ミスフィッツ・イン・アクション4

「論外だ!」


 王城上層にある会議室。しんと静まり返った広い室内に、ひとり激昂する外務局長の声が響く。

 王国側出席者は政府高官が10名と王女殿下、第二王子殿下、そして上座で静かに会議の進行を見守る王妃陛下。時折アタシに視線を投げるが、特に発言はしない。穏やかな視線には好意も悪意もなく、事態をただ静観している。

 それがどうにも、やり難い。だいたいここ、部外者を入れていい部屋じゃないと思うんだけど。


「あの獣人どもは、帝国の走狗となって王国に侵略したのですぞ。それをいまさら命令されてのことだから助命をなどと……」

「外務局長閣下、その侵略による王国の被害は」

「西部領国境城砦での戦闘で実に7千を超える死傷者が出ておる。この甚大な被害を見過ごせとでもいうのか!」

「いま、死傷者・・・といわれましたが、死者・・は?」

「……じ、事例ごとの集計など、この問題と関係なかろう」

「規律と規範を重んじる王国には記録のない戦闘などない、と聞いています。部下の官吏にお訊きになっても結構、お答えいただけますか。死者は、何名です」


 壁際に立って控えていた若い官吏が、外務局長の横に駆け寄り耳打ちする。


「……に、20」

「500名の魔族部隊が侵攻して、王国軍の戦死者が20? しかも、最初の会戦で500名中350名が降伏しています。残りは戦死。明らかに、帝国の侵略命令に抵抗した結果ではないですか」

「それは魔族兵の脆弱さ、王国軍の精強さを示すものです!」

「その強兵軍・・・は、500の弱兵相手に7千の負傷者を出したのですか?」


 外務局長は、憎しみに満ちた目で睨みつけてくる。王女殿下が咳払いをして、さり気なく場を取り成す。


「魔王領側は、捕虜返還の交換条件があると聞いたが」

「ええ、その通りです王女殿下。兵ひとり当たり・・・・・・100クラウンと、軍事協定の締結。内容については草案をお持ちしましたので、御検討を」

「……100クラウン!? 総額で3万5千だと!? たかが捨て駒の獣人・・・・・・に、正気か!? 馬鹿ばかしい!」

過去の魔王領・・・・・・での、兵の価値はそうだったかもしれません。あるいは、貴国での・・・・


 そういってアタシが見つめると、外務局長はどんどん表情と顔色を変えていった。蒼白から赤くなり赤黒くなって、彼は絞り出すような声でアタシを詰る。


「お、王国軍を、愚弄する気かッ」

「とんでもない。唾棄すべき愚物と蔑んでいるのはあなたに対して・・・・・・・、だけですよ、外務局長閣下・・・・・・。どんな相手でも笑顔で対し、その上で国益を確保するのが外務官吏の役割だと思っていましたが、どうやら貴国では違うようです」

「こ、この……ッ」

「止めろ」


 王女殿下の声に、外務局長は顔を赤黒く変色させたままムッツリと黙り込む。

 アタシは場を見渡し、笑顔でテーブルに小さな魔珠を置く。


「これをお渡ししておきますね。王城と魔王城が、いつでも連絡が取れる、即時応答回線ホットラインです」

「その忌まわしい呪具で王国を監視するつもりだな、薄汚い魔族の考えそうなことだ」

「外務局長、その薄汚い・・・口を慎まないというのなら、更迭した上で退室してもらう」

「……ぅ、うむ」

「いいいんですよ、王女殿下。知らない物は怖いのも道理です。通信魔珠は、触れて魔力を通さなければ、ただの石ころです。刻まれた魔法陣自体はごく単純なものですから、貴国の魔導師でも解析は可能でしょう。念のため、陣の概要と使用方法はこちらに記してあります」


 魔珠といっしょに差し出したのは、イグノちゃんお手製の冊子“まじゅのつかいかた”。

 元は魔王城の通信担当を手の空いた避難民の子に頼もうと思っていたため、子供でもわかりやすく――大人が読むと少しばかり馬鹿にされているのではないかと思えるほどに、簡易に図入りでまとめられている。


「誤解なきようお伝えしておきますが、新魔王領は、貴国との関係を双方の・・・未来に繋がるものにしたいと考えています。ですから、誠意には誠意で、厚意には厚意で、必ず・・お応えします」

「貴様、何もかも思い通りにいくとは……ッ!」

「もちろん。ですから、そのときも・・・・・誠実に・・・お応えしますよ。悪意には悪意で。……無意味な殺戮・・・・・・には、無意味な殺戮・・・・・・でね」


 アタシは笑みとともに、魔力を目に見える黒い霧として身に纏う。

 王城の防御機能で魔力を遮断する陣が敷いてあるのはわかっていたが、所詮は人間用・・・だ。上級以上の魔族にとっては、魔圧を下げる程度の効果しかない。

 固まったまま冷や汗を噴き出させる外務局長。アタシは笑顔のまま、視界の隅に身を強張らせる数人の官吏の姿を捉える。


「あら失礼、アタシとしたことが、はしたない真似を」


 アタシが魔力を消すと、敵意の持ち主は緊張の糸が切れたように肩を落とした。顔を上げた彼らに、ひとりずつ視線を合わせる。

 西部領の駐在武官オーティスと、王都の内務局長ワイズ。そして、筆頭宮廷魔導師オルム。おそらく彼らが、第一王子派閥の残党だ。


 静かに見守るだけだった王妃陛下が、そこで穏やかに会議の終了を告げる。


「本日は、これまでといたしましょうか。魔王陛下、御足労いただきありがとうございました。ご提案いただいた件は検討の上、追って返答させていただきます。そして、お持ちいただいたお土産・・・についても、じっくりと・・・・・楽しませて・・・・・いただきますわ」


 王妃陛下と対すると、さすがに為政者という以前に人間としての器の違いを思い知らされる。優雅な仕草と温和な笑顔、ではあるんだけどその奥にあるものが、重くて怖い。

 お土産というのは、看板ライセンス料の金貨と、新製品のお菓子とお酒……も、少しは含まれてるのかもしれないけど、たぶん途中で襲ってきた連中のことだ。どこをどう考えてもあれは王国政府から送り込まれた刺客。損得勘定からして王妃と王女の関与はない。立派な武器ごと、しかも生きたまま引き渡したことで、何が潜んでいるかわからない王宮の藪を引っ掻き回すことになる。


「……お気遣いなく。では、失礼いたします」


 戦闘後に敵地へ留まっていたところで良いことなどない。アタシは猫耳少女たちを連れて、早々に撤退することにした。

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