ、そう申し上げているの。何度もいってるでしょ?」
メレイアに建設中の新生魔王城。
その真新しい謁見の間で、アタシは目の前の男をゲンナリした気分で眺めていた。
真っ赤な顔で怒鳴り散らしているのは、頑迷を絵に描いたような
「爵位なんていったって、魔王領では一代限りの名誉職でしかないはずじゃない? 自分が得たならともかく、先祖がもらった栄誉でいつまでも働かなくても喰って行けると思ってるなら、考えを改めた方がいいわね」
「……何のために魔王陛下への恭順を示したと思っておられる」
「さあ、何のためかしらね。だいたい、その示し様も、ずいぶん遅かったみたいだけど。こっちに付くのが嫌なら、いまからでも叛乱軍支持に回って構わないわよ。真正魔族領軍、だっけ。メラゴン鉱山で上級魔族の誇りと心中したいっていうなら止めないし、向こうも多分受け入れてくれると思うわよ?」
いま
少なくとも、艦砲射撃後に送られてきた
「ぐッ、ぐ……それは」
老人は怒りの表情でモゴモゴと言い訳じみた泣き言を並べたてる。長く小難しい能書きを翻訳すれば、要は“働きたくない”ってだけだ。知らないわよ、そんなこと。
「先代、先々代の魔王様と比べても税率は大きく下げてるし、領民に課していた労役も兵役も廃止したわ。今後は徴税業務も
メルモン翁は青くなったり赤くなったりしているが、もう“ぐぬぬ”しかいわない。
集落の長にとって、徴税権は中抜きのチャンスだったのだろう。
それが、生産物の特定も産出量の測定も税率の計算も魔王城備蓄倉庫への運搬も、新生魔王領軍の専門部隊(とイグノちゃんの自走トラック)が行うことになったのだから、すべてガラス張りでごまかしが効かないのだ。
各集落の長たちも、村の人間からは少なからず感謝されているようだけど、それも“いままでどれだけ懐に入れていたのか”という不信感込みでの評価だ。
メルモン老人は最後に何かやらかそうと身構えたけど、アタシの後ろでバーンズ曹長がひと睨みすると、すごすごと退出してゆく。
「畏れながら陛下、初期のうちに最後まで平定すべきだったのではないですか」
即位を知ってすぐ臣従を示さなかった者は、残らず粛清するべきだったという意味だろう。人口が最大で7万程度しかない魔王領で、可能な限り人減らしは避けたい。人口は国力と直結するのだ。無駄に削ぐことは自殺行為だし、そもそも元日本人のメンタリティとしては、やりたくもない。
「レイチェルちゃん。あのモーシャスとかいう爺さんの村って、どうなってるの」
「いまは住人の6割以上が流出して、廃村寸前です。残っているのは、彼と同じような働く気のない老人ばかりです」
「改善は見込めないってこと?」
「恐らく。元々、鉱山地帯からの中継地点で、産出資源の上前を
度し難い。カイトならそういうわね。
「同じような村は他にもあるの?」
「鉱山周辺にはいくつかありましたが、叛乱軍に合流して殲滅されました。いま残っているのは、モーシャス村だけです」
レイチェルちゃんの説明を受けて、バーンズちゃんが部下からの報告を伝える。
「資産の売り食いと私兵による収奪でここまで凌いできたようですが、それも限界です。早晩、
アタシは手のなかで魔珠を弄びながら、小さく溜息を吐く。
そこには
薄暗闇に、移動する白い光点が20ほど。
どういう仕組みか知らないけど、たしか赤い点が叛乱軍、白い点が領民で、青い点が新魔王軍、黄色が宰相派だと聞いてる。
20の光点は、何かの合図を受けて、それぞれが赤く瞬き始めた。
「遅かったみたいね。もう、動き出したわ」
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